第四話 じいちゃんの叫び
「すまん、そういえば、電話をしていた時に、急ブレーキの音が聞こえたんだ。
気になって砂利道から道路を見たら、アスファルトにタイヤの跡があったけど、車も何もなかったから、そのまま戻っちまったんだ」
「……おじさん、それって」
「わからんが、もう一回ちゃんと見てこようと思う。
お前もライトで照らせ」
「……うん」
胃が、嫌な感じになった。でも、断ることは、できなかった。
守山のおじさんと、県道まで出る。
砂利の広いところから、白線一本越えれば、車道だ。
あぶないから、砂利道までと、俺もイツキも小学校に入った時に、じいちゃんばあちゃんに言われていた。
左右を確認してから、おじさんが道路を渡る。
そして、ライトでアスファルトの地面を照らす。
何もないと、息を吐いた後すぐ、軽くブレーキを踏んだような痕が、目に入った。
「ここに立って、照らせ」
「うん」
懐中電灯に照らされたおじさんの顔は、こわばって見えた。
俺は立ったまま、おじさんに言われた場所を広く照らした。
おじさんは、懐中電灯をアスファルトの端から、枯れ草の方に向けて、そのまま屈んだ。
「何か、ぶつかったんだな、プラスチックの破片がある」
「それって」
「もしかしたら、イツキは車に轢かれたのかもしれん。……家に行って、お母さんに言ってこい」
固い声でおじさんが言った。
俺は「車に気をつけろよ!ライト照らせ!」と、おじさんの怒鳴り声を背に、走り出した。
道路沿いにある街頭をいくつも走り抜けて、見慣れた家の明かりにたどり着く。
走ったせいなのか、緊張のせいなのか、震える手で、玄関を開ける。
じいちゃんが、上がりかまちに腰掛けて、待っていた。
「じ、じいちゃん、守山のおじさんが、イツキが、車に轢かれたかもって、県道の横に、ライト照らしてて」
「ぱんつ」
すでに靴まで履いて待っていたのか、じいちゃんは立ち上がった。
下駄箱の上にある懐中電灯をつかむと、
「ぱんつ!ぱぁんつ!」
と、家の奥に向かって叫んだ。すると、スマートフォンを耳にあてたまま、母さんが出てきた。
「今、おじいちゃんに呼ばれて……え、おじいちゃん、どこに」
「ぱんつ!」
じいちゃんは、俺を指差してから、母さんにその指を向けた。
説明しろって、言ってる。
俺は、母さんに言った。
「守山のおじさんが、三時半ごろにイツキを見たって。
その後、急ブレーキの音が聞こえたって。
今、県道の方を見てきたけど、ブレーキ痕と、プラスチックの破片があって、イツキが轢かれたかもって」
「……聞こえた?……うん、うん。スマホ持っていくから。うん、わかったら連絡入れておく」
振り返ると、もうじいちゃんの姿はなかった。
母さんの車に乗せられて、守山自工の方へ向かうと、二台の軽トラと軽自動車の合計三台のライトで、枯れ草の方を照らしていた。
誘導灯を持った守山のおばさんが、通行車の整理をしていた。
母さんが車を寄せて停めると、守山のおじさんがやってきた。
「今、警察に電話したから!そっちの斜面に自転車が落ちてた!
イツキ、探してるから!」
母さんの体が固まった。
俺は助手席から下りると、さっき守山のおじさんに渡された懐中電灯を持って、車のライトで照らされたところへ向かった。
「イツキくーん!」
「いっくーん!どこにいるのおー!」
守山のおじいちゃんとおばあちゃんが、ダウンを着こんだもこもこした姿で、懐中電灯で枯れ草の下の斜面を照らしていた。
懐中電灯の光が動くたびに、真っ暗な中で、苦悩するように枝を伸ばした木が、あちこちで出現する。
その横で、じいちゃんが斜面を降りようとしていた。
「じいちゃん!あぶないよ!」
俺がじいちゃんを追って、斜面に足をかけると、じいちゃんは無言で首を振った。
「じいちゃん……」
じいちゃんは、イツキの名前を呼べない。
叫べないから、足でイツキを探そうとしている。
「でも、じいちゃん!あぶないから!」
退院してから、それなりに体が戻ったとはいえ、入院前よりは足元が弱くなっている。
そんな状態で、雑木林の中の斜面を降りるなんて、無理だ。
「じいちゃん!戻って!じいちゃん!」
叫びながら、じいちゃんの腕をつかむ。
はっ、と、した。
冬のジャンパーごしとはいえ、じいちゃんの腕は、とても細く思えた。
こんなに、じいちゃんの腕は、細かっただろうか。
きりっ、と、胸が痛んだ。
腕をつかむ手に、力を入れる。
「……じいちゃん!戻って!あぶないから、もどってぇ!!」
ずっと当たり前にいた人たちが、急にいなくなってしまう恐怖。
棺に入ったばあちゃんと、そのそばに夜遅くまで兄ちゃんと座っていたお通夜の記憶が、頭をよぎる。
「じいちゃん!」
力をこめて、引き戻す。
じいちゃんの体が止まった。
俺の腕の力と、じいちゃんの体の引き合いが始まった。
けれど、あっけなくじいちゃんの体は、俺の方に傾いた。
「じいちゃん、上で待ってて……」
じいちゃんの体をさらに引き寄せようとした時、じいちゃんが叫んだ。
「ぱんつぅ〜!」




