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醜いアヒルの子の娘  作者: 香田紗季


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13/19

パーシー・コリンズ

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 エイヴァの学院生活は、驚くほど静かに始まった。既に人間関係ができあがっている男子生徒の中に編入生として入ってきた、地方の弱小領主の娘。それだけなら、エイヴァは取るに足らない存在として扱われたかもしれない。だが、エイヴァがエイヴァ・エヴァンスと名乗った時、教室に静かながらも感嘆するささやきが広がったのだ。


「エヴァンスって、まさか、あのエヴァンス書庫の?」

「うわ、だったら入庫許可がもらいやすいように仲良くしておいた方がいいな」

「これは政治科の友人にも伝えないと」


 グレイ先生が言ったとおり、2~3人ほど目がギラついた者がいた。だが、ジョシュアが名乗り、護衛騎士でもあり婚約者でもあること、グラハム伯爵家の者であることを告げれば、目のギラつきはあっという間に平穏なものになった。どのポイントが刺さったのかとエイヴァとしては確認したかったが、ジョシュアはそれを止めた。


「聞かないのが優しさだ」

「そう?」

「相手にもっとダメージを与えたいのなら構わないが、今後ギスギスした関係のまま卒業まで過ごすのはエイヴァも嫌だろう?」

「それもそうね」


 エイヴァはこれから、貴族としての人間関係を学んでいかなければならない。それは領地で農民たちや私設騎士団の男たちと築いた人間関係とは全く異なるものだ。相手は協力者ではなく、ライバルか敵だという用心をもっていなければならない。


 また、エイヴァは領主でありながら、夫人となる女性貴族ともうまくやらねばならない。政治と権力と金で動く男性貴族、会話力で足元をすくわれかねない女性貴族、戦い方やポイントは同じではない。それをエイヴァはこれから学ぶのだ。限りある時間を有効に使っていかねばならない。


 初日こそ帰りの馬車で寝てしまったエイヴァだったが、翌日からは帰りの馬車の中はジョシュアとその日の行動や新しくできた人脈について反省会を行い、課題に取り組み、少しずつ将来の領主仲間との横の繋がりを作っていった。


 その一方で、ダニアに近づくことはないながらも遠目にじっと見ていたり、何かひそひそ言っていたりするのが淑女科の面々だった。


「オフェリア・シンプソン公爵令嬢が淑女科をとりまとめているらしい。彼女は我が国の王族とは年齢が釣り合わないから、国内の高位貴族か外国の王家や高位貴族との縁談を模索している。本来なら婚約者がいる年齢なのだが、外国との関係を考え、学院にいる間は国内に婚約者を作れないのだそうだ」

「高位貴族の方は、負うものも大きいのですね」

「愛があって結婚するのではなく、結婚を通じて愛を育てていかねばならないんだ。よく考えると、一度も顔を合わせないまま結ばれる政略結婚というものは、心より体の関係から始まるんだな」


 ただでさえ結婚に伴って環境が変わるのは女性側だという考えの人が多いのに、女性に負担が大きいことが続きすぎる。エヴァンス家を継ぐ立場のエイヴァの想像もできないような覚悟をして嫁ぐ女性も多いのだろうとエイヴァは想像した。


「実は、ジョシュア様にご報告があります」


 ヘイゼルが困ったような表情で話に参加した。


「淑女科の中でジョシュア様の人気が高まっているそうです。淑女科に通っていらっしゃる家の侍女の方から今日教えていただいたのですが、どうやらジョシュア様を婿にとお考えになって、動いたお家があったそうなのです」

「えっ」

「なんだ、それは」


 エイヴァとジョシュアは絶句した。


「その侍女の話ではそれ以上のことをお嬢様がお話しにならなかったので、どうなっているか分からないそうです。ただ、そのお嬢様の言葉では思い込みの激しい方だそうですので、婚約者がいるとわかればその婚約者の方に何をするか分からない、注意した方がいいと教えてくださったんです」

「ヘイゼル、ありがとう。マーシャルとグラハムの両家にも確認しておく。エイヴァは何も心配するな。我々の婚約は、陛下のお墨付きを得ている。陛下自身だって潰せないんだ」

「そうだけど……」

「用心してくれ。教室棟に私は入れない。だが、エイヴァのクラスの生徒で私のことをよく知っている者がいる。その者にエイヴァを守らせよう」

「親戚か何かなの?」

「親戚だよ。小さい頃は私にくっついて騎士になりたがっていたが、長男だからね、騎士を諦めた。とはいえ、自分の身は守れた方がいいだろうと言うことで、私と一緒に鍛錬をしていた時期もある。先日本人の腕を確認したが、同じ年代の生徒相手ならなんとかなるだろう」


 マーシャル家に帰宅すると、ジョシュアは直ぐに手紙を書いて届けさせた。


 翌日教室棟の入り口に、領地経営科のクラスメイトが立っているのに気づいたエイヴァは、ジョシュアの顔を見上げた。


「そうだ。彼だよ」

「おはようございます、エヴァンス嬢、ジョシュア兄様」

「まあ、コリンズ子爵子息様でしたのね」

「ジョシュア兄様の代わりというには力不足ですが、教室棟の中での防波堤にはなれると思います」

「同じ子爵家の跡取りですもの、私のことはエイヴァと呼んでください」

「分かりました、エイヴァ嬢。私のこともパーシーと」

「ええ、パーシー様」

「パーシー、頼んだぞ」

「わ、ジョシュア兄様に頼まれた!」


 エイヴァにはまだ取り繕った姿であったが、ジョシュアに頭をポンポンされてパーシーは幼子のように喜んでいる。


「中がよろしいのね」

「こいつが生まれた時から知っているんだ。おむつを替えてやったこともある」

「わー、兄様やめて!」


 こんな親戚のお兄さんがいたら、それは心酔するにきまっているではないか、とエイヴァは微笑ましくなってしまった。


「御覧になって、ジョシュア様だわ!」

「あの男子生徒、ずるいわ、頭ポンポンされて!」


 遠くから黄色い声が聞こえる。ジョシュアは聞こえないふりをしてパーシーと淑女科の生徒たちに背を向けると、向こうには聞こえない声で言った。


「ああいうのは他にもいるのか?」

「ジョシュア兄さんのファンクラブができるとかできたとかいう噂はあるよ」

「淑女科だけか?」

「政治科の方にもいるらしいよ。なんなら、男子生徒のファンもいるって、うはっ」


 ぐっと首を絞められたパーシーが咳き込む。


「ジョシュア、それくらいにしましょう」

「いいか、パーシー。物理的に守るだけではなく、誰がどんなことをしたか、言ったかをしっかり報告しろ。いいな」

「分かったから離してよ」


 ゲホゲホと咳をするパーシーにいい笑顔を見せて、ではお気を付けて、とジョシュアは控え室のある棟へと移動していった。ジョシュアを追いかけて、数人の女子生徒も移動したようだ。


「エイヴァ嬢、本当にジョシュア兄さんでいいんですか?」

「え?」

「だって、エイヴァ嬢が10才になる前からずっとロックオンしていたような人ですよ?」

「聞いたわ。呆れたけれど、私たちが成人してしまえば、よくある年の差でしょう?」

「エイヴァ嬢がいいなら、いいんだけど」


 パーシーには解せぬようだ。二人で歩く廊下は、新鮮だった。いつも一人で歩いていた廊下が、今日は狭く感じる。


「隣に人がいるのって、やっぱりいいわね」

「そうですか?」

「私たちは将来領主になるわ。一人で立たねばならないことも、他人に任せることができないこともたくさんあるでしょう。だからこそ、一人ではなく複数で取り組んだり、上下関係ではなく横の関係つまり同列で物事を考えたりできるのがどれほどありがたいことか、私たちはよく知っておくべきだと思うの。あ、群れるのとは違うわよ?」

 パーシーは、エイヴァが思っていた以上にしっかりと領主というものを考えていることを知って目を瞠った。

 へえ、これがジョシュア兄さんが惚れ込んだっていうところなのかな。

 パーシーは既にエイヴァが領地経営に参加し、成果を出しているという話を聞き、負けていられないと思った。

 今まではそれほどでもなかったが、これからは学院生活が楽しくなりそうだ。

読んでくださってありがとうございました。

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