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第2章


 血というものは恐ろしい。

 

 学園の初等部に入学して半年が過ぎようとしていた頃、エディスは父親に呼ばれて、初めて町外れにある別宅を訪れてそう思った。

 

 父の殴り書きのような設計図と脈絡のない説明でも、彼の意図とするところが理解できてしまったのだ。

 もちろんそれは血というよりも、エディスの頭脳が飛び抜けて優秀だったおかげだったのだが。

 彼の理解力、推理力、そして想像力は並外れていたのだ。

 

 それにしても、父親はただの下手の横好なのだと思っていたエディスは、父親の才能に喫驚した。

 そしてその後、彼は父親にこう言った。

 

「父上、魔道具作りを諦めるなんて、早まらない方がいいですよ。父上の作った魔道具はどれも斬新で素晴らしいと思いますよ」

 

「ありがとう。そう言ってくれるのはお前くらいだよ。

 仲間達は口先だけでは私を褒め称えてくれているが、陰では馬鹿にしてるのを知っている。

 特許出願が通った魔道具はこれまで一つもないし、大会にだって一度も入賞したことがないのだから、それもまあ当然なのだろうが」

 

 伯爵は哀しげに言った。

 以前は家族と過ごすよりも仲間達と過ごす方が楽しかった。しかし最近は、友人達に見下されているようで、気が晴れない。

 自分には才能がなかったのだろう。そろそろ潮時かな。屋敷に戻ろう。と伯爵は思った。そしてそもそもそれを相談しようと本日息子を呼び出したのだ。

 

 いや、さすがにまだ十二歳の息子に相談するのも憚られたので、息子に家に帰ってきて欲しいと言わせようと思っていた。

 

 ところが息子がこう言った。

 

「父上。父上の魔道具の特許出願が通らないのは、書面の内容と図面に不備があるというか、明確でないことが原因だと思いますよ。

 何故専門家にお願いしなかったのですか?」

 

「他人に見せたら、私のアイディアを盗まれてしまうではないか!」

 

「それなら自分で出願の仕方を学べばいいのではないですか?」

 

「そんな面倒なことはしたくない。私はただ魔法や魔道具の研究がしたいだけなんだ」

 

 父親の言葉にエディスはため息をつきたくなった。あれはしたくない、これだけをしたいって、まるで子供だ。

 こんな男に今さら屋敷に戻ってこられても、面倒以外の何ものでもないと彼は思った。

 

『僕達家族にはもうこの人はいらない。お母様だってようやく元気になって、新しい生き甲斐を見つけたんだ。その邪魔は絶対にさせない』

 

 と……


 伯爵であるエディスの父ジルドレは、王城で文官の職に就いていた。その仕事振りは可もなく不可もなくで、人並みに仕事だけはきちんとこなしていた。

 しかし私生活においては自分の好きなことばかりに夢中になって、家庭を全く顧みない人間だった。


 そもそもエディスの両親は最初から夫婦の体をなしていなかった。

 父は郊外に建つ別邸内に魔法研究室を造っていた。そして結婚後もそこから城に通い、本宅に戻って来るのは年に数日だったのだ。


 それでよく二人も子をもうけられたものだと、エディスと姉のメラニーは思っていた。

 両親の事情を知っている者達は、父親と同じ色の髪と瞳の息子や、顔立ちが父親似の娘を見なければ、母親が浮気をして作った子供ではないかと疑ったことだろう。

 

 伯爵夫人のローゼットは夫ジルドレに放っておかれた上に、女主としてたった一人で本宅を守り、必死に娘と息子を育ててきた。

 さすがに領地の方は前伯爵夫妻が見てくれていたが、それは並大抵のことではなかった。

 何せ娘が大病したり、息子が大怪我をしても本宅には戻ってこなかったくらい、夫は家庭に無関心だったのだから。


 そして二人の子供が学園に入学してようやく一息ついた時、伯爵夫人のローゼットは燃え尽き症候群に陥ってしまった。張り詰めていた糸がプツリと切れたのだ。


 ローゼットはまるで抜け殻のような状態に陥ってしまった。

 子供達は父親に家に帰ってきて欲しいと何度も手紙を出したが、父親は帰って来るどころか、返事の一つもよこさなかった。魔道具研究が忙しいからと。

 この時点で子供達は完全に父親を見限ったのだ。あの人は家族などではない。他人以下だと。

 

 母親がおかしくなって、どうしたらいいのかわからなくて、エディスは酷く混乱した。ただ不安で不安で胸が押し潰れそうになった。


 そんなエディスを抱き締めて、大丈夫、心配はいらない、私が側にいるから大丈夫だと彼の心を守ってくれたのは姉のメラニーだった。

 姉はまだ十四歳だというのに、母親の代わりに家を切り盛りをし、執事やメイド長に指示を与え、母親と弟を支え守ってくれたのだ。

 

 そして最終的に空洞になった母親ローゼットの心を埋めてくれたのは、独身時代に好きだった洋裁と手芸だった。

 しかしそれは母親のことを心配した姉のメラニーが、恐れ多くも王弟妃殿下に手紙を出して、母のことを相談した結果だった。

 妃殿下は元侯爵令嬢で、母ローゼットの学園時代からの親友だったのだ。

 

 メラニーから話を聞いた妃殿下は、昔ローゼットが帽子作りが好きだったこと思い出した。そこで、ガーデンパーティー用の帽子を作って欲しいと、わざわざおねだりしてくれたのだ。

 ローゼットはこれがきっかけで、手作りの楽しさを思い出して元気を取り戻した。そしてやがて手作り雑貨の店を始めるまでになったのだ。

 

 

 ようやく取り戻した平穏。エディスはそれを父親に壊されたくなかった。そのために、家に戻りたい素振りを見せた父親を、エディスはなんとかして阻止しようと考えた。

 そこで父親には、まだまだ魔道具オタクのままでいてもらおうと思ったのだ。

 

 だから父親の代理で魔道具の特許出願の手続きをしてやった。その結果、予想以上に魔道具の特許を取得することができた。

 すると父親は、魔道具愛好会の仲間達から初めて羨望の目で見られるようになり、彼の魔道具研究の熱は再び蘇ったのだった。

 

 その後もエディスはたまに別邸を訪れては、父親の特許出願をできる範囲で手伝ってきた。それは父の様子を窺うためだった。

 そして父親が人様に迷惑をかけるとんでもない魔道具を作っていないか、それを確認するためでもあった。

 

 読んで下さっていればありがとうございました!

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[良い点] エディスくんいいこだなぁ…!父親が戻ってきたら彼を世話するという手間が増えるからやりたくないんですよねわかります! かまってちゃんな父親マジウザイってやつですよね… [気になる点] 章立て…
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