研究室編~プロローグ~
プロローグ「開店」
カラン
店内に鈴の音が響く。
「いらっしゃいませ。」
扉を開け入ってきたのはプラチナブロンドの女性だった。
「ってあんたかよ。」
「あら、失礼ね。私は大切なお客様よ?見たところ私が一番乗りみたいだけど帰ろうかしら。」
「ああ、そうしてくれると助かる。」
不敵な笑みで微笑む彼女に男性店員は率直に言い放つ。
「そういうこと言うのね。それじゃ・・・」
彼女はおもむろにスマホを取り出し彼を一瞥する。
「・・・なんだよ。」
「いえ、ちょっとこの店のメシログのレビューにここのバーテンダーは幼女趣味と」
「風・評・被害!お願いだから嘘書くのやめて。」
「嘘?目の前にこんなに良い女がいて追い返すなんてそうとしか思えないじゃない?」
「うわー、俺自分でいい女って言う奴ほど厄介な女はいないと思ってるけど?ああウソウソ!やめてごめん俺が悪かった。」
慌てて頭を下げて謝罪する彼を見て何やら彼女は口元を隠して笑う。
彼がそのことに気が付かないはずもなく頭を上げると、ふふっと笑っている彼女をみて
「どうした?おかしいとこあったか?」
「あなた頭頂部薄くなってるわよ?」
「うそ?!」
「冗談よ。」
「おい!男が気にする悩みを冗談にするんじゃねぇ。」
「くっ、あはははっ」
彼の焦りようががツボに入ったのか彼女の笑いは爆笑に代わり店に響き渡った。
その光景に彼は少し目を細め何も言わずただ見守る。
「あー面白い。ふう、笑ったら喉乾いた何か作ってよ。」
そう言って彼女はカウンター席に座った。
その自由な行動に彼は息を吐いて気持ちを切り替えバーカウンターに入った。
「それで、何飲む?」
「強めでおいしいお酒。」
メニューを見ずに彼女はリクエストする。
「おいおい、いきなりで大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。私には家まで送りとどけてくれる人がいるから。」
意味ありげの表情で彼女はバーテンダーを見つめる。
「・・・おい、それって」
二人の間に沈黙が流れる。
「・・・あなたのことじゃないわよ。」
聞いた俺がバカだったとバーテンダーは叫ぶ、心の中で。
ダメだこの女のペースに乗ってはいけないそう自分に言い聞かせ、彼はカクテルを作り始める。
「ふふ、何を期待したのかしら」
彼女の声を無視して、必要な酒をカウンター内の酒棚から掴み取る。
不思議なことに無視したことに対して彼女は何も言わなかった。おそらく意図的に無視したことに気が付いているのだろうと彼は思う。
思考を巡らせながら酒やグラスをカウンターに並べていく。
彼女と話していると偶に自分の心が読まれているかのような感覚になってしまう。今もそうだが。
シェイカーに材料を入れ終わり、彼女の表情を窺うと何処か遠くに思いを馳せているような目をしていた。
「やっぱり、何かあったのか?」
「ん?どうして?」
シェイカーに氷を入れていると逆に尋ねられる。
「いやなんとなく。」
「ふ~ん、大丈夫よ。何もないわ。」
いつもと変わらぬ笑みを貼り付ける彼女をみて彼はシェイカーの蓋を閉める。
「・・・ならいいけど。」
そう言って彼はシェイカーを振り始めた。
シャカシャカシャカと心地いいリズムと音が、二人だけの空間に広がっていき次第に音はゆっくり消えていく。そして細長いグラスに注がれていく淡い黄色のお酒。
使われた材料は、パイナップルジュース、ライムジュースそしてテキーラ。
そのお酒の名前は・・・
「お待たせしました。こちらマタドールです。」
演技がかった口調で彼女の目の前に出されたお酒。
すると突然、
「マタドール・・・ふふふっ。」
「ハハハッ。」
二人は顔を向き合わせ楽しそうに笑い始める。
「あなたって結構嫌味な人よね?」
「お互い様だろ?」
「ふふっ。それもそうね。」
そう言って自嘲的に笑うと彼女はそっとグラスに口を付けた。
マタドールはスペイン語で闘牛士です。