68.心強い仲間たち
「リッチモンドさん、街の警備部隊をまとめて欲しいんですが、お願いできますか?」
相手が年長者ということもあり、自然と口調が丁寧なものになった。
俺の問いかけに対し逡巡した様子の彼だったが、小刻みに首を左右に振り席から立ち上がる。
「申し訳ありません。私にはその資格はないと心得ます」
「バルトロから実力者だと聞いております。もちろん、ルンベルク、バルトロと相談しながらで構いません。最初から全て一人で、とは考えてないです」
「お申し出、この上なく光栄で身に余る責務であることは疑う余地がありません」
「なら」
「私は最期にヨシュア辺境伯様のご活躍、街が完成していく様子を拝見したかった。それだけですので。この身は表に出るに憚られます」
深々と頭を下げるリッチモンドの意思は固そうだ。
彼の様子から察するに、過去に何かがあってここに流れ着いたというわけなのだろうか。
何があったのかは分からない。
だけど――。
「カンパーランドに集まった人たちは、みんな大なり小なり『過去を捨てて』きているんです。家族全員で来た人もいるでしょう。元冒険者だった人もいます。自らの工房を商会幹部の地位を捨てた人も、官吏の地位だって放棄した人もいます」
「……」
俺の言葉に対し口ごもるリッチモンドだったが、構わず続ける。
「捨てたもの、失ったもの、確かにそれらは尊いものと思う人もいれば、唾棄すべきものと思う人もいるでしょう。ですが」
ここで言葉を切り、椅子を引き立ち上がった。
両手を広げ全員の顔をゆっくりと眺めた後、目を閉じ顎をさげ再び上げる。
「ネラックの街はこれからなのです。過去ではなく、未来へ向かって。ここに来たその日から、過去ではなく、これからを見て欲しいのです。私は過去のリッチモンドさんがどのような人だったかは知りません。ですが、バルトロが、ルンベルクが、推挙してくれた。だから、俺はあなたに警備のことを任せたいと思っているのです。あなたがどのような過去であろうとも、私は気にしません。どうでしょうか? 今日この日からのリッチモンドとして、手伝ってくれませんか?」
「ヨ、ヨシュア辺境伯様……」
仮面に手をかけ、自らの素顔を晒そうとするリッチモンドに向け、手をあげる。
「リッチモンドさん、仮面はそのままで大丈夫です。あなたが仮面をかぶってここに来た。それにはあなたなりの理由があるのでしょう。だから、私は仮面の騎士『リッチモンド』でいいと思ってます」
「辺境伯様。あなた様のお噂はかねがね聞き及んでおりました。噂など当てにならぬことを重々理解いたしました。あなた様はどのような賛辞の言葉で言い表そうとも、足りません。この老骨、崩れ落ちるまであなた様に捧げたいと存じます。警備の取りまとめ、謹んでお受けさせていただきます」
直立したまま、リッチモンドの仮面から顎を伝ってポタポタと涙が流れ落ちた。
過去のしがらみなんて、カンパーランドでは気にする必要なんてないんだ。そのことを彼に伝えたかった。
今の彼がどうしたいか、それだけでどうするのか判断して欲しい。
見られたくないと思ったから、仮面を被ったのだろう。ならば、そのままでいい。今のリッチモンドのままでいいんだ。
「リッチモンド卿。私とバルトロも誠心誠意、ご協力いたします」
「何でも聞いてくれ!」
絹のハンカチを濡らしたルンベルクと、気恥ずかしそうに鼻をさするバルトロがリッチモンドに暖かな声をかける。
二人に対し顔を向けたリッチモンドは深く頷きを返す。
「リッチモンドさん、バルトロと協力して狩猟・採集班のうち最後の一班を任せることができそうな人材をピックアップして欲しい。現時点で治安維持にさく人数は多くなくていいと聞いている。だけど、街の範囲が広がれば必ず警備の人数は増やさねばならないだろう。現在の人数で不足するようだったら、新しく街に来た人を中心に警備のできる人を選出して欲しい。選出は任せる」
一蓮托生の仲間として加わってくれたリッチモンドに対し、口調を変えることにした。
彼にだけ丁寧な言葉を使っていては、彼自身が気にするかもと思ってのことだ。
「承知いたしました。訓練も施すようにいたします」
「助かる。腕に覚えのない人であっても、希望者はなるべく拾いたい」
「承知いたしました」
着席したリッチモンドに向け会釈をすると、彼も同じように返してくる。
よし、残りはメイドの二人だな。
「エリー、アルル。交代で俺の警備を行うというのはそのままで。警備をしない方は広場で募集を行って欲しい」
「はい!」
「畏まりました」
アルル、エリーが立ち上がる。
何をとはまだ言っていないのに、即返事が。
もちろん、このまま「何を」を伝えぬまま終了はしない。
「商店・商業従事者希望を中心に募って欲しい。内容は土木工事だけどな。上下水道の整備を行いたい。素人でも構わないけど、年少者は弾いて欲しい」
「畏まりました」
「ポールたちの仕事がひと段落したら、ここに加わってもらうつもりなんだけど、技術的なところはトーレとガラム。彼らの徒弟に任せようと思っている。力仕事が中心となるから、その点も伝えて欲しい」
「はい!」
エリー、アルルが順に返事をした。
アルルの耳がぴこぴこしていて少しなごむ。
「みんなにお願いしたいことは以上だ。やってもらうことについてはほぼお任せとなってしまい、すまないがよろしく頼む。それと、ルンベルク」
「ハッ!」
「次回の朝会にはセコイア、トーレ、ガラム、ペンギンさんも呼びたい。声をかけておいてもらえるか?」
「承りました」
「他に何もなければ、この場は解散とする。エリーとシャルはこの場に残って欲しい」
特に他に意見もなかったので、本日の朝会は終了したのだった。
ゾロゾロとみんなが退席して行き、エリーとシャルロッテが着席する俺の左右に立つ。
いや、囲まなくてもいいんだけど……。
「閣下! 閣下のお言葉に胸が震えました! お腹の辺りも熱く……」
「そ、そうか。残ってもらったのは農業の様子を見に行きたかったからだ。最初に作物のことを伝えて以来、しっかりと視察に行っていなかったから」
シャルロッテは頬を紅潮させ熱っぽく語る。
彼女の様子に若干引いてしまう俺であったが、構わず彼女に即用件を伝えた。
すぐに動こうとしたのだけど、エリーが何か言い辛そうに太ももを擦り合わせもじもじしている。
「エリー、トイレだったら先に行ってきた方がいい。屋敷くらいだからさ、ちゃんとしたトイレは」
「は、はい。し、下着を」
「ん?」
「な、何でもありません! すぐに行って参ります!」
かああっと耳まで真っ赤にしたエリーは風のような速度で退室していった。
「閣下、私も行って参ります」
「お、おう」
そんなに会議の時間が長かったっけ?
短くまとめたつもりだったんだけど……。
腕を組み「ふうむ」と呟きながら、牛乳を飲む俺であった。
もちろん、朝一に飲んだ牛乳とは別のものだ。シャルロッテが仕事の合間にいつも準備してくれるものでな……牛乳は。
は、ははは。




