88.発電問題
こんな箱の中で世紀の大実験が繰り返されているとは誰が想像できようか。
じーっとバッテリーを見つめ、フリッパーを上にあげているペンギンの横にしゃがみ込む。彼と同じようにバッテリーを覗き込むものの、なんも分からん。
セコイアなら魔力の流れが見えるから、鉱石に魔力が取り込まれていく様子がつぶさに観察できる。
やっぱり魔法の修行をして……と一瞬だけ考えるがすぐにやめとこうと思い直す。
まるでダメって専門家に言われたばかりじゃあないか。ははは。
いいんだよ。俺には俺のよさがある。
そんな専門家の狐耳はというと、テーブルに並べた鉱石を一つ一つチェックして何やら紙に書き込んでいる様子。
お、あの紙はネイサンとシャルロッテが頑張って作ったやつかな。少し茶色みがかった色合いが特徴的な紙なんだ。
「なんじゃ?」
「それ、何をしてるのかなと」
「これはの、石によってどれだけ魔力が含まれているのかを調査しておるんじゃ」
「ほおほお。体積を同じにして単位あたりの魔力含有量を調べてるのか」
「うむ。キミも同じようなことを考えるのじゃな。宗次郎は重さも違うからと水をはったコップに入れて体積を測っておったな」
「条件を揃えないと、比較にならないからな」
「カガク的じゃったか。興味深い。魔法の構築とはやり方が異なるのじゃな」
「魔法の構築はたぶん図形を描く理論と実際に魔力を流す実証実験だろうけど、その考え方はカガクに通じるものがあるかな」
「ほうほう。異なる理であるが、理を紐解くことは同じことじゃからの」
テーブルに並べられた鉱石は形こそいびつだが、体積が整えられている。
見た感じの1㎤くらいかな。小さな角砂糖みたいな大きさだ。もう少し大きい方が体積も計測しやすいと思うのだけど、魔法金属の精製量だと致し方ないか。
俺との話が一区切りついたセコイアは、再び小さな鉱石を一つ一つ手に取りメモを取っていく作業に戻る。
「しっかし、やっぱり魔力量とやらが見えないと厳しいな。セコイアの計測にはとても助かっているけど」
『そうだね。だが、含有量が一番少ない石炭を観測することで仕組みが分かったのだよ』
「ほうほう。あ、あれ? こっちの言葉が分かるようになった?」
俺は日本語じゃなく、公国語で喋っていた。
でも、ペンギンは普通に会話に入ってきたから違和感を覚えなかったんだよね。
『日本語でお願いできるかい? まだまだ学習中でね。少しだけなら分かるのだがね』
『カタコトでも分かるようになったんだ。すごい学習能力だな……』
やはりまだ分からないらしい。ということは、俺の様子からだいたい何を言わんとしているのか推測して喋りかけてきたってことかな。
『石炭がいつ燃焼石に変わったのかじーっとセコイアに観察してもらったのかな?』
『そうだね。その結果、答えは飽和でないことが分かったんだよ。石炭が燃焼石に変わった後もまだ魔力を吸収するのだ』
『なるほど。その場合、品質に差が出るのかな』
『恐らく。セコイアくんに協力してもらい、魔力の単位を設定したのだが私には「見えない」のがネックだね。全てセコイアくんに任せているとかなり効率が悪い』
『確かになあ。あ、でも。燃焼石なら変化した瞬間のものと、飽和させるまで魔力を吸収したものを準備して燃やしてみればわかるんじゃ』
『実験レベルの燃焼石では難しい。詳しくはそこのメモを見てくれたまえ。結論から言うと、このバッテリーを使用した場合、ガラス砂か水晶のどちらかが品質実験対象に適していると推測している』
バッテリーの中で精製される小さな燃焼石じゃ有意な差は認められなかったってことか。
もっと大きな燃焼石を準備するか、ペンギンが言うように別の素材で試せば分かるかもってことだな。
『ガラス砂なら一杯とれているんじゃ?』
『確かに。だが、トーレさんやガラムさんが出払っている今、ガラス砂をガラスにできる人がいないのだよ』
『あー。この後、ガラス砂が採掘できる崖の向こうへ行ってみようと思っているんだ。水晶がないかも見てくるよ』
『ありがたい。だが、君も理解している通り、このままでは量産化は難しい。実験室で成功をしても、市井に還元できなければ君の願いは叶わないだろう?』
『どうしよう。そっちを先に進めた方がいいかな。燃焼石と魔石があれば公国と変わらぬ生活ができるようになる』
『並行して進めてはどうかね? 優先順位は量産化だとして。だが、量産化を行うには職人の手が必要だね』
ペンギンは自分のフリッパーをパタパタと振るう。
確かにそのフリッパーじゃあ、器用な動きはできないよな。指先がないって辛い。
俺たちの会話に時折耳をピクピクさせていたセコイアがついに耐え切れなくなったのか、こちらに顔を向ける。
「気になって仕方がないのじゃ。量産化とは何をするつもりなのじゃ?」
「ペンギンさんの考えと同じかどうか分からないけど。アプローチの方法は二つあると思っている」
「ほうほう。はよ」
机の上に乗り出し、ズズイとこちらに迫ってくるセコイア。尻尾と狐耳がピンと立ち、待ちきれない様子がありありと見て取れた。
「一つは単純に馬力が足りない問題を解決する。つまり、発電設備の増強だな。しかし、大きな問題がある」
「水車をいくつも作ればよいのじゃないのかの?」
「水車による発電だと、ここにあるくらいのバッテリーが限界なんだ。発電量が根本的に足らない。蒸気、風力……あとは火力か」
「作るのかの? 楽しみじゃ!」
単純に作ります。はいそうですかってわけにはいかないんだよなあ。
火力は恐らく技術的に難しい。
ペンギンが奇跡的に発電設備の詳細を知っていたとしても、膨大な圧力に耐えきれるほどの設備を作ることは不可能とまでは言わないけど、現実的じゃあないだろう。
オリハルコンなどの魔法金属を使えばあるいは、なんだけど、魔法金属の量産はできていないから……。
『風力が一番だね。次善が蒸気だろう。火力は諦めた方がいい』
『やっぱそうか。風力は向こう岸の崖の上とかなら強い風が吹いているかなあ』
『どうだろうか。これから向かうのなら観測してきて欲しい』
『うん。個人的には蒸気が良いと思っているんだけど、燃料がなあ』
『水車で作成した魔石と燃焼石を用いて、蒸気機関を回す、エネルギー保存の法則を鑑みるに使った電気量より多くは発電できないのではないかね』
『そこだよ。燃料を電気で作り出すなら、結局、縮小再生産になるもんな』
風車、水車の大量生産……あとはダムでも作るくらいしか思いつかないな。
うーんと首を捻る俺とペンギンだったが、セコイアは目を輝かせワクワクした様子で口を開く。
「面白そうじゃな! 何事も一歩目からじゃろ。最初から立ち会えるとなれば、楽しみでならぬ」
「うん、そうだな。今までなかったことをやろうとしているんだものな。上手くいかなくて当然くらいの気持ちでやろう」
「して、もう一つは何なのじゃ?」
もう一つか。そいつは既にセコイアも聞いていることなんだよ。




