92.鉱脈発見
バザバザバサ!
中に入って灯りを向けた途端、何かが飛んできて顔にぶつかった。
「ぎゃあああ」
「ヨシュア様!」
アルルに護られてしまう情けない俺……。
立場が逆転してるって。いや、仕方ないのだ。
夜目が利くアルルは、明るい場所と同じくらいこの場が見えているのだから。
飛んで行った大量の影の形はどう見てもコウモリじゃあなかったけど、あれは何だったんだ。
「羽? 翼? がついたトカゲです」
「トビウオみたいなもんか」
「トビウオ?」
「ああ、翅のついた魚だよ」
言った後、自分でおかしいと思ったけどアルルは真剣な表情で頷いてくれたのでこれ以上触れない方がいいな。
しかし、コウモリじゃあなくて翼をもったトカゲとは。
飛竜の小型種か何かなのかもしれない。
そんな中、ランタンを壁に向けて岩肌を確認してみると……。
お。おおお。
ゴツゴツしていて、規則性のある鋭角が壁一面にびっしりと見える。
触れてみるとツルツルしていて、思わず口元がにやけてしまった。
色は紫色か。
目的とは異なるけど、これはこれで大発見だろ。
「ヨシュア様?」
「アルル、大当たりだよ。この洞窟は紫水晶の鉱脈だ」
「紫水晶?」
「アメジストと言えば分かるかな。ひょっとしたら、水晶もあるかもしれない。探してみよう」
「はい!」
うおおお。これ全部アメジストなのか。
右手の壁一面に紫水晶が露出しているようだった。
左手はガラス砂かも。一応、左手の壁も削って採取しておく。
更に奥へ進むと突き当りに水晶の鉱脈も発見した!
すげええ。この洞窟。
掘ってみないと埋蔵量は分からないけど、数万人分の魔石をこれで補うことができれば……いいな……。
発電とマナから魔石を作る工程にはまだまだ課題がある。
解決しなきゃいけない課題はたくさんあるけど、素材はこの洞窟で必要十分になる。
何しろ水晶は通常の魔石に比べ、20倍のマナを溜め込むことができるのだ。小さな欠片であっても、長持ちする魔石となる。
更に、マナが空になった魔石であっても、電気をつかったマナの製造法を利用すれば魔石にマナを充填し、再利用できるのだ。
つまり、最初にばら撒く分の魔石(の原材料)があれば、もうそれだけで追加の魔石(の原材料)は必要ない。
ほくほく顔で洞窟の外に出た俺と相変わらずのにこにこ顔のアルル。
この後、カボチャとイェルバ・マテの葉を採取し鍛冶屋まで帰還する。
水晶、紫水晶、採取した砂はペンギンに預け、一路、農場に向かう。
◇◇◇
お、丁度良かった。
あの麦わら帽子はトーマスで間違いない。
都合のいいことに、シャルロッテまでいるじゃあないか。彼と何やら会話をしているようだけど。
農場のど真ん中でやらずに、小屋の中に入るとかすればいいのに……。
時刻は夕暮れ前とはいえ、薄暗くなりはじめているし外で立ったままの打ち合わせはあまりお勧めできないな。紙も使えないし。
いや、ちょっとした会話をしているだけかもしれないじゃないか。
シャルロッテだとて、会議となれば場所を準備するはずだ。すまん、勝手に勘違いして。
「ヨシュア様!」
「閣下!」
二人同時に俺に気が付いたらしく、彼らの声が重なる。
「すまない、立ち話中に割って入ってしまって」
「いえ!」
「打ち合わせも終わったところですし、問題ありません」
ん、立ち話じゃなかったのかな。
ま、まあ。終わったらしいし、よかばい。
「新しい作物を見つけたんだ。場所も後から伝えるよ。サンプルを先に渡しておこうと思って。育て方は後からメモを書くのでその時で」
じゃじゃーんと大きなズタ袋を開く俺……ではなくアルル。
いやあ、ついつい採り過ぎてしまってね。まさか大きな袋を背負うことになるとはな。
持ってきていてよかった大きな袋。いつ何時役に立つか分からんものだ。うんうん。
たたむと案外コンパクトに持ち運びできてしまうんだよね。この袋。
「これはまた、鮮やかな色をした果実ですね」
トーマスがカボチャを手に取り、ほうと息を吐く。
「どちらかと言えば野菜なんだけどね。この黄色というかオレンジの実はカボチャ。茹でるとほくほくして甘味のある野菜になる」
「ほお。これはこれは」
「パカンと開いたら中に種が入っているから、それを育てる感じかな。もう一つは葉と枝だけど、高い木になるものだから栽培は難しいかな」
「高木でしたら、採取の方がよいかもですね!」
そう言いつつもトーマスの目はカボチャから離れていない。
新作物に興味津々といった様子である。
新作物といえば……。
「ジャガイモは育てることができそうかな?」
「はい。先ほどまでジャガイモの件でシャルロッテ様と会話していたのですよ」
「おお。そうだったのか。ありがとう。二人とも」
先日、ふとしたところでジャガイモを発見して、そのままシャルロッテに任せたんだ。
ジャガイモは連作障害があったりするので、育てることができそうなら頼むと言っていたんだけど、どうやら杞憂だったようだった。
「小麦を育てることに比べれば、さほど難しくありません。キャッサバほどお手軽にまではいきませんが」
「おお。野菜のバリエーションを増やしたいところだね」
「葉物は公国から持ってきたものもありますので、試しているところです」
「分かった。ありがとう」
ガッチリとトーマスと握手を交わし、シャルロッテにも改めて礼を述べる。
「紙の件でも助かっているよ。ありがとう。シャル」
「ネイサンくんの力あってこそであります! 量産するにはやはり魔石の力なくしては難しいかと」
「既存の技術を利用してとなると、どうしても魔道具が必要だよな。魔石の方は開発を進めているから、もう少し待ってくれ」
「魔石を作り出すと初めてお聞きした時は心臓が止まりそうなほど驚きました。ですが、閣下ならば必ずや」
「ペンギンとセコイアもいる。期待して待っていてくれ」
「はい!」
しゃきっと敬礼したシャルロッテに向け、ふんわりとした笑顔を向ける。
すると、彼女は何故か少したじろき頬を朱に染めた。
「何か変だった?」
「いえ、唐突に屈託のない笑顔を見せてくださったので、不覚にも虚を突かれたと言いますか何といいますか。私の修行不足であります」
「あ、うん」
焦りからか耳まで真っ赤にしてしまったシャルロッテに対し曖昧に頷きを返す。
フォローしようかと思ったけど、更なる墓穴を掘りそうだからここはあえてこれ以上触れないことにしよう。
彼らと別れ、屋敷に戻ろうとしたところでふと隣で歩くアルルに目を向けた。
「敵襲?」
「いや、ここで敵も何もないだろ! これから家に帰るだろ。だから、家でカボチャを使って何か作ってみようと思ったんだよ」
「アルルも手伝います」
「おー。エリーも誘ってこいつを料理してみようじゃないか」
「はい!」
カボチャ料理ってどんなのがあったっけ。
気分的にはおやつ系がいいなあ。
そんなことを考えつつ、口元が綻ぶ俺。しかし、荷物の重さによろけてしまう締まらなさも相変わらずだった……。




