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森崎夢叶の18きっぷ  作者: おじぃ
出逢い
8/43

三十路会

 やばい、せっかく連休なのに、ほとんど執筆できてない。


 朝はほぼ毎日頭痛で頭が働かない。休日は鎮痛剤の服用を我慢している故、一日中頭痛に悩まされている。筆が進まず、気分が晴れない。


 きょう1月4日は、市役所分庁舎の大ホールで三十路会が開催される。茅ヶ崎市内の公立小中学校卒業生が集まるイベント。ドレスコードはない。わたしは深緑のロングコートを羽織り、下に白いシャツ、下半身はベージュのロングスカート、その下にポチにズリズリされて擦り切れそうなベージュのタイツとその他下着類。


 人見知りのわたしはあまり気が進まない。けど門沢さんも来るみたいだし、三十路になったみんながどう変わったか、変わっていないかも気になる。


 会場には正午集合で、大ホールに着いたのは5分前。なのに主催側の同級生以外はほとんど集まっていない。


 さすが茅ヶ崎だね。


 イベント開催の際、茅ヶ崎には開始時間に遅れて来る人が多い。沖縄の『うちなータイム』みたいな感じ。20分くらい経つとどこからともなくぞろぞろやって来て、いつの間にか会場が賑わっている。


 かくいうわたしも茅ヶ崎人だけど、事前に用がなければあまり遅刻しない。時間の正確さを要求される鉄道職員だからではなく、そういう性格だから。


 広々とした会場には丸テーブルが十数卓配置され、各卓にサラダ、寿司、おにぎり、鶏の唐揚げ、ローストビーフ、瓶ビール、ウーロン茶と、小さなグラスが置いてある。


「ふふぁ~」


 暇だなぁ。


 何人かの同級生とは少し会話したけど、それぞれのグループにまとまっている。中学のときのグループが現在に蘇ったかたちだ。


 ちなみにわたし、森崎夢叶は無所属。いや、孤高の天才と呼ぶべきか。教室の隅にいる何を考えているかわからないヤツ。


 広い会場の壁にもたれかかり、持参したペットボトルの水をちびちび飲む。これぞぼっちの醍醐味。水はうまい。生命の水だ。


 それにしても、立ち疲れてきたな。立食パーティーだから椅子はないし、外郭がいかくの通路にあるソファーはグループが使用中。そこに入り込む勇気はない。


 ほかにも数名、他校出身と思われるぼっちがいる。あそこは赤羽根あかばね、その隣に円蔵えんぞう、ちょっと離れて右にいる男子は浜中はまちゅうかな。広い会場でそれぞれが各校の領域内で距離を取り、スマホをいじるなどしている。


 わたしもバッグからスマホを取り出し、タイムラインを眺める。涼子ちゃん(ハンドルネームはRyo)、『Five Lives!』の宣伝を拡散してくれてる! ありがたやありがたや!


 また会いたいな涼子ちゃん! あの凛としてやわらかい美人JK! あんなかわい子ちゃんがわたしの小説を読んでくれてるなんてたまらんですのうハァハァハァ。あかん、思い出したら美味しそうでヨダレが出てきた。


 おや、フォロワーが1名増えてる。ハンドルネーム『風天の猫』さん。絵描きさんだ。フォローバックしよ。わたしは物書きだけど、何人かの絵描きさんにもフォローされている。これでフォロワー17名。余談だが年末にフォロワーが1名減った。誰だったのか、なんとなく想像つくけど。


 風天の猫さんのメディア欄をスクロール。キャラクターの目は大きくも小さくもない、ビッグタイトルのアイドルアニメや少年漫画に多く見られるミドルサイズ。やわらかい雰囲気のキャラクターは線をふわっ、さらっと伸ばし、荒っぽい雰囲気のキャラクターは力強い線で、しかし決して粗雑ではなく、意図するほうへぎっしり伸びている。


 一枚の絵に、目が留まった。


 大海を望む断崖絶壁、陽が画の右から差し、空は紅とスカイブルーのコントラスト。そこに立つ黒いジャケット姿の男は目を細め、葉巻片手に煙を吐いている。


 あぁ、彼はきっと、傷を癒しに独り、ここへ来たんだ。誰にも見られたくない涙は吹きすさぶ海風が拭い、葉巻の火は愛車のシガーライターで点けたのだろうか。描かれていないけど、なんとなく彼の愛車を想像できる。


 良い絵を描く人だな。


 まずシンプルに、そう思った。


 次に浮かんだのは、自らの苦い過去と、布団ふとんに潜って嗚咽おえつを抑え込んだ、幾何いくばくもの日々。


「おう夢叶!」


「あ、どうもどうも」


 ぼうっとしていると、目の前に門沢さんが中学時代の同級生たちを引き連れて現れたので、挨拶した。


「わたしのことわかる?」


未砂記みさきちゃんだね」


「ザッツライト!」


「あれ? 宮下くんは?」


「どうせ友だちなんていないから家で子どもの世話してるって」


 宮下みやした未砂記。旧姓、仙石原せんごくはら。ショートヘアに赤いボッチの髪留めがトレードマークのやたらと騒がしい子だったけど、いまその髪留めはしていない。現在は保育士をしている。


 同じく同級生で彼女の夫である優成すぐなりは、わたしと同じ会社の同期で運転士。入社式でバッタリ会ってその後も何度か会ったが、最近は会っていない。大企業で社員数が多いからか、会社で同級生や先輩後輩とバッタリなんてこともある。


「わたしのことは?」


大甕おおみか浸地ひたちちゃん」


「うん! もう結婚して磐城いわしろになったけどね」


「そっかぁ、みんな結婚してるね」


 磐城という苗字には聞き覚えがない。わたしの知らない人と結婚したのだろう。


 浸地ちゃんは黒髪ロングヘアの、大人の色気と気さくさを併せ持つ美人。学校にファンクラブがあったほどモテていた。現在もその美貌は健在。


 未砂記ちゃん、浸地ちゃんともに、3年次のみわたしと同じクラスだった。


「おい、お前も挨拶しろ」


 門沢さんの脇にガッシリ抱えられている、ナマケモノのようにだらっとした男子が言われた。彼も中学生当時と見た目に大きな変化はない。


「あ、どうも、猫島ねこしまです」


「あ、はい、どうも、森崎です」


 猫島(つくる)。1年次から3年次まで同じクラスだった男子。彼もまた、いじめられていた。期間はわたしと同じ、1年次から2年次にかけて。わたしは女子に、彼は男子にいじめられていた。互いに人見知りだからか、わたしと彼に接点はあまりなかった。


「どうもどうも」


「どうもどうも」


「どうもどうも」


「どう……」


「おいお前らなんなんだ!」


 無限ループの「どうも」に、門沢さんが痺れを切らした。


 猫島くんはまだ、門沢さんに捕えられたまま。


「あの、先ほどはフォローバックありがとうございます」


 その一言で勘付いた。


「あ、風天の猫さん?」


「はい」


 なんとなんと、まさかあの絵の主が猫島くんだったとは。


「そうだ、わたしが猫島に夢叶の小説を教えてやったんだ!」


 門沢さんと猫島くん、つながってたんだ。意外だな。


「わたしとヒタッチも、まみちゃんに教えてもらって読んだよ! 夢叶が描いたとは思えないくらいポップな感じで面白い!」


「うん、キャラクターもちゃんと意志を持って、一人ひとりが魅力的だと思った」


 ポップに笑う未砂記ちゃんと、やさしく笑む浸地ちゃん。


「あ、ありがとうございます!」


 そっか、門沢さんが広めてくれたんだ。いろんな人に読んでもらって、感想を言ってもらえるって、気恥ずかしいけど、うれしいな。門沢さんには、いつか恩返ししたいな。

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