一章:curtaincall~
一章「curtaincall」
カーテンの隙間から射す光で青野潮は目が覚めた。
「ふあ~あ。」
大きく欠伸をし、ぼやけた視界でベッドの上にある置時計を手に取る。
「・・・くじか。」
いつもより一時間早く目が覚めた。昨日は別段早く就寝したわけではないが、普段より寝起きが良い。
そう思いゆっくりと体を起こし、カーテンを開ける。
窓辺から燦々と照らされる太陽の光に身を包み大きく伸びをする。
「うっ、はぁ~。」
久々に気持ちが良い朝だ。
朝食を食べる為に一階へ降りると、テーブルには母親の青野恵美が椅子に座り新聞を読んでいた。少し癖のある長い黒髪を後ろで束ねた姿は四十代後半とは思えない若々しさを保っている。
顔のパーツは整っており全盛期は確実に美人だったことが伝わる。
「あれ?早いね。あんた今日なんかあるの?」
顔を合わせるとそう尋ねられる。
「いや、何もないよ?なんか早く目が覚めたから。」
「ああ、そうなの。コーヒー入れるけど飲む?」
「飲む。」
コーヒーを入れる為に恵美は席を立ちあがりキッチンへ向かった。
キッチンはリビングとダイニングとの間にあるカウンターキッチンで、天井には吊り戸棚がついている。
その戸棚からコーヒー豆を取り出し、恵美はミルでガリガリと豆を挽き始める。
青野家のコーヒーは恵美の強いこだわりで、引き立ての豆を使いドリップで本格的に入れている。ただし、こだわりが強すぎて青野家では、謎のインスタントコーヒー禁止ルールが存在する。ちなみにコーヒーを入れることができるのは、潮と恵美だけである。
「ああ、朝ご飯は昨日作ったカレーの残りが冷蔵庫に入ってる。」
「・・・うん。」
冷蔵庫はキッチン内にあるため潮もキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開くとふと今日の予定が頭をよぎった。
「あー、でも後で店の買い出しいくよ。」
「・・・そう。店のことあまり無理しないでね。」
潮は冷蔵庫を開けており、恵美の表情まではわからなかったが、声だけで本当に心配していることが分かった。
「わかってるよ。あっ、そう言えば今日永遠は?」
「今日は大学のサークルで何にかあるっていってた。」
何かってなんだよと心の中で突っ込みながら、カレーを取り出し冷蔵庫を閉める。
「へえ、あいつサークルなんて入ってたのか。今日土曜日だから、店手伝ってもらおうと思ってたのに。」
「・・・母さん手伝おうか?」
「いや、いいよ。和希のご飯とか家のこととか色々あるでしょ。」
「ほんと?大丈夫?」
眉をあげ困った表情で尋ねる。
「まあ、一応永遠にも後で手伝えるかどうか連絡してみるよ。」
「・・・そう。わかったわ。」
恵美は不安だったがそれ以上は何も言わなかった。潮の性格からして何を言っても聞かないことを恵美は理解していたからだ。
「はい、コーヒー。」
恵美は自分の分のコーヒーも淹れており、両手にマグカップ持っていた。
潮はカレーを持っていたので、空いた左手でマグカップを受け取る。
「ありがと。もし、一人で無理だと思ったらその時はお願いするよ。」
「そうして」
その後二人の間に会話は生まれなかった。
恵美は新聞を読み、潮はもくもくとご飯を食べる。
別に二人の中が悪いとかそういったことではない。ただ単に共通する話題が少ないだけだ。
潮がご飯を食べ終わり、携帯のロック画面を見ると新規メッセージが一件届いていた。
すぐに、メッセージアプリのツリーを開く。メッセージを送信してきた人物のアイコンは見慣れたものだった。
【AONO TOWA】
{今日、サークルの人達と店に飲みに行っていい?}
メッセージを見た瞬間、永遠に店の手伝いをしてもらうことは難しそうだと察する。
まあ最悪、一人でもなんとかなるかとそう思い、永遠にメッセージを送る。
既読はすぐに付いた。
既読{いいけど、忙しかったら少し手伝えよ?}
{おっけー。}
既読{ちなみに時間と人数は?}
{人数は5人で、時間は17時ね。}
ん?17時?
既読{ちょっとまて、開店18時だぞ?}
{姉の権限で今日は17時開店で♡}
既読{ふざけんな!何が姉の権限だ!}
{えーでも、もう皆にそう言っちゃたし。}
はあ、頭痛くなってきた。
ホント自由人だよな。こっちの都合も少しは考えてほしい。
もしここで断ったとして、あの姉なら無理やりにでも来る可能性は考えられる。
準備できてない状態で来られるよりも良いかと自分に言い聞かせしぶしぶ了承する。
既読{はあ、わかったよ。一個貸しな。}
{さんきゅー。じゃそういうことで、頼んだよ!}
その返信を最後に潮は画面をオフにした。
はあ、最悪だ。せっかく一時間も早く起きて気持ちの良い朝を迎えたのに、これで全部台無しだ。
こうなると、店を早く開ける為に早く目覚めたのと変わらないな。
そう考えるとだんだんと空しくなる。
「・・・はあ、シャワーにでも入るか。」
一人小さく呟き、潮は風呂場へと向かうのであった。