フ想ヲ霊英ノ国祖ハ女聖シレサ喚招
女王陛下リーゼロッテ・ウィンゲート・ファンブルケ・バルバザールの手記より抜粋
王国に異世界から聖女が呼ばれたのは10年前のことでした───
わたくしは当時、公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者でした
また当時は古の時代に封印された魔王の障気が溢れ出し、魔物が凶暴化して民は不安に震えておりました
しかし、我が公爵家は異世界からの聖女様の召喚には懐疑的でした
わたくしを溺愛してくださるお父様、お母様としてはわたくしが不幸になる未来が何となく想像できたのかもしれません
しかし婚約者であるエドワード王太子殿下や昔から慇懃無礼でいけすかない大司教の息子、ハルトナイツの後押しもあって聖女召喚の儀は強行されました
この国は王族と、聖職者や王位を継がなかった王族の子孫などで構成される元老院が絶対です
筆頭公爵家といえど意見は申せません
わたくしと王太子殿下の婚約も、貴族や平民の人望を集める我が家を取り込むために一方的に王命で取り決められたものでした
王太子殿下は自分勝手で横暴な性格
わたくしは女としての幸せを生まれたときから取り払われておりました
そんなわたくしを両親は不憫に思い、とても優しくしてくださいました
使用人のみなさん、領民の皆さんのこともわたくしは今でも大好きです───
そして…サユリ・タチバナ様が光り輝く魔法陣の上に降り立ちました
長い黒曜石の様な髪と瞳の、神秘的なお方でした
真紅のロングスカート?(後に親友によりハカマだと訂正)
純白の不思議な形のブラウス?(後に親友によりチグサだと訂正)
服装にも言葉では表現できない威厳が溢れておりました
聖女様というより創世記の神話に登場する巫女様のようでした(後に親友により一応正解だと言われる)
半分作り話と化した様々な過去の伝記においては、異世界からやって来る聖女はじぇいけい?という職業?に就いていることが多く、軽薄で尻軽で同性を蔑めるのが好きだったりといった描写が多いのですが
それでも、そのような下衆な淫売女であろうと、この世界を救ってくださる聖女様の立場は絶対です
だからこそ冤罪で婚約破棄か、或いは聖女とイチャイチャする二人を見せつけられながら公務をさせるための奴隷として白い結婚か…わたくしは当時、未来に絶望していたのです
しかし、サユリ様からその手の汚らわしい売女の雰囲気は微塵も感じられず、寧ろ自然と跪きたくなる様な荘厳とすら言える雰囲気がございました
わたくしは心の中でそっと胸を撫で下ろしたのでした
「……はて?
低俗で下劣で下等で底辺丸出しなキノコのような髪型の売国奴が乗ったアルファードに轢かれて死んだと思ったが…まあ一族郎党苦しんで死ぬ呪いを咄嗟に放てたのは暁光ぞ
さて…面妖な
……察するにここは異界か」
サユリ様は特に驚くこともなくご自身を取り巻く人々…神官や魔術師達、元老院の朦朧した皆さま、王族やわたくしとわたくしの家族、その他の高貴な家の皆様を見渡しておりました
言葉自体は驚くことに同じようでしたが、彼女の呟きは知らない単語がいくつもありました
「…察するに私は聖女か?」
そして彼女の心臓はドラゴンクリスタルで出来ているのだとこの時誰もが思いました
順応力もおかしいと思います
サユリ様を一目で気に入ったらしい殿下は魔王の封印や諸々のことを説明する神官を押しのけてサユリ様の手を取りました
が、サユリ様はその手を払いのけました
その瞳には放置されて腐った肉を見るがごとき冷たさがありました
「なんだ貴様は
…そうか、眉目秀麗な男を近付けて虜にさせ、意のままに操ろうというわけか
笑止!!
国民を救うなどとのたまっておいてアイドルにイケメンのマネージャーを当てがい抱かせて擬似恋愛に溺れさせ、引退やら移籍を阻止する"竿管理"やら三流ホストの枕営業と何ら変わらぬ!!
悪いが私には貴様らを助ける義理など無い
それに一度死んだ身だ、この不快な男をまた近づけるならこの場で舌を噛み切るが?
男女7才にして席を同じくせず、だ」
その圧倒的な威圧感に国王陛下や元老院の面々すら飲まれてしまい、必死に謝罪を繰り返しておりました
そこでサユリ様はふとこちらを、わたくしの方を向かれました
「…もし
そこのお方
私がこの世界で生活するにあたっての手助けをして頂けないだろうか?
可能であればこの場で一番魂の清らかな貴女にお願いしたいのです」
…驚いて淑女の仮面が剥がれ、赤面してしまいましたよあの時は
それと、激怒しつつも見知らぬ異界の民衆を見捨てることはしなかった貴女が大好きですわ!
兎に角、先程までの相手を言葉で肉片にする様な硬質で剃刀の様な口調はなりを潜め、暖かい抑揚で言葉を紡いだサユリ様は軽く頭を下げられ、わたくしに柔らかく微笑んだのです
「神殿で聖女様が歌われると、世界の穢れは段々と祓われいてくのですわ」
「ふむ、神殿が強力な浄化用電波塔で私が発電機といったところでしょうか?ありがとうございますリーゼロッテ様」
「サユリ様、わたくしのことはリーゼロッテと呼び捨てにして頂いて構いません」
「…そうですか
私のこともサユリで構いません。この世界では偉いようですが、以前はしがない神社の娘でしたので」
「歌は何でも良いのですか…では───
彼女はよくわたくしも立ち合わせて、白百合という歌を歌ってくれました
"夏は逝けども戦場に 白百合の花匂うなり
清き白衣の赤十字 姿優しく匂うなり…"
驚くほど高い高音で紡がれるその詩はとても切ない気分になり、若い神官などはよく意味もわからず涙を流しておりました
それから、わたくし達が仲良くなるのに時間はかかりませんでした
一月もすればサユリはわたくしを愛称のリーゼで、わたくしも"さゆり"と親しく呼び合うようになりました
…未だにニホン名はアクセントが難しいですわね
気をつけないとサユーリ、の様になってしまうのです
その頃でしょうか、殿下は男爵家の庶子で知性のちの字もない汚らわしい小娘にご執心でした
小娘は殿下の側近達も全て誑かし、おねだりで贅沢の限りを尽くしておりました
母親は娼婦だったそうです
貴族令嬢、それも高位の者しか相手にしてこなかった世間知らず常識知らずの童貞のお坊っちゃま軍団など赤子の手を捻るようなものだったのでごさいましょう
あまりわたくしが慌てなかったのはさゆりが聖女の権力で婚約を王家の有責での破棄としてくれたからです
また王太子の親友だったもレオンハルトも聖女に強引にせまり乱暴しようとした罪で一族郎党公開斬首となりました
あの時は肝を冷やしました。公爵家の私兵でさゆりを守っていて正解でしたわね
親友を襲おうとしたクズやそれを後押した両親やら親戚が罵倒され石を投げられギロチンにかけられた時は正直「ざまぁみろ」と強く思いましたわ!
そして信仰はさゆり個人に集まり、教会の権威は地に落ちました…そして1年が経ち、魔王の障気の浄化に終わりが見え始めた頃…
王太子と側近達、男爵家の雌豚、美味い汁を吸えなくなった元老院達が結託しわたくしを人質にさゆりを傀儡にしようとする動きがありました
幸い、その頃すでに聖女様に唯一認められた上位貴族として我が公爵家は平民や若手の下位貴族の皆さまから絶大な支持がございましたので、至る所に支持者・協力者がおりました
身分にとらわれない横のつながりが遺憾なく発揮され、草の根の力で事前にこの陰謀は防ぎました
その頃からさゆりは演習場に足繁く通い、王太子達の目に余る振る舞いやそれを咎めもしない両陛下、腐り切った元老院を疑問視していた若い騎士や兵士に激励の歌を謳うようになりました
もちろん公爵家の護衛やわたくしも同行していました
"泪羅ノ淵ニ波騒ギ 巫山ノ雲ハ乱レ飛ブ
溷濁ノ世ニ我立テバ 義憤ニ燃エテ血潮沸ク
権門上ニ驕レドモ 國ヲ憂ウル誠ナシ
財閥富ヲ誇レドモ 社稷ヲ思フ心ナシ"
"嗚呼御身ラノ功雄コソ
一億民ノ真心ヲ
一ツニ結ブ大和魂
今大陸ノ蒼空ニ
日ノ丸高ク映ユルトキ
泣イテ拝ルガム鉄兜"
2月26日ヲ礼賛セヨ!!賛美セヨ!!
今コソ醜ク肥エ太ッタ老害豚ヲ皆殺シ、國ヲ憂ウ同志ニテ維新ヲ成セ!!!
1週間もすると国のほぼ全ての騎士、兵士はさゆりの私兵になっていました
何故かわたくしはさゆりの隣に対等に立つことを革命軍に許され、同志リーゼロッテと呼ばれ熱烈に敬礼されておりました
さゆりはこの国の敬礼も以前の騎士の作法から右手を斜め45度で突き上げるものに変えてしまいました
「愚かな雄豚共と雌豚は剣をもって赤に染めよ!!
肥え太った老害動物園は槍をもって朱に染めよ!!
一人一殺!!見敵必殺!!
正義は我等にあり!!世を腐らす盲いたる芋虫を1匹残らず引きちぎれ!!!」
Улaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!
クリーク!!クリーク!!クリーク!!
万歳!!聖女サユリ様万歳!!万歳!!同志リーゼロッテ様万歳!!万歳!!!
雄叫びをあげる若きマスラオの皆さま
その熱気は城の壁を振動させる程でした。そして濁流となり王城へ雪崩れ込みました
「なっ?!何事じゃ!!」
「サユリ?ついに俺のものになる決心が…何故剣を…?」
「きゃあぁ〜!怖いです〜!」
「…令和維新だばかやろおおぉ!!!」
公爵家お抱えの仕立て屋がひと針ひと針、心を込めて縫い上げた白衣の戦闘服には真紅の真円から16本の放射状の帯が神々しく伸びておりました
老害粛清の夜更け、出発前のお茶会、さゆりは「まあ、私が死んだ時代では海軍の旗なんだけどね」と袖を通しながら微笑んでおりました
其れをたなびかせ、決起した若き騎士、兵士達の先頭を疾走する聖女様は、公爵家お抱えの鍛冶屋が鍛え上げたニホントウで両陛下と王太子、ついでに雌豚の首を刎ねたのですわ!
───そして、元帥と国防大臣を兼任する聖女と、女王陛下となられた公爵令嬢の友情は生涯続いたのです───