78.分析するのだ
ほうほう。これは興味深い。
学問として魔法を捉えるとしたら、マナを見ることなんて初歩の初歩なのだろうけど、俺にとってはとても新鮮に映る。
この世界の物理法則を垣間見たような、そんな気持ちまで抱いてくるのだから。
さてさて観察対象はというと――。
雷獣は伏せの体勢で頭を地面につけじーっとしている。
つぶさに観察していると彼の呼吸の動きに合わせて背中が上下しているのが見て取れた。
青白く輝く帯電も呼吸に合わせてバチバチと動く。
足首の方はリラックスしているからなのか伏せの体勢なのか分からないけど、帯電していない。
マナの動きは帯電している背中に集中しているってわけじゃあない模様。
ううむ。
もう少しマナの動きを追えるようにならないと、「マナが見えるだけ」で何が起こっているのかまるで分らないな。
何しろ、雷獣は全身が濃いマナで満たされていてマナの動きが分からない。
透明な水に一滴の青インクを垂らせば動きは分かりやすいが、元から青い色の水へ青インクを入れたとなると動きが見え辛い。
「どうですか?」
「んー。雷獣がマナを使っているということ以外何にも分からん」
「うんうん」唸る俺に隣で座るエリーが下から覗き込むようにして問いかけてくる。
対する俺は首を振りはあと息を吐いた。
膝の上ではセコイアが超集中状態に入っていて、体がピクリとも動かない。ペンギンも余程集中しているのか先ほどから一言たりとも言葉を発さないでいた。
「ヨシュア様は呼吸が見えますか?」
「うん、雷獣が呼吸をしている動きは分かる」
「そうではなく、マナの呼吸です」
「んん。そうか、空気中にもマナが充満していたんだったな。俺も少しはマナを空気中から取り込んでいる?」
「僅か、ではありますが。ヨシュア様は生命維持活動以外にマナを殆ど使用しませんので、食事からで殆ど賄えています」
ガクリときたが、全くマナを意識していなかった俺でさえ生命維持のためにマナを使う。
この世界の生命体は全てマナを含む。マナは炭素みたいに生きていく上での必須元素と捉えればよい。
すううっと大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐く。
目をつぶった方がいいかな。
目をつぶり、再度大きく深呼吸を行う。
ゆっくりと目を開け、雷獣ではなく彼の座す上空へ目を向ける。
凝視するでなく自然に、そうここに在ることが当たり前だと言うように。
お、おお。
砂埃より遥かに細かい微粒子が見えた気がした。
希薄で、自然に溶け込み太陽の光に反射することもない。
在ると分かってなければ決して見ること、いや、認識することができないだろう。
この独特な微粒子は。揺らぎとでも言おうか。空気中にある僅かな何か。
「見えたかも」
「では、マナがどのように動いているのか追ってみてください」
エリーの言葉に導かれるように雷獣の傍にある微粒子を注視する。
お、おお。
確かに雷獣の体に吸い込まれていった。マナは雷獣の体からも口からも吸収されていっている。
その中でも特に吸収量が多いのは口からだ。
口から吸いこまれたマナを追うことで先ほどまで捉えきれなかった動きが手に取るように分かった。
「おおおおお。なるほど!」
『こいつは興味深い!』
俺とペンギンの言葉が重なる。
ひょっとして気が付くのが同時だった?
マナの動きが見えればなんてことないことだったんだけどね。
『ペンギンさん、雷獣の毛が触媒になりマナが電気に変換されたと見えたんだけど』
『私も同じ見解だ。私の知る仕組みであれば、バイオルミネセンスが一番近い』
『生物発光だっけ?』
『そうだとも。バイオルミネセンスはルシフェリン―ルシフェラーゼ反応だが、雷獣の帯電もマナ反応の一種なのだと予想される』
俺もペンギンと似た見解だ。
セコイアは魔法はただ念じるだけで発動するものではないと説明してくれた。
化学式に似た術理があり、脳内か体に刻まれた刻印かその辺は人それぞれだけどマナをどのように変換するのか組み立てる必要がある。
人間やそれに類する知的生命体は、コンピューターの回路のように術を構築し発動させるとのこと。
マナは構築式によって炎にもなり氷にもなる。セコイアのように熟達した魔法の研究者ならば、構築式を研究し様々な魔法を使いこなす。
じゃあ、魔法は知的生命体のものだけだというとそうではない。
以前セコイアから聞いた通り、この世界の生き物は本能的に様々な魔法を使うことができる。
雷獣なら雷だな。
雷獣は体内に集めたマナを毛を通じて電気とする。
『となれば……。術式は毛にあると見ていいのかな』
『恐らくだがね。毛にある術式を読み解き、逆向きに動かせば電気がマナとなると推測できる』
『魔法の術式は俺じゃあとんとわからんな』
『私もだ。図にできるものなのだろうか。図にさえできれば、分析可能なのだがね』
『バッテリーが必要なのかどうかさえ分からないな……』
『バッテリーは環境構築に試してみる価値はあると思われる。セコイアくんの結論次第だがね』
ペンギンの話が難し過ぎてついていけなくなってきたぞ。
あ、そういうことか。
空気中にマナは充満している。雷獣はマナを取り込み電気と成す。
逆向きで考えれば、電気が充満している空気中から電気を取り込みマナと成すとなる。
って、自分でそう考えてバッテリーが必要なんじゃないかって結論に至ったじゃねえか。
何でも自分なりの言葉に変えてみないと、なかなか理解が進まないよな。
そういう意味で共通言語ってのは偉大だ。皆が同じ学問を体系的に学ぶことで、固有名詞に対する認識が一致する。
これほど便利なものはない。
といっても、俺とペンギンじゃあこの辺が限界だな。
セコイアはまだ集中状態。
後は待つことしかできない。その前に。
「エリー。ありがとう」
「いえ、ヨシュア様ならばすぐに気が付かれたと思います」
大きなヒントをくれたエリーにお礼を言ったが、彼女は恐縮したようにはにかみ謙遜する。
そんな俺たちのやりとりをよそにペンギンが左のフリッパーをあげ、嘴をパカンと開く。
『さて、セコイアくんをこのまま待っているのも勿体ない』
『どこに?』
『なあに、腹ごしらえだよ。今のうちに食べておけば後から食べずとも済むだろう?』
『カタツムリをぺしーんとしに行くの?』
『そうだね』
いや、ペンギンよ。自分の歩く速度を分かっているのか?
ルビコン川を超えるのはすぐだろうけど、カタツムリが川岸にいたらまあいい。
そうじゃなくて林に入ることになったら、どんだけ時間がかかると思っているんだ。
「エリー、魚を獲ってきてもらってもいいかな?」
「畏まりました」
すっと立ち上がったエリーは足音を立てずに川岸へ。
水面を見つめたエリーが腕を振り上げたと思ったら、魚がぴちぴちと岩の上をはねた。
相変わらず彼女がいつ腕を振るったのか確認できん……。




