第一話 おはよう
私には、毎日欠かさず行う習慣がある。
ベッドに入った後、睡眠に落ちるまで、必ず読書をすること。
基本的には、物語。そう、誰がか作るフィクションを楽しんでいる。
好きなんだ。物語の主人公となり、体験したことのない人生を歩むことが。
作者が、ストーリーに込めたその想いや掛けた時間が愛おしい。
本の素晴らしさは、彼女から教わった。
本を読んでいる間は、彼女と繋がっている気がする。
本を読んだ後は、夢見心地良く、彼女 を思い出せる。
それはしとしと振る雨ように。ふかふかと積もる雪のように。
思い出とともに、知らず知らずに私の中に積み重なる。
まだ、私は気づいていない。
『あ…おはよう‥』
翌朝、家を出て、すぐ曲がったところにある公園の前に立っている雪乃に声を掛けられた。
『おはよう』
私もそう応える。
白井雪乃。私の幼馴染であり、同じ高校に通う同級生。
整った顔立ちに、綺麗でほんのり桜色がかった灰色のロングヘア。
前髪が若干かかった大きな目と私の目が合い、同性の私でも、少し…ドキッとする。
『じゃあ…行こっか』
毎日のように雪乃の掛け声で私たちは登校する。
『雪乃が貸してくれた「怪盗ウパン」のシリーズ全10巻、昨日読み終わったよ!』
私は嬉々として雪乃に伝える。
『…いつもながら速読だね。まだ二日くらいしか経っていないよ。…それで、どうだった?』
雪乃は、少し恥ずかしそうに私に尋ねた。その仕草がとても可愛いらしい…
『本当、超面白かったよ!雪乃が貸してくれる本は、面白いのばかりだね!』
『本当…?良かった…』
恥ずかしそうに微笑む雪乃と一緒に駅の改札をくぐり、ホームへ向かう。
2人で電車に乗り込み、雪乃は本を広げて読み始める。それが彼女の日課である。
そして、本を読んでいる雪乃の横顔を眺める。それが私の日課だ。
雪乃は、私の視線に気がつくといつも『どうしたの?』と尋ねる。私は、なんでもないと答える。
電車を降りて、学校へと向かう。
学校は駅からそう遠くない。歩いて2分程度のところにある。
『悠理、雪乃、おはよう!今日もラブラブだね』
通りしなに、同級生に声を掛けられる。
『…そ、そんなのじゃないから…』
雪乃は小さな声でそう答え、私の顔を見ると少し恥ずかしそうに俯いた。
雪乃と知り合ってからもう10年以上の付き合いになる。
今まで、ずっと同じ進路を進んで来た。
今日から新学期が始まる。高校2年生の春。
私はまだ知らない、気付けばすぐに答えが分かる、間違いさがしのようなものなのに。
私が彼女に対して思う気持ちは、友情なのだと、そう思い込んでいた。