第1章
短編の「婚約破棄ですか? 了解です。二番目ならいざ知らず三番目はさすがに無理!」の弟視点からの話です。
短編では名前も出ていないモブのはずなのに、弟視点が読みたいと感想欄に書いて下さった方が数名おられたので、書いてみました。
【 三番目? いや君は一番に決まってるだろう! 〜婚約破棄ですか? 了解です。二番目ならいざ知らず三番目はさすがに無理!の弟視点〜 】
「やあ、久し振りだな、エディス」
城から帰ってきた伯爵は、息子に向かって笑顔でそう言った。それを聞いた息子はこう思った。
『おや? 僕の名前を呼んだぞ。覚えていたのか、息子の名前を』
と。
ひと月前の魔道具競技会で会った時、すれ違っても無視されたので、去ろうとした父の背に向かって『父上』と呼びかけたら、驚いた顔をされた。
そして、僕の名前を呼ぼうとしたが躊躇して、それから誤魔化すようにどうしてここに来たのかと尋ねてきた。
ああ、息子の名前を咄嗟に思い出せなかったのが丸わかりだった。
父親も姉の婚約者と同様に魔法馬鹿なんだな。魔法以外のことに興味がないのだと、再認識させられた。
おそらく今、こうしてすぐに名前を呼べたのは、執事から、
「エディス様が学生寮からお戻りになっていらっしゃっていますよ」
と言われたからだろうと息子は推察した。
「久し振りに発明品が出来上がったんだ。だからお前に特許出願をしてもらいたい。
何度か寮の方へ連絡をしたのに返事がなかったから、お前に何かあったのではないかと心配していたんだ」
『心配? それって息子の体調? それとも特許出願のこと?
うーん、特許出願のことだろうな。
昔姉上が悪性伝染病に罹った時も、僕が馬車に轢かれて足を骨折した時も、見舞いというか家(本宅)にすら帰ってこなかったもんな。
いつも、競技会に出す魔道具の完成が間近で忙しいからとか言って』
エディスはそんなことを考えながら、父親の机の上に置かれている、訳のわからない物体の方へ目をやった。
その物体はまるで小さな正方形のテーブルのような形をしていて、四隅に回転する羽根のような物がついていた。
空中浮遊機か? 随分と情けない形状をしているな。
息子の視線に気付いた伯爵は、嬉々としてその魔道具の説明を始めた。
その魔道具の名称は『ターブル』だという。隣の国の言葉でテーブルのことだ。見かけそのままで捻りがない。まあ、呼びやすくてわかりやすくて、父にしてはマシなネーミングだ、と息子は思った。
これまでも空中浮遊機なるものは存在している。まあ、金持ちの遊び、道楽のようなものだ。
ほとんどが魔石を使って魔力持ちが機体を浮かせるもので、いかに高く、いかに速く、いかに遠くへ飛ばせるかを競う大会も毎年催されているくらいだ。
しかし父親が今回発明した魔道具は、これまでのものの中でもかなり高性能だ。相変わらず父親の発想は飛び抜けてるな、と息子は感心した。
この伯爵、貴族には珍しく自己顕示欲があまりなかった。
そもそも裕福な伯爵家に生まれ、大した努力をせずともそこそこの成績が取れて、その上恵まれた容姿をしていたのだから、それも当然だったのかも知れないが。
しかし一応承認欲求の方は多少持ち合わせていたので、これまでも魔道具の特許の出願をしたり、魔道具の競技会にも何度か出場していた。
とはいえ、魔道具作りは元々は伯爵の趣味の一つに過ぎなかった。
だから自分のことを魔術師だとか魔道具師だと思ったことはないし、そもそもそんなものになりたいとも思ったこともなかった。
伯爵は子供の頃からただ単に物作りが好きだったのだ。ところが彼にはそこそこ魔力があったので、出来上がった作品が意図せず魔道具と呼ばれる物になったというだけなのだ。
しかし学園時代に彼の発明品が、たまたま魔道具同好会のメンバーの目に止まり、会に勧誘された。
そしてそこで得た仲間達と和気あいあい、魔道具について語るのが凄く楽しくなった。
伯爵にとっての魔道具製作は、仲間達との楽しい時間を作るためのツールに過ぎなかった。
だから結婚後も彼は、仲間達と過ごすことを優先するために、家族との触れ合いよりも魔道具作りに時間を割いていたのだ。
ところが、本人さえ気付かなかったようだが、伯爵には魔道具作りの天分があったようだ。
それなのに何故息子のエディス以外の人間が気付かなかったのかと言えば、伯爵は理路整然と話すことが苦手だったからだ。
伯爵はただ思ったまま、感情の赴くままに喋るので、その魔道具の素晴らしさが他人によく伝わらなかった。
しかもそれは設計図にも表れていて、彼が気分のまま書き込んだ図面やノートを見ても、皆、何が何だかわからなかったのだ。
読んで下さってありがとうございました!