第6話 Girl meets Boy
『どうしよう・・・』
私は道端で途方に暮れていた。
表参道にある行きつけのショップを出てから、目の前の通りを20m程下ったところで、私はいきなりバランスを崩し、気が付いたら転んでいた。
そこは階段でもなければ、段差すら存在しない普通の歩道である。
私は最初、自分の身に何が起こったのか分からなかった。
何とか立ち上がろうとするが、転んだショックで腰が抜けたような状態になってしまい、上手く立ち上がる事が出来ない。
おまけに右足はズキズキと痛んでいる。
電話で助けを呼ぼうにも、スマートフォンが入ったトートバッグは、転んだ拍子に私の手が届かない所にまで飛ばされてしまった。
突然のトラブルに泣きたくなりそうな、そんな時。
「どうかしましたか?」
見知らぬ青年が私に近付き、心配そうに声をかける。
本当は助けて欲しかったにもかかわらず、プライドが邪魔をして、私はつい強がってしまう。
「ええ、少し前に転んでしまって、でも大した事ありませんわ。」
そう言いながらも、私は素直になれない自分を悔いていた。
ところが彼は、私の強がりを見通したように、立ち去ろうとはしなかった。
彼は私の靴を拾い上げて私に見せながら話しかけてくる。
「靴がこれじゃあ歩くのは無理だな。ここでは何も出来ないから少し移動しよう。」
私は自分の右足の靴が脱げている事に初めて気付く。
そして彼の力強い言葉に安心感を覚えた私は、素直に彼を頼ろうと決意する。
彼は私の靴をカバンに放り込むと、カバンを地面に置いた。
次に彼は、くるりと背中を向けると、そのまま私の目の前に座る。
「両手を俺の肩に置いてもらえるかな。」
「・・・はい」
私は素直に言われた通りにする。
「そう、そのまま肩をしっかり掴んで・・・よっと!」
「あっ!ちょっと・・・」
私の身体がふわりと浮き上がり、あっという間に彼の背中の上に乗せられてしまう。
転んだのも久しぶりだが、誰かにおんぶされたなんて小学校低学年以来だ。
「しばらく辛抱してくれ。」
彼は私にそう言うと、2人分の荷物を持って歩き始める。
彼は少し歩きにくそうだった。
私が身体をもっと預ければ、彼が楽になる事は分かっているのだが、自分の身体を密着させるのが恥ずかしくて、どうしても出来ない。
おんぶされているのだから、当然彼の両手は私の太ももをしっかりと掴んでいる。
私は太ももに意識が集中してしまい、緊張で体が硬くなる。
そのため、私をおぶって移動している間も、彼は色々話をしてくれたのだが、その内容は私の耳にはほとんど入ってこなかった。
そうしている内に、私たちは表参道ヒルズに入っていく。
表参道ヒルズの中にいた買い物客の目線が集中してくるのを感じた私は、恥ずかしさで顔を伏せてしまう。
彼は表参道ヒルズのショッピングゾーンに設置されたベンチに私をそっと座らせてくれた。
「恥ずかしい思いをさせて悪かったな。今から靴を修理するから。」
彼はそう言うと、カバンの中をガサガサと捜し始める。
「おっ、あったあった。」
彼は小さなチューブをカバンの中から取り出し、取れてしまったヒールにチューブの中身を塗り付けると、ヒールと靴を元通りの位置にしてからギュッと押しつける。
どうやらチューブの中身は接着剤のようだ。
彼はそのまま靴とヒールを両手で押さえつけている。
力を入れているためだろうか、真剣な表情の彼の額から汗がにじみ出る。
私は彼の表情に何故かドキドキしてしまい、目を離す事が出来ない。
しばらくすると、彼は両手の力を抜いた。
「応急処置だけど、家に帰る位は持つと思うぜ。」
彼はそう言うと私の靴をそっと床に置き、話を続ける。
「次は右足の治療をするから。」
『足の治療!?』
その言葉に、私はドキリとする。
それはつまり彼が私の足を触る事を意味している。
しかし私はドキリとしただけで、全く抵抗感を覚えなかった。
彼は私の踵の下に片手を入れて持ち上げると、もう一方の手で私の足先を掴んで、アキレス腱を伸ばす様に軽く折り曲げた。
「ウッ!」
私の足首に痛みが走り、思わず声が漏れてしまう。
「こうすると痛い?」
「ええ、少し・・・」
本当は結構痛かったのだが、私はまたしても強がってしまう。
彼は私の足先を持ち続けたまま、足首を回す様に動かしながら、何故か私の顔を見つめている。
そして彼は私の足をそっと床に下ろすと、診断を下す。
「どうやら骨は折れてないようだな。レントゲンを撮った訳じゃないので断言は出来ないけど、軽い捻挫だと思う。ちょっと痛いけど我慢して。」
彼はカバンから粘着テープを取り出すと、私の足首をテープでぐるぐる巻きにし始める。
彼が言う通り、治療は痛みを伴うものであったが、我慢できない程ではない。
「悪いが今履いているストッキングは諦めてくれ・・・、よし、完成」
「ふぅ・・・」
痛みから解放された私は、ため息を漏らす。
彼はテープで固定した私の右足に靴を履かせてくれた。
私の正面に向かい合うような形で座っていた彼は、靴を履いた私に指示をする。
「俺の肩に手を置いて・・・そう。これから俺が3・2・1のタイミングで立ち上がるから、タイミングを合わせて立ち上がってくれ。」
「やってみます」
「じゃあ行くよ、3・2・1、それ!」
私は無事に立ち上がる事が出来た。
「手はそのままで、少し歩いてみて」
彼の肩に手を置いたまま、私は恐る恐る歩いてみる。
足首の痛みは劇的に改善されていた。
これならば十分歩く事が出来る。
私は彼に笑顔でその事実を伝えた。
「大丈夫です!少し痛いけど歩けます。」
「そいつは良かった。」
彼もまた私に笑顔を向けてくれる。
「帰ったら医者には見てもらった方がいいけど、2~3日患部を固定した状態で安静にしていれば、元通りに歩けるようになるはずだよ。」
「ありがとうございます。」
「今日はこのままタクシーで家に帰った方がいい。」
私は彼の肩を借りて、彼にエスコートされながら、表参道ヒルズの外に出る
私のトートバッグは彼が持ってくれていた。
外に出れば、そこはもう表参道の大通りだ。
私を街路樹につかまらせると、彼は車道に出てタクシーを捕まえてくれた。
私は彼の肩を借りてタクシーに乗り込む。
「さっき言った通り、靴はあくまで応急処置だから、落ち着いたらショップに持って行って修理してもらった方がいい。高い靴なんだろう?」
「本当にありがとうございました。あの、あなたの名前と連絡先を教えて頂けませんか?今度お礼をさせて下さい。」
「そんなのいいって、別にお礼が欲しくてやったわけじゃない。俺の名前は御門だ。じゃあな。」
タクシーの扉が閉まったところで、私は自己紹介をしていなかった事に気付く。
私は急いで後席の窓を開けると、自分の名前を告げる。
「私は友梨佳、蘭堂友梨佳と申します。」
彼は返事の代わりに笑顔で手を振って別れを告げる。
タクシーは走り出し、彼の姿は見る見るうちに小さくなっていった。