表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

美味しい男の子

勢いに任せて出てきたはいいが、これから何処へいこうか。


我が家は王都の隅っこの端に位置する。

本当に端にある為、周囲には人の気配はなく、巨大な森や綺麗な花の絨毯を年中敷き詰めた花畑に囲まれている。


なので、自然に溢れているここには野生動物も多い。

何処かに丁度良い大きさの動物は居ないものか。


ここに飛び出てくる前は怒りやら憎しみやらで空腹感が紛れていたが、落ち着いてくるとまた辛くなってきた。

「腹空いた…。」


あまりにも腹が空いて足元が覚束なくなってきていると、目の前の茂みがガサガサと揺れた。

そしてその音の後、大きめの熊が現れた。


「ぐぉお?」

こちらに顔を向けた熊。

数秒間目の目が合う。


「グルゥオオ!」

熊は先制攻撃(いかく)を仕掛けてきた!

ここで何も反応しなかったら舐められてしまう。

「ガルルルァァッ!」

「ガルァアッ!?」

こちらも攻撃(いかく)を仕掛けた!

私の威嚇に気圧された熊は怯んだ。

熊が私よりも優位に立つなんて百年早いわ!


丁度いいタイミングに来たんだ。

大人しく血を飲ませていただこう。


「グルゥオ!グルゥゥオゥ!」

ジリジリと近づいていく距離と比例して、熊が後ずさっていく。

前脚を必死に動かしてこちらを脅すその姿に可哀想に思いながらも、こちらも必死なので諦めるわけにはいかない。


「ガルルグルァッ!」

「グルウウウウウッ!!」

威嚇しながら飛びつこうとすると、熊は後方に全力疾走していった。

だが、ここで逃がすわけにはいかないのだ。

申し訳ないが、血を吸わせてもらおう。


走り去ろうとする熊を追いかける。

何故かその熊はずっと二足歩行で、だいぶ走るのが遅かった。

そのお陰もあり、直ぐに追いつくことができた。


「すまない熊!ほんの少しだけだから!」

熊の項に牙をたてる。

「ギャウッ!?」

熊から悲鳴が聞こえてきた。

直ぐに終わらせるから、少し血を恵んでほしいのだ。


出来るだけ短時間で少量の血を吸う。

吸い終わり、項から牙を離すと熊は一目散にその場から駆けていってしまった。


「すまない熊…。次あった時はきちんと礼をする。」

私は少し元気になり、先程の熊に礼を告げた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



その後、私はまたしても空腹でフラフラになっていた。


やはりと言うべきか、熊から吸った血では足りなかった。

あれから動物には一匹も出逢わないので、血を補給する事もできない。

まさかここまで動物に遭遇できないとは思わなかった。


家であの時の血を飲めば良かったのだろうか。

しかし飲んでも今と状況は違うだけで、酷い目に遭うのは確かだ。

(本当にこの身体呪ってやる…。)


朦朧な意識の中、微かに食欲をそそる良い匂いがした。


(ごはんか…ごはんか……)

匂いに反応してつられた私は、ゾンビの如く歩き出した。

森に入り少し歩くと、大きな花畑についた。


鮮やかな色を付けた花弁が一面に広がったそこは、現実離れしていて、今まで見てきた何よりも美しいと感じた。

そして、その中心からは先程から漂う匂いが特に強くなっている。


腹が空きすぎていたのか、本能でそこを目指して歩いた。

長い道のりを歩いていくと、同い年ぐらいの少年が見えた。

水が流れるようにまっすぐな黒髪は艶々としている。

前髪から覗くアイスグリーンの瞳は濡れていた。

どうやら彼は泣いているようで、その涙が匂いの元らしい。

近付くにつれ強くなった匂いがとどめを刺し、飢えに飢えた私は我慢がきかなくなった。


「おいお前。」

「っ?!だ、だれ…?」

「ちょっと血、吸わせろ。ほんのちょっとだけだから。」

「えっ?ちょっと、まって」


少年の声は届かず、私は彼の襟に手をかけると思いっきり裂いた。

「ひぇっ!えっなにっ」

狼狽える少年を横目に、あまりにも強い香る甘い匂いと薄れゆく意識の中、私は無我夢中でその首筋に噛み付いた。


「ッッ!うっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

牙を突き立てた瞬間、舌に広がる濃厚な味わい。

まろやかな甘さは、とてもなめらかで絶品。

それでいて後味はスッキリとしていてしつこくない。

今まで飲んできた血とは雲泥の差、月とすっぽんだ。

あまりの美味しさに我を忘れてペロペロと血を飲み続けてしまった。


いかん、このまま飲み続けてしまったらこの少年が貧血をおこしてしまう。

私は慌てて首筋から口を離した。


「すまん。腹が空いていたからつい。」

「…。」

彼は口をぽかんと空けたまま固まってしまった。

いきなり血を飲んでしまったので当たり前だろう。


「ん?…ん?」

何か忘れている気がする。

とても大事な何か。

だがそれが思い出せない。


「ねぇ。君って吸血鬼なの…?」 

恐る恐る少年が尋ねてきた。

そこで私は忘れていた何かを思い出した。

 

今の私は尖った耳を隠しもせずに曝け出している。

それだけではない。

今の私の行動、血を吸う事など普通の人間がするか?

するわけないだろう。

己の状を頭が理解した瞬間、兄様と母様の声が走馬燈のように流れてきた。

『吸血鬼の王が殺された後、他の吸血鬼は皆処刑された。』

『人間に正体を知られたら恐ろしい目にあうんだからな。』

『一人にでもバレてしまえば一巻の終わりよ。家族みんな殺されちゃう。』

『絶対に知られないようにね、お願いね。』


これまで散々聞かされてきた言葉が今、私にトドメを刺した。

まずい、非常にまずい。この少年には感謝している。

だが、だからといってこのままでは帰せない。

帰してしまったら最後、私も兄様も母様も、最悪父様までも殺されてしまう。


早急に何か手を打たなければならない。

しかし、何も良い手が浮かばないのだ。

かくなる上は、一か八かでやるしかない。


私は決死の覚悟を決め、少年に向き合った。

「…??」

未だ目が点になっている彼に少し距離を作り、


「どうか、どうかご勘弁お願いしとうまするーーーーーーっ!!この通りでございます故!命だけは!命だけはっ!!後生であります!なにとぞ、なにとぞ御慈悲をお与えござりまする!」


人生をかけた一世一代の土下寝をした。

これまでの生涯で私が学んだ最上級の敬語とプライドをかなぐり捨てた台詞を披露したのだ。

どうかこの言葉が彼に届いてほしい。


「えっ?!えっと…あの。」

様子からして、あまり効いていないようだ。

嘘だろう。この全身全霊、渾身の願いを聞き届けて貰えなかったなんて…。

どうすればよい、どうすれば助かるのか?!

今回の事は私の身勝手だと自覚している。

あの時兄様の言うことをちゃんと聞いて、我慢してあの血を飲めばこんな事にはなっていないのだ。

なので尚更家族までもを巻き込むわけにはいかない。


「これでも駄目か?!では何を望む!私に叶えられるものなら何でも叶える!プリンもあげるし松ぼっくりタワーだって望むならいくらでも渡すから!」

「あの待って!お願い少し落ち着いて」

「オチテ?落ちて?!分かった今すぐ崖から落ちてくるから待ってろ!だからお願いだから誰にも言わないでくれ!」

「待って!行かないで!落ちちゃ駄目だから!ねぇお願い待ってーっ!」

落下を所望した少年に応える為に崖を探しに走る私には、彼の声は届かなかった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−-



走り出して色々なところを見たが、どこも森続きで崖らしきものはなかった。

このままでは危ういというのに。

何処かに良い崖はないのか。

そう思いながら、元いた花畑へ戻り、唯一まだ見ていない方面へと走った。


あの少年はいつの間にかいなくなっていた。

これでは彼の願いを叶えたことを証明できないので、崖を見つけたら彼も探そう。

これからの予定を決めつつ走った。


そうして走り続けて花畑から抜けた先には、今までの様にそびえ立つ一面の木々はなく、何もない広い荒野のような所だった。

その荒野の奥の方に無数の大岩があった。

ここは外れかと思ったが、もしかしたらこの向こう側に崖があるかも知れない。

あの大岩の一つを破壊すればなんとかなるか…?


考えを巡らせていると、不意に後ろからガサガサという音が聞こえた。

「…ぜぇっ…ぜぇっ…。やっと見つけた…。」

後ろに視線を向けると、そこにいたのは先程の少年だった。

「ちょうどよかった。今からあそこの岩を砕けるか試して見るから。あの先に崖があったらそこで落ちるからちゃんと誰にも言わないでくれ!」

「だから落ちなくていいって!」


彼がなにか言っていたときには、既に私は岩の方へと走っていた。

小松菜とほうれん草の違いってなに?


アドバイスなどがあればコメントなどで教えて下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ