婚約破棄王子千年伝〜人々の願いに応え婚約解消した賢き王子が愚かと呼ばれるまで〜
ノッブはホトトギスを喰らい、アントワネットはケーキと景気の話をし、吉良は赤穂を馬鹿にした。そんな話。
【1000年前・史実】
「我が婚約者、私の妻となり王妃となるはずだった公爵令嬢アンヌよ。今日この時をもって私達の婚約は解消された」
「はい」
「今ここに王族の血による支配は終わり、民による統治が始まる。無論私も民の一人として国を支えていくつもりだ。では、新しい時代に乾杯!」
この頃、転生者が持ち込んだ技術により農業と工業が飛躍的に発展した。富が十分に行き渡る事により王による支配は不要となった。人々はより効率の良い民主主義への移行を望み、当時の王族はそれに応えた。
最後の王太子イーノは王家による血の支配が終わった事を国民に伝える為、国民に主権が移行するその日に公爵令嬢アンヌとの婚約解消を発表。その後、イーノは議員となり生涯を国の発展に捧げた。
【900年前・一部改変】
「演出家さん、ちょっといい?あのさあ、この婚約解消のセリフ婚約破棄に変えていいかな?」
「えっ、で、でもそれじゃ意味が変わっちゃうよ」
「俺もそれは分かってる。でもさ、ここは婚約破棄と言った方が王太子の民主主義への強い意志が現れてグッドな気がしたんだよね」
民主化百周年を記念して、当時の様子を再現した演劇が作られた。だが、イーノ役の主演俳優がセリフのインパクトを重視する為に婚約解消を婚約破棄と言い換える事を提案し、それが通ってしまう。これにより、温厚で知的なイーノのイメージは民主主義を推進する熱血漢へと上書きされた。
【800年前・新学説誕生】
「先生、どうして王太子イーノは大勢が見ている前で婚約破棄なんて言ってしまったのでしょうか」
「うーん、それについては諸説あるが、王家と公爵家で民主主義への移行について争いがあったというのが有力候補だよ」
「なるほど、貴族としての特権を手放したくない公爵派に引導を渡す為の婚約破棄ですね!」
俳優が思いつきで変更したセリフにより、歴史学者は大いに困惑した。婚約破棄をしたという改変がいつの間にか真実として語られる様になり、学者達はその理由について考察を続けた。そして、彼らは王家と公爵家が対立していたという結論に至った。
【700年前・夢小説】
「はぁ~ん、婚約破棄歌劇のイーノ様しゅてきぃ〜。でも、こんなカッコいい人に結婚相手も仲間も居ないのは寂しいわぁ。せや!私が作ればいいんやんけ!婚約破棄したイーノ様を異世界人とくっつければ皆幸せよね!」
「素晴らしい話ですわ姉さま!この小説は世に広めるべきよ!」
歌劇好きの女性作家が自分の考えたヒロインとイーノが結ばれる小説を書いた。そのヒロインは国に様々な技術を与えた異世界人がモデルになっており、イーノと同い年の十八歳と設定された。この小説は個人の趣味として書かれた物だったが、編集者である彼女の妹により世に出され大ヒットした。
なお、婚約解消時のイーノは三十代後半のバツイチで異世界人は七十代の既婚男性。二人には接点は一切ない。
【600年前・三次創作四次創作】
「監督、この騎士団長の息子って歴史本いくら探してもいないんですけど?それに、歴史書では王太子イーノは学生じゃないって書いてありましたけど?」
「当たり前だバカ。その騎士団長の息子は俺の考えたオリキャラ。王太子もヒロインも先人が作った半オリキャラだぞ」
「だったらこの劇は卒業パーティで婚約破棄して公爵家倒して民主主義になった以外全部ウソじゃないですか!」
イーノ十八歳設定が定番と化した事で、国民に主権を受け渡す場は卒業パーティに上書きされた。大衆の殆どはこの演劇の設定こそが歴史的事実と誤認し、学者達や演者達も最早どれが正しい情報が理解出来なくなっていた。
【500年前・善悪逆転】
「皆、聞いてくれ。俺は長年公爵家の悪事の証拠を探していたが、そんなものは無かった。つまり、公爵家の罪は冤罪だったと言わざるを得ない!」
「な、なんだってー!」
「そして、公爵家に罪が無いのなら、消去法で王家が民主化に反対し貴族特権を濫用していた悪党となる!」
「な、なんだってー!」
天才的歴史学者により、公爵家の罪が捏造されたものだと証明され、王家とその取り巻きこそが真の邪悪だと発表された。違う、そうじゃない。
この発表により、演劇界隈に大激震が走る。これまで悪役令嬢として倒され続けていた公爵令嬢アンヌを主人公とし、彼女の手で腐敗した王家を打倒し民主化を達成したという内容の劇が公演され、王太子イーノ及び異世界人ヒロインの名は地に落ちた。ついでに、国を豊かにした知恵も公爵令嬢が出した事にされた。
【400年前・王太子に全部丸投げ】
「先生、クズ王太子イーノは王様になって贅沢を続けたかったんですよね?じゃあ、何で公爵令嬢と婚約破棄して、どこの馬の骨とも分からないピンク頭と結婚しようとしたんですか?」
「アホだったからだ。そうとしか考えられん。それとも、君は我々のこれまでの調査に間違いがあったと言いたいのかね?」
「じゃあ、先日発掘された王太子を称賛するこの文書は何ですか?」
「王太子はクズで無能で浮気者だと過去の研究成果が証明しているんだ。よって、そんなもの取り巻きの誰かが書いた嘘だ。燃やせ」
間違いに間違いを重ね、正解は遥か彼方。この時代の歴史学者達は完全に史実とは違うポイントから正しい方角を目指していた。しかし、先人への敬意と己のプライドの高さが仇となり、自分達に都合の良い答えを求める様になっていった。正しい記録は偽りとして無視され、フィクションが本当にあった事だと歓迎された。
【300年前・夢小説アゲイン】
「ムフー、公爵令嬢アンヌ様憧れるわぁ~。前世知識で国を豊かにし、クズを一掃して国民を救うなんて完璧すぎんよ〜。でも、何故か生涯独身だったのよね」
「だったら、私達の手でアンヌ様をお救いするのですわ!アンヌ様をサポートするスーパーダーリンを登場させ、くっつければ良いのですわ!私が宣伝するから姉様は書いて!」
「えぇー、でもぉ、アンヌ様と釣り合う男なんてあの時代にいないし、勝手に『あたしのかんがえたさいつよダーリン』を出すと絶対荒れるわよ」
「チッチッチッ、それがいたんですわ!このイーノという国会議員は旧王家とも繋がりのある切れ者でしかも独身!この人ならアンヌ様とくっついてもモウマンタイ!」
「イーノ?確かクズの名前もイーノだった気が」
「偶然って怖いですわね姉様!」
虚構から生まれたイーノは最早史実のイーノとは完全に別人になっていた。そして、とある女性作家とその妹によってイーノとイーノが同じ舞台に立つという奇跡が達成された。イーノが公爵令嬢を婚約破棄し、傷ついたイーノが彼女に手を差し伸べる。これが新時代のテンプレとなり、誰もがそれを疑問に思わず追随した。
【200年前・天才歴史学者再来】
「皆、聞いてくれ。俺が調査した結果、公爵令嬢アンヌが婚約していた相手は王太子のイーノではなく、議員のイーノだった」
「な、なんだってー!」
「そして、当時未成年の王子はこの国に存在しなかったのも分かった」
「な、なんだってー!」
「つまり、王太子イーノの正体は王家とは無関係の下級貴族!ジッチャンの名にかけて謎は全て解けた!」
天才的歴史学者の子孫が王太子イーノは王太子ではないと証明した。彼は、公爵家の罪が冤罪だと発表した天才的歴史学者の子孫であり、彼が集めた歴史資料も信頼性が高い事から、この説は全面的に支持された。結果、王太子イーノは自称王太子イーノとなり、自分が公爵令嬢と婚約していると勘違いし婚約破棄したアホとされた。違う、そうじゃない。
【100年前・自称ヒロインの考察】
「なあ、自分が王太子だと勘違いしているイーノが婚約破棄するのは分かるんだが、そのアホを操るピンク頭は何がしたかったんだ?」
「イーノが本当に王太子だと勘違いして、こいつと結婚すれば贅沢な暮らしができると考えたんじゃね?知らんけど」
「つまり、イーノと並ぶお花畑だった訳か。イイねそのアイデア採用。今度のドラマはその設定でいこう」
イーノと結ばれようとするヒロインの動機は雑に処理された。人々は最早、民主主義誕生の話に興味を持たなくなっていた。婚約破棄も、そこからの逆転劇にも飽き、頭のおかしい二人組が自滅する物語のみが残った。王太子(笑)とどこの馬の骨ともわからんピンクが盛大にやらかし、屈強な衛兵に連れて行かれる。それを見て人々はあんな風になるまいと思いながら、心の中でざまぁと呟くのだった。
◆◆◆
【現在・当事者による答え合わせ】
「姉様、パパが民主化千周年記念のDVD買ってきたわよ!歴史的事実に基づいたドラマらしいですから、一緒に見ましょう!」
「うん!」
妹が持ってきたDVDがどんな内容なのか、私は胸がワクワクだった。妹もワクワクしてるだろうが、この件に関しては私の方が圧倒的にワクワクしていると断言できる。
その理由は私に前世の記憶があるからだ。前世の私はアンヌという名の公爵令嬢で民主化にも少しだけ関わっていた。この時代ではあの出来事がどの様に伝わってるかは、まだ小学校で習ってない所さん。だから、私は答え合わせに胸がワクワクなのだった。
さあ、見せてもらおうか!千年間の伝言リレーがどれだけ正確なのかを!この国の歴史学者の叡智を!
『公爵令嬢アンヌぅ!俺は真実の愛に目覚めたのだ!この聖女をいじめたお前とは婚約破棄して、聖女と結婚する!』
開始三秒で私は椅子からずり落ちた。何?この、何?妹がDVD間違えた?でも、婚約破棄してる金髪に自称王太子イーノってテロップ出てるから多分DVDは合ってる。でも、何もかもが違う。イーノ様っぽい人は高校生になってるし、舞台は学校になってるし、知らないピンクがいるし、私の役を演じてるのはテリーヌ・サンダースだ。何で昨年の主演女優賞が、私なんかをやってるんだ。
『なにィー!そもそも俺とお前は婚約してないだとぉ!?しかし、父上は言っていたではないか!アンヌはイーノと結婚するって!…え?イーノというのは隣国の皇帝?そして俺は王族じゃない?』
『そんなぁ!イーノ様と結婚したら王妃になれて贅沢も逆ハーレムもやり放題と思って嘘ついたのに、私と同じ下級貴族だったなんて!』
二人目のイーノ様が現れた。こっちのイーノ様は私の知ってるイーノ様だが、身分が隣国の皇帝になってた。知らん、隣に帝国なんて無かったぞ。そして、最初に騒いでいたイーノ様は勘違いで自分を王太子と思っていただけで、ピンクはその勘違いを本当だと思い込んでたんだそうな。んな訳あるか!
『助けて下さい父上、じゃなくて国王様!俺は貴方の口から自分の名前を聞いて勘違いして、そこの女に騙されただけなんです!』
『ムキー!こんなの私の考えた話と違うわ!こんな事なら、あっちのイーノ様に媚びればよかったー!』
イーノ様の偽物とピンク、ついでに数名の取り巻きがゴリラみたいに屈強な衛兵に引きずられていってエンドロール。その後、アンヌは皇帝と結婚し隣国で子供に囲まれ幸せに暮らしたそうな。何やってるんだテリーヌ・サンダース。王家の血を残してるんじゃねえよ。お前、このイベントの趣旨わかってんのか。
「あー、めっちゃ笑えましたわ!クズがざまぁされて白米パクパクですわ!昔の歴史の勉強にもなって、一石二鳥でしたわね、姉様!」
「オラー!」
「姉様何をー!?」
気がついたら、私は妹にマウントパンチを連打していた。妹は悪くないのは分かってはいたが、何かを殴りたい衝動に駆られ横を見たら妹がいたからついやってしまった。
「前が見えねえですわ」
「ごめん」
「構いませんわ、姉様は何か理由があってやったのでしょう?正直に言えば許しますわ」
妹の心はパパのデコより広かった。まだ五歳なのに偉いぞ。では、ありがたくその言葉に甘えるとしよう。
「私は決めたんだよ。さっきの記念映像を見て、これよりももっと凄い、正確に歴史を再現した話を作りたくなったんだ。歴史学者兼小説家に私はなる!」
「姉様…、感動しましたわ!マウントの件は許しますわ!姉様がそうするのなら、私は将来動画配信会社を立ち上げて、姉様の成果を世に広めますわ!」
私は妹とガッチリ握手をして、将来の夢を誓った。どこの誰のせいでここまで歴史考察がねじ曲がったかはわからないけど、イーノ様がこれ以上オモチャにされない為にも、絶対偉い学者になって真実を伝えてやる!
これでこの話はおしまい。
面白かった、ネタが寒かった、一番悪いのはコイツだ等の感想お待ちしています。