私が企てた、最期の姿
『ただいま線路内に人が立ち入っているため、係員が状況の確認を行っております。運転再開までしばらくお待ちしてください。なお危険ですので、線路には絶対に下りないでください』
舞ちゃんの放送が入った。続いて同内容で二ヶ国語の自動放送も流れた。
『止めろ!! 直通切れ!!』などとざわつく指令室。乗務しているのはそれなりに物事を見て、経験を積んでいる30代の社員。この状況下で現在最も緊迫しているのは、影響範囲内の列車を止めたり他線区への直通運転を中止させる等の運転整理をしなければならない指令室かもしれない。
私は状況の確認を行うため、重厚感がありながらも意外と軽く動く乗務員室の扉を手前に開き、身体を反転させて左右の手すりに掴まりながら細いステップを伝い慎重に車外へ出た。足元は砂利、足を捻って負傷しかねない。一般的なキャップと同仕様の作業帽を被っているものの、車両に頭をぶつけないよう頭上にも注意する。
降り立つと、真下が鉄粉等で茶色く汚れた台車。車輪や台車枠、ブレーキ部品を搭載した走行装置。要するに足回り。ざっと見たところ血液や肉片、脂肪等の付着は認められない。連結器の下に取り付けられている排障装置の裏側、ここは特にそういったものが付着しやすいが、見当たらないし鉄分と生臭さをはらんだ臭気もない。
続いて車両の前方を確認。
いた。レールと平行に、車両に向けて両足を曲げ仰向けに横たわる、小柄な女学生。スレスレだが触車はしていないと思われる。
もし駆け込み乗車が一人でもあったら遅れを取り戻すべく速度を上げて走行していたため、彼女はほぼ間違いなく負傷していた。自殺志願者なんかどうでも良いという人も、人身事故で長時間の足止めになっていた。たった一人の駆け込みのせいで。
横たわる彼女は呼吸を荒げるでもなく、重ねた両手を胸に当て、虚ろな眼で空を仰いでいる。本当は何を見ているのか、何も見えていないように、虚空が広がっているだろうか。
学生時代の私が企てた、最期の姿の一つだった。
「起き上がれる?」
大丈夫? とか、大丈夫だよ、とか、そんなポジティブなことなど、言う気は起きなかった。
なぜなら彼女は失敗したのだ。愚者が幸福を享受する、この世からの離脱に。
背後から美奈ちゃんも寄ってきた。状況を確認した彼女は何も言わず、指令室に連絡するため再び運転台へ戻った。
しかし安堵もしていられない。彼女は刃物を隠し持っているかもしれない。学生時代、同級生が護身用にカッターを携行していた。それらの危険を恐れつつ、1メートルほどの距離を取ってしゃがみ、彼女に声をかける。
「つらいね」
彼女は寝転んだまま、徐にこちらを向いた。生気を失ったまま、私とは視線を合わさず、胸辺りに眼を遣った。
「つらい……。つらいんですか、私」
良かった、会話はできる。中には発狂したり縦横無尽に走り出す人もいる。いまからそうなる可能性もゼロではないが。
「こういう状況を、つらいっていうんだよ」
まだ‘つらい’という状況ではないと、彼女はきっと誤解している。心が弱いから簡単に死を選ぶとか、恐らくそんなふうに考えている。
若いうちの苦労は買ってでもしろ、これからもっとつらいことがある。若いんだから大丈夫。こんなの苦労したうちに入らない。大変なのはみんな一緒。
学校での虐めや両親、教員からのネグレクトにより十年以上続いた希死念慮に支配された時期に、私が大人から浴びせられた言葉。
自身が大人になってから思えば、私ほどの心労を知らない者が私と向き合いたくないために突き放す言葉。
彼女に差し伸べる手が震える。脚が震える。息を呑み込む。




