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醜いアヒルの子の娘  作者: 香田紗季


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12/19

学院初日

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 クラス決めのためのテストの結果、エイヴァは領地経営科のAクラスに行くよう指示された。ダニアを入れて10人のクラスになるという。Bクラスにも10人程度が在籍しているらしい。

 学院は貴族として身につけるべき知識・技術の習得と人脈作りが求められる場だ。卒業後は官僚、果ては大臣コースまで考えている人は政治科、地方貴族の跡取りたちが経営について学ぶ領地経営科、そしていわゆる淑女教育を施しているのが淑女科、通称花嫁コースだ。

 エイヴァがこれから学ぶことになる領地経営科は、その大半が跡取りとなる子息である。スペアとして学ぶ次男もいる。この国は爵位の相続に性別や実子かどうかの制限がないため、娘しかいない家では婿を取って爵位を継がせることもできる。娘が優秀であればそのまま跡継ぎとすることもあるが、男性に立ち交じっていく難しさを知る親の中には、婿を取って娘には夫人としての生活を送らせようと考える者も少なくない。婿入りを狙った三男・四男などが領地経営科に入って、跡取り令嬢に近づこうとすることもあるので気をつけるように、とエイヴァはクラス担任から注意された。

「私には婚約者がおりますので、その辺りは問題ないかと思います」

「婚約者?ええと、書類に書いてあったでしょうか……」

「グラハム伯爵家のジョシュア・ミルズ様です。私の専属護衛でもあります」

「あ……それなら安心ですね」

 担任は冷や汗を拭きながら、後ろに控えるジョシュアを見て納得した表情を見せた。

「実は、婿入りするために必死過ぎる者が若干いるものですから、編入生がご令嬢と知った者たちが既に騒ぎ出しておりましてね。エヴァンス嬢がご気分を害されないかと心配したのです」

「それならば、編入の挨拶の時に、私も専属護衛としてついて行きましょう。本来護衛は教室に入れないと承知していますが、婚約者が護衛として校内で待機していると知れば抑止力にもなるでしょう」

「ええ、是非お願いします」

 ジョシュアの一言に、エイヴァは顔を赤くした。

「エイヴァ、先に婚約の手続きを済ませておいて正解だっただろう?」

「そ、そうですが……」

「恥ずかしがるな。そのうち慣れる」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものですよ」

 なぜかクラス担任までジョシュアに加勢している。校内の案内も既に終えており、いよいよ明日から学院に登校することになる。

「では、明日からよろしくお願いいたします」

 エイヴァとジョシュアが車寄せに向かう途中の姿を、遠くから見ている女子生徒たちの集団があった。

「随分地味な方ですわね。令嬢ですから、淑女科にいらっしゃるんでしょう。どちらの方かしら?」

「私、あのご令嬢よりも護衛の騎士の方に興味がありますわ」

「明日お迎えする準備をしたいからと先生に申し上げれば、あの方のことが少しは分かるでしょう。どなたか」

「私が参りますわ、オフェリア様」

「ええ、お願いね、アーシュラさん」

 公爵令嬢オフェリア・シンプソンは、学院内では公爵より下の身分の者には絶対に「様」をつけない。アーシュラ・クラークはそんなオフェリアのの家の寄子である伯爵家の娘でだ。三女なので親からはあまり構われず、オフェリアの取り巻きをすることで自分の存在意義を見いだしているという、少し癖のある令嬢だ。そして、先ほどジョシュアに興味を持った令嬢の一人でもある。

 オフェリアからさっと離れたアーシュラは、職員室に向かいながら先ほど見た護衛騎士の姿を思い浮かべた。顔がいい。立派な体格で、騎士としての能力も高そうだ。更に、あの立ち居振る舞い。間違いなく平民出の騎士ではない。そこそこの家の貴族の子息だろうとアーシュラは推測する。

 欲しい。是非、私の恋人に、いや、将来の旦那様として欲しい。あのくらいの人でなければ、将来高貴な方となるだろうオフェリアのお眼鏡にも適うまい。

 意気揚々と、だがそれを表情に出さずに職員室に行ったアーシュラは、しかしとぼとぼとオフェリアの元に帰ってくる羽目になった。

「……淑女科ではない?」

「はい。田舎の地方領主となるために、領地経営科に入るのだそうです。お家の事情で入学が遅れたそうですわ。護衛騎士のことは何も教えていただけませんでした」

「……役立たず」

 オフェリアの声は、おそらくアーシュラにしか届かなかったはず。そのくらいの小声だった。思わず息を呑んだアーシュラから他の令嬢たちに視線を向けると、オフェリアはにこりと笑った。

「淑女科でないなら、お迎えの準備は必要ありませんわね」

「はい、オフェリア様」

「何か面白い話が聞けましたら、直ぐにお知らせいたしますわ」

 アーシュラがオフェリアに従って歩く時の列が一つ後ろになった。取り巻きとしての序列が下げられたのだ。

 悔しい。なんとしても、あの護衛騎士は私のものにしなければ。

 アーシュラの目を見てオフェリアの口角が上がっているのに気づいた者は、取り巻き令嬢の中には誰もいなかった。


 翌日、期待で胸を膨らませたエイヴァは、祖父母に見送られてジョシュアとヘイゼルと共に学院に向かった。

 ヘイゼルが控え室に向かってもらった。これからヘイゼルは控え室で待機しながら昼食やお茶の用意を行ったり、エイヴァの荷物の管理をしたりすることになる。

 本来ならばヘイゼルだって子爵令嬢として学院で学べたはずだが、マデリンの妨害で貴族籍すら与えられていない。そんなヘイゼルにとっても、学院に来ることは夢の一つが叶った気分なのだ。エイヴァがいない時間は、エイヴァの教科書を読んで過ごせる。エイヴァが家庭教師から学んだことを、ヘイゼルも壁際に立ちながらノートにメモしていた。エイヴァより学び始めたのは遅かったし、エイヴァのように教室で授業に参加することはできないが、学ぶ時間と場を与えられたことがヘイゼルにはうれしかった。ヘイゼルに流れる、エヴァンス子爵家の本の虫の血がそうさせるのだろう。

 エイヴァとジョシュアは職員室に向かった。担任のグレイ先生は、二人を見つけると小さめの応接室に通してくれた。

「朝の打ち合わせが終わったら教室に行きますので、ここで待機してください」

「分かりました」

 こじんまりとした応接室からは、ささやかではあるが整備された庭が見えた。

「マリーゴールドだわ」

 エヴァンス領のみんなは元気だろうか、とエイヴァはマリーゴールドのはなを見ながら考えた。

「顔を合わせないと、不安か?」

「少しだけ。でも、お母様が余計なことを言ってきたら直ぐに連絡が来るようになっているし、重要な地点には私の騎士たちがみんなを守ってくれるでしょう?私の騎士団、目標の人数まで揃わずに私がいなくなってしまったけれども、却ってその方が目立たなくて良かったかも知れないと思っているわ」

「そうだな。目標人数に到達していたら、エイヴァがいないことで動揺するような奴らもいたはずだ。あの女の暴挙で計画が早まってしまったが、副産物としてエイヴァが王都で学院に通えることになったのは、今後の人生のためにも良かったと言えるはずだ」

「そうね、いえ、そうしてみせるわ」

 ジョシュアがぎゅっとエイヴァの手を握った。

「少しだけ計算外だったのは、この学年の領地経営科の生徒は、エイヴァ以外全員男だったということだ」

「えっ」

 知らない。聞いていない。ジョシュアはいつそれを知ったのか、どうしてそれを教えてくれなかったのか。

「護衛騎士は、本来教室棟には入れない。それが特例で許されたのは、悪いことを考える奴らを牽制するためだ。護衛騎士であるとともに、婚約者でもある男が、敷地内に常にいるんだぞ。それを知れば、悪い奴らも手を出しにくくなるだろう?」

「ソ、ソウデスネ」

 ベネット男爵家の一件で同性の友だちがいないエイヴァにとって、やっと同性の友だちができるのではないかと期待していた分、エイヴァの落胆は大きい。その落胆を見せないように表情を取り繕って、エイヴァは呼びに来たグレイ先生に連れられて教室に入った。


 午前2時間、昼食を挟んで午後2時間の授業。帰り道の馬車の中で疲労の余り眠ってしまったエイヴァに気づいたヘイゼルは御者を止め、外にいるジョシュアを馬車の中に呼んだ。

「周りの方から比べると小柄なお嬢様ですが、それでもお子様の頃のように私がお支えできないのです。大きくなったな、と思います」

 ジョシュアの方に頭を乗せて眠るエイヴァを見つめながら、ヘイゼルが言った。

「ヘイゼルだって、エイヴァを守るために相当苦労したのだろう?婆様がヘイゼルの傷も治療してくださったのだろう?」

「ありがたいことです。使用人にご配慮くださるような方がこの世に本当にいらっしゃるのだと初めて知りました」

「ヘイゼルの世界観もおかしなものだな。マーシャル家で過ごす2年の間に、普通の感覚になってほしいものだが」

「私にとって、あの家は実家でもあるのです。それに、考え方の癖というものは変えたくともなかなか変えられぬものでございましょう」

 エイヴァだってジョシュアとベンジャミンに頼れるようになるのに時間がかかった。信じられるかどうか時間を掛けて吟味し、大丈夫だと分かってもなかなか助けを呼ぼうとしない。今日もマーシャル家に帰ったら、今日の出来事を報告させなければならない。

「それでも、今日第一歩を踏み出せたんだ。感謝しなければならないな」

「はい」

 エイヴァはジョシュアの手に支えられて、心から安心しきって眠っていた。


「ジョシュア・ミルズ、ね」

 アーシュラは領地経営科の男子生徒から、エイヴァの護衛騎士の名を聞き出した。

「あ、彼、エヴァンス嬢の婚約者でもあるって言っていたよ」

「何ですって!」

 ジョシュア・ミルズの名を知ったのと同時刻に、アーシュラは谷底へ突き落とされたような気持ちになった。だが、ふと思い直した。

「エヴァンス家って、子爵よね」

「そうですね。子どもが一人しかいないから、将来は跡取りになるって言っていたよ。だから、ジョシュアさんは婿だね」

 アーシュラの父は伯爵だ。それほど力がある人間ではないが、シンプソン公爵家と繋がりのある家なのだ。エヴァンス家を脅せば婚約は白紙になる可能性がある。

「まずはお父さまに相談しましょう」

 アーシュラは、エイヴァが載っていた馬車の家紋に気づかなかった。気づけばそれがマーシャル家のものだと気づいたはずだ。そして、格上の伯爵家に物申すことなどできないと分かったはずだ。だが、アーシュラは見ていなかった。アーシュラの話を聞いてなんとかしようと言った父が、アーシュラの平手打ちするほど激怒するのはこの後一週間後の話である。


読んでくださってありがとうございました。

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