第5章
エディスは早速『メラニーとハーリーを婚約破棄させる作戦』をティファに発表した。
すると彼女はすぐにそれに同意してくれた。しかも、彼女はすでに一人で行動を起こしていたことを知って、エディスは目を丸くした。
そして可愛くて優しいティファの中にある、負けず嫌いで困難にも逃げないその芯の強さに触れて、彼女への熱い気持ちがより一層高まった。
『気の強い女の子が好きだったなんて、僕ってやっぱりシスコンだったのかな?』
エディスはその時、初めて自分の気持ちに気付いたのだった。
それからまもなくして、メラニーの婚約者の浮気が発覚した。
メラニーがハーリーの側を離れた後、彼の周りには多くのご令嬢達がすぐにまとわりつくようになっていた。
新しい魔法や魔道具の開発で功績をあげているハーリーは、将来は王宮魔術師になるに違いないと噂される有望株だったからだ。その上かなりの美形だった。
それでも魔法馬鹿のハーリーは、最初のうちはご令嬢達に関心を示すことはなかった。
しかし、侯爵家の令嬢であるスカーレットに誘惑されると、同じ年とは思えないほど大人びた彼女の妖艶な色気に、あっさりと陥落した。
今まで魔法研究ばかりに夢中で他人に関心などなかったハーリーには、大人の女性の免疫がなかったのだ。
メラニーもスカーレットに負けないほどの美人だったが、婚約者というよりアシスタントに徹していたために、異性を感じなかったのだろう。
「スカーレット嬢を見つめて顔を赤らめているハーリーを見た時は、衝撃が走ったわ」
とメラニーは言ったが、エディスからすれば当然だった。そうなるように彼らが仕向けたのだから。
つまりスカーレットがハーリーに近付いたのは、彼女がそう行動するようにエディスとティファが誘導したのだ。
ハーリーのような優秀で将来有望な人間と結婚できたら、きっと華やかで優雅な暮らしが送れるに違いない。
しかし彼が社交界にデビューしたら、さぞかし注目されて、すぐにお相手が見つかるだろう。
だからその前に恋人になるのが得策だ。そんな情報が彼女の耳に入るように、エディス達は意図的に噂を流したのだ。
没落した侯爵令嬢であるのに気位が高いスカーレットなら、きっとハーリーに狙いを定めて迫るだろうと推察したのだ。
そもそもスカーレットに目を付けたのはティファの方だった。
その理由は、彼女がスカーレットに仕返しをしたかったからだ。そしてそれと同時に彼女は、自分が罠に嵌められる前に、どうしても先手を打ちたかったからだ。
なんとスカーレットは、かつてティファを虐めていたご令嬢達を操っていた、真の黒幕だったのだ。
スカーレットは、最下位の男爵令嬢なのに自分より遥かに上等なドレスを身に着け、愛らしくて可愛らしいティファを一方的に敵視していたのだ。
そして彼女が虐められる姿を陰から見ることで溜飲を下げていたのだ。
その上、もし金品まで手に入れられたらラッキーだと思っていたようだ。
ところが思いの外ティファの根性が据わっていたために、金品を奪うことは叶わなかったのだが。
虐めの実践組が学園によって摘発された時、彼女達はスカーレットの名前を出さなかった。落ちぶれているとはいえ、彼女は格上の侯爵家の娘だったからだ。
しかしご令嬢達の証言に違和感を覚えたティファの父が、その道の専門家に依頼して、秘密裏に事件の真相を探っていた。
商売人にとって情報はもっとも重要だ。何事も真相を確かめておかないと、後々面倒くさいことになりかねない、そう考えたのだ。
その結果真の黒幕が浮かび上がったのだ。そしてそれを調べたことは無駄ではなかった。
スカーレットはその後も、ティファを目の敵にすることを止めていなかったことがわかったからだ。
ティファからその話を聞いたエディスは、すぐにティファの案を採用した。
大好きなティファを苦しめた過去も許せないが、現在進行形で懲りずにまたティファに危害を与えようとしている女を、このまま放っておけるはずがなかったからだ。
二度とティファに手が出せないような環境に追い込んでやる。そうエディスは決意したのだった。
エディスは学園創立以来の逸材だと言われていた。何しろ才気煥発な天才魔術師として、あのハーリーと学園の双璧をなしていたのだから。
しかも烏の濡羽色の髪に濃い緑色の瞳をしたエディスは、銀髪碧眼のハリーとはタイプが全く違うが、かなりの美少年だった。
エディスとティファは美男美女の上にともに優秀だったので、学園内ではいつの間にか公認のカップルになっていた。
そしてそのことを知ったスカーレットが、益々ティファに対して苦々しく思っているらしい。最近そんな情報が入ってきたので、ティファはスカーレットをなんとかしなければと考えていた。
そんな時ハーリーに女性を近づけて、言いわけのできない浮気の証拠を集め、メラニーから婚約を破棄させるというエディスの計画を聞かされた。
だからティファは、その浮気相手の候補にスカーレットを推したのだった。
すると彼女の話を最後まで聞いたエディスはこう言ったのだ。
「スカーレットなら利用しても罪悪感がいらないし、ティファから手を引かせることもできるし、一石二鳥だな。
そうと決まったら、ハーリーとスカーレットが浮気をしたら、その浮気の現場の証拠をバッチリと写真に収めないとね〜」
と。そしてそのために、父親が開発した魔道具の『ターブル』を使おう、とその時エディスは決めたのだった。
ジルドレの考案した『ターブル』は、これまでの浮遊機とは一線を画していた。
従来のものは魔石を使ったもので、操作する者の魔力の有無は全く関係がなかった。
しかも操作ボタンは本体についていて、予め動きを設定しておかなければならない。
空中をホバリングさせるのか、できるだけ空高くまで飛ばすのか、それとも地面と垂直に長距離を飛ばしたいのかを。
ところが『ターブル』はそんな単純なおもちゃではなかった。
動かすための動力は魔力のみ。しかもコントロールは思念で行う。それ故に魔力の量とコントロール能力が物を言う。
つまり『ターブル』は非常に扱いにくい浮遊機だが、上手く使いこなせるようになれば、かなり微妙な動きができるようになるのだ。
しかも通常の浮遊機と違って、静音で飛んでいても気付かれにくいという利点もある。
特許出願の説明書を作るために、その性能を確かめたいからと、エディスは父から『ターブル』を預かった。そして色々とその性能を確かめていた。
その結果、これは商品化してはまずい魔道具だと確信した。人々が勝手にこんなものを使ったら、世の中は大混乱になるだろうと。
それに万が一軍事目的で使われたら大変なことになってしまうだろう。何せこの浮遊機は、爆弾を積んだまま、無音で、しかも自由自在に空を飛び回ることができるのだ。
つまり簡単に敵陣を襲撃できるのだ。そしてこちらも襲撃もされてしまうということなのだから。
この魔道具は人に知られてはまずいものだ。父親には欠陥があるといって、人前には出さないようにしなければ……
しかし、アレを王城の地下収納庫にしまい込む前に、一つだけ仕事をしてもらおうとエディスは思った。
そしてそれは、写真機を『ターブル』に取り付けて、ハーリーの浮気現場の写真を撮る、ということだった。
エディスは授業が終わると寮には戻らず、急いで王都郊外にある別邸へ通うようになった。
父親が本宅に戻ってからは、そこは無人になっていて、定期的に管理人が訪れるだけになっていた。
そのため、秘事をするにはもってこいの場所だった。
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