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森崎夢叶の18きっぷ  作者: おじぃ
設計

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春の手前

 一抹の不安を抱えながら研修の日々を悶々と過ごし、残り1週間となった朝。研修施設の玄関口から外に出ると、春のふわりとした日差しが冷えた朝を温めていた。グレーの作業着を纏った新入社員が集まりガヤガヤ談笑していた。


 この日は三人一組になって約10キロメートルのウォーキングを行う。周囲の鉄道に詳しそうな人たちの会話に聞き耳を立てていると、どうも鉄道業界ではよくある研修イベントらしい。


 グループメンバーの一人は美奈ちゃんなので安心。


 美奈ちゃん、私の順でもう一人に自己紹介をすると、


「もっ、森崎と申しますっ……。よろしくお願いいたしますっ……」


 消え入るような声で俯きつつモジモジと自己紹介をしたのは、私と美奈ちゃんより4歳年下の夢叶ゆめかちゃん。これが初めての会話だった。


「それじゃ、出発しようか」


 美奈ちゃんは教育担当者から一人1枚ずつ手渡されている地図を見ながら、チェックポイントの神社までの経路を探っている。


 この後チェックポイントへ先回りする教育担当者にスタンプを押してもらい、制限時間の16時までにここへ戻ってくれば経路は問われない。途中で食事を摂ったり遠回りして時間を稼いでも構わない。但し勤務時間中のため、ショッピングやカラオケ、ゲームセンター等の遊興は禁止。


 鉄道は体力と知力を求められる職だそうで、理に適っていると思うと同時に、行方不明や動物に襲われるリスクを考えると、のどかな地域での実施は好ましくないとも思った。先ほど聞き耳を立てていた会話によると、新宿しんじゅくから川越かわごえ等の市街地で実施している会社もあるという。


 動物、特にクマやイノシシに警戒しつつ、ウォーキングが始まった。


 小路の傷んだアスファルト。舗装されていない両サイドにはふきのとうが顔を出している。まだ乾いている広大な田園風景のずっと向こうには雪を被った山々が連なっている。


「森崎さんは鉄道好きなの?」


 歩きながら、美奈ちゃんが会話を切り出した。


「いえ、特にそういうことは……」


「そうなんだ、それじゃ、まあまあ興味あるのは私だけだね」


 地味でオタクっぽい私や夢叶ちゃんではなく、学級の一軍にいそうな美奈ちゃんが鉄道にいくらか興味を持っているのが、正直意外だった。旧型の電車に搭載されているМT54型主電動機の音がギターみたいでロックだと言っていたから、ロッカーだと思えば納得はできる。


 後に知ったことだが、鉄道ファンも多種多様で、地味で大人しい人もいれば、コンビニの前にたむろして喫煙をしているような人もいる。辺りを歩いているヤンキーと呼ばれる人たちが実は鉄道に詳しいなんてこともある。


 私は漫画やアニメが好きなのでそのファンに例えると、中にはアイドルをやっている人や、筋骨隆々の人もいる。それと同義なのだろう。そういえば同期社員のスポーツマンっぽい男子がEF65形式直流型電気機関車について熱く語っていた。


 熱くなれるものを扱う組織に入れて、彼はさぞ幸せだろう。


 私が熱くなれるもの、それは……。


 入社してから、よく右手を胸に当てるようになった。


 しかし彼がそれに乗務する機会は入社12年目の現在まで無く、私や美奈ちゃんが運転し、夢叶ちゃんが便乗やメンテナンスをしたり、休憩時間のお昼寝スポットにしているのであった。


 人生とは、なかなか思い通りに行かないもの。


 それ以前に私は、理想を描くところから始めなければならなかった。きっとそれも簡単には上手く行かず、障害と困難の先に華やかなステージがある。根拠もなく、そう確信していた。


 そんなことを考えながら、桜の蕾が見下ろす春の手前を歩いたのだった。

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