第三話 2年A組
新しいクラスの教室に入る。これからは2年A組にお世話になる。
私は最前列の窓側。悠里は、ちょうどクラスの真ん中あたりの席に座っている。
ドアが開く音が鳴り、桜先生が入ってきた。
『皆さん、ご機嫌よう。なーんて、こんな堅苦しい挨拶、私が担任の間はしませーん。2年生で決まったクラスは、進路に影響が出ないよう、基本的には3年生も変わらないから、みんな2年間よろしくねっ♡』
桜先生は、お嬢様学校である青藍女学院の担当教師にしては、一風変わっている印象だ。
『じゃあ〜、早速みんな自己紹介をしましょう!これから2年間、同じ時を過ごすお友達同士、お互いを知らないとね〜。じゃあ、窓際の最前列から…えっと、白井さんからね』
『は、はひ…!』
突然の指名に変な声を出してしまった…。
『…あ、、あの。し、白井雪乃です。よ、よろしくお願いします』
うまく声を出せていたかな…。
『ありがとう、白井さん。トップバッターは緊張しちゃうよね。白井さんは、何か好きなものはあるの?せっかくだったら、みんなで共有しあえたらなって、そう思っているの』
『す、好きなものですか…。私は、その…本を読むことが好きです』
私は今顔が真っ赤なんだろうな…。自分でも分かるくらい顔に熱を感じる。
普段、本好きであることは誰にも話さないようにしていた。小学校や中学校の頃は、周りにあまりいい様に思われなかったようだから。
私は、少し体を横に背けて、悠理がいる方に視線を泳がせた。悠理と目が合うと、微笑み返してくれた。
…そのおかげで、少し心が落ち着いた。
『雪乃がおすすめしてくれる本は全部面白いから、気になる人は、ぜひ雪乃に聞くといいよ!』
すぐ後ろの席から声がかかった。咲ちゃんだ。咲ちゃんは中学校からの友達。
『ありがとう、結城さん。では、次はそのまま結城さんの自己紹介を聞かせてもらえるかしら?』
私は、立ち上がる咲ちゃんと入れ替わるように着席する。
『はいはーい!あたしは結城咲です。好きなもの…で言うとテニスをずっとやっています。今もテニス部に所属していまーす!』
咲ちゃんは、天真爛漫でとても良い子だ。テニスでもかなり強い選手で、昨年全国大会にも出場している。持ち前の明るさから周囲にはテニス部のメンバーが多く集まり、チームメンバーからの信頼が厚いことが分かる。
…そんな私も、咲ちゃんのことが大好きだ。
多分、悠理と咲ちゃんがいなければもっとつまらない人生だっただろうな…。
咲ちゃんは、肩まで伸ばしたオレンジがかった髪を揺らし『ねえー?』っと前の席にいる私の顔を覗きこんでにっこり笑ってくれた。
私も、笑顔で返す。
その後もクラスメイトの自己紹介が続き、次は悠理の番になった。
『私は、流川悠理です。好きなこと…料理かなぁ?』
とぼけたようにそう答えた。その瞬間、咲ちゃんが横から割って入る。
『ふーん?悠里の唯一苦手なことだよねー?』
『ちょ、ちょっと咲ちゃん…!』
悠理が恥ずかしそうな顔をして反応したとき、クラスのいたるところから笑い声が発せられた。
悠理は恥ずかしそうにしつつも、クラスが明るい雰囲気になって満足したのか、笑顔になって皆に『よろしくー』と挨拶をして着席する。
…昔から、何も変わらない綺麗な笑顔を見て、早まる鼓動を抑えながら、私は少し俯いた。
『2人は仲が良いのね。仲の良い姿を見ていると、私まで何か嬉しくなるわ。青春時代に、大切な友人を見つけられるというのはとても大事なことよ』
桜先生は感心したかのように頷いていた。
確かに、桜先生の言う通り、悠理と出会えたことは私の人生で最も大きな出来事だろう。
悠理の存在は私の全てだったように思える。
…そのくらい、大好きな親友。
そして自己紹介も最後の生徒の番になった。
『では、次で最後の方ね。えっと、波瑠末さん、よろしく!』
指名された生徒がスッと立ち上がる。
『波瑠末瑠璃です。よろしくお願いします』
波瑠末さんは淡々と一言だけ言い放つと、そのままストンと席に着いてしまった。
桜先生は笑顔のまま、どこか納得したかのように『ありがとう!』と自己紹介の時間を切り上げる。
『今日から、みんなは2年間をともに過ごします。そして、これからの学園生活についてだけれど…』
桜先生は続ける。
『高校生活は、とても早く過ぎ去っていくわ。だからこそ、一人一人かけがえのない時間を過ごしてほしい。大人になって振り返ったときに後悔しないように。この高校生活で、大事な何かを見つけられたら、それは一生の宝物よ』
儚げなものを見るかのように、愛おしそうな目で私達を見渡した。
『何事にも怖れずにチャレンジしてね!先生は、全力でサポートするわ♡』
桜先生は満面の笑顔でそう言った。
高校2年生の春。
桜先生の瞳には、私達はどのように映っていたのだろう。
窓の外を眺めると、陽光が強く降り注ぐ。
私は眩しく感じて、思わず目を瞑る。