65.エリーを呼び出しした件
帰宅後、夕食後に酸っぱいグアバジュースを飲み、そういや酒を造るって言っていたなと思い出す。
思い立ったらすぐ行動だ。いや、酸っぱいのをもう飲みたくないとかそんなことじゃあない。
ガラムが禁断症状に苦しむ前に行動せねばならぬ。酒はすぐにできるわけじゃあないからな。
そんなわけで、ハウスキーパー総出で屋敷の中にあったグアバを全部かきあつめた。
結構な量があって驚いたのは俺の心の中だけでの秘密である。
ともかく、みんな一緒になってグアバをすり潰し樽に放り込む作業は何だか楽しかった。
こうしてみんなで作業をすることなんて滅多にないからさ。
意外にもバルトロの手先が器用で、彼の作業速度が一番はやかった。
庭師だけに果物の取り扱いに手慣れているのだろうか?
「すまん。バルトロ。庭師なのに庭はただの空き地になってて。そのうち畑にしようぜ。スツーカの木とか植樹もしたい」
「おう。俺も楽しみだよ。ヨシュア様が何を植えるのか選んでくれるのか?」
「一緒に選ぼう。って言っても畑や植樹だと庭師というより、農業になっちゃうな」
「ヨシュア様が楽しければそれでいいじゃねえか。俺としてもせっかくなら食べられるものができる方がいいぜ」
ハイタッチしてお互いににやりと微笑み合う。
そんな中、一人だけ異彩を放つ女子がいた。凛としたたたずまいにも見える真面目女子だ。
彼女の名はエリー。
いつもメイドであることに誇りを持ち、丁寧な言葉遣いと仕草を崩すことはない。
そんな彼女が、グアバを握り、そのまま握りつぶす。
彼女はリンゴも余裕で片手で潰せちゃうメイドである。
いや、いいんだけどさ。せっかく道具があるのに。
「どうされましたか? ヨシュア様」
「いや、もう少しで終わるなって。みんなでやると早いよな」
小首をかしげるエリーの顔と握りつぶされたグアバがなんともアンバランスだ。
「ヨシュア様、蓋を見繕いました」
「ありがとう! ルンベルク」
樽は俺たちが持ち込んだものじゃあなく、この屋敷に元々備え付けられていたものだった。
蓋が痛んでて使い物にならなくて、急遽ルンベルクに何とかしてもらったってわけだ。
几帳面な彼らしく、見事な木の蓋を持ってきてくれた。
「よっし、じゃあ、蓋を閉めて完成としよう」
「毎日、状態を見ておきます」
ルンベルクが背筋をピシっと伸ばし、優雅な礼を行う。
おっと、もう一つ。
じゃーっと手を洗うエリーの耳元で囁く。
「エリー、後で来てもらえるか?」
「……わ、私を?」
「だ、だめかな?」
「だ、大歓迎です! す、すぐに参り……」
「一通り仕事が終わってからでよいよ」
「は、はい!」
何故か顔を真っ赤にするエリーだったが、何か恥ずかしがるようなことを言ったかな、俺。
◇◇◇
そんなわけで自室のベッドで寝転がり、今日の振り返りをしておりました。
研究棟も併設している感じになってきた鍛冶屋は順調。素材の発見が急がれるが、ペンギンという強い味方を得たことにより少なくとも机上での科学は相当進歩した。
ペンギンは俺より深い科学知識を持っていることはこれまでの彼の発言から疑う余地はない。
これに魔法的理論の第一人者たるセコイアが加わったことにより、人数こそ少ないものの公国時代より開発能力があるんじゃないだろうか。
特に科学知識に関しては、公国時代よりかなり進んだと言えよう。あくまで机上ということを忘れちゃいけないけど。
科学も魔法も実用化してなんぼだ。そこは重々承知している。
俺がやることは、いかに科学と魔法の力を実世界に結び付けること。専門家は揃っている。
ペンギン、セコイア、ガラム、トーレ、そして彼らの弟子。彼らがいれば何だって作れると思っているんだ。
「鍛冶屋・研究は素材次第だなー。あとは俺がどんなものが欲しいかアイデアを出すことくらいか。彼らなら実用化できる!」
「よし」と拳を握りしめたところでコンコンと扉がノックされた。
「エリーです」
「おお。仕事の後ですまんな」
扉を開けると、いつものメイド姿と異なり薄い黄色の寝間着を召したエリーが立っていた。
長い髪を後ろでアップにして、首元を僅かに桜色に染めている。
お風呂に入ってきた後なのかな?
もちろん、俺も待っている間に風呂は済ませてきた。
贅沢なことにこの屋敷には風呂がある。魔石を使わないといけないので、魔石生産の目途が立たなければ閉鎖も検討しなきゃならない。
でも、大丈夫。きっとうまくいくさ。
「入ってくれ」
「は、はい!」
俺の部屋にはベッドと執務机しかないのだ。
執務机には椅子が一脚のみ。
なので、自分はベッドに腰かけ、立ったままもじもじしているエリーに声をかける。
勝手に座ってくれていいのに。この辺はエリーらしい。
「座ってくれていいからね」
「は、はい。で、では失礼いたします」
ぽふん。
何故か俺の隣に腰かけるエリー。
ま、まあいい。
だけど太ももがひっつきそうな距離だし、風呂上りだからか彼女から香油のいい香りが漂ってくるではないか。
「あ、あの……」
「香油、使っているの?」
「は、はい。ヨシュア様のところへ参ることとなりましたので」
「いや、咎めているわけじゃあないよ。香油の匂いを嗅いで改めて思ったんだ」
「わ、私だと、や、やはり」
エリーが何やら口ごもっている。
だから、彼女を責めているわけじゃあないってのに。
「香油とか嗜好品、生活を豊かにするものは人間の生活に必要だ。その辺を全く考慮していなかった。産業の進行も、となると頭が痛いな……」
「そ、そうですね! で、ですが、ヨシュア様なら必ずや!」
「一歩ずつ着実にしかないよな。家ができて終わりじゃあないんだ。そのことを改めて思っただけだよ。ありがとう、エリー」
「お、お礼を申しあげられることなど何一つ……」
さっきからやたらとてんぱっているなあ。エリーらしくもない。
普段の彼女は流麗な仕草で、ハキハキと喋る。
俺と二人だと緊張するのかなあ……ちょっと複雑だ。
「エリー。やっぱり俺と二人じゃ」
「い、いえ! 大歓迎です! これ以上の喜びはございません!」
「そ、そうか」
あ、あかんこれ。
声が上ずっているし、まいったなあ。
二人きりの方が他人の目を気にせずリラックスして喋ることができるかなあと思ったけど、これじゃあ逆効果だった。
「呼んだのはさ。聞きたいことがあって」
「わ、私はいつでも、え?」
「今日さ、シャルと一緒だったろ?」
「はい。シャルロッテ様とご一緒させていただきました」
「彼女にこの街と住人、これからやる仕事のことを紹介してどうだった?」
「本日で全て把握されておりました」
「ま、マジか……ちゃんと休んでいた?」
「いえ、ずっと動き続けられておられました。食事だけはとってくださいとお願いし、歩きながらですが一応」
「そ、そっか……すまん。エリー。君も休みなしだったろう? それなのに夜にまで呼び出してしまってごめん」
「い、いえ! ヨシュア様のお呼び出しでしたら私はいつでも、いかなる時も!」
エリーはグッと両手の拳を握りしめ腰を浮かせる。
気合入っているなあ。これだけ何でも全力投球だと倒れてしまわないか心配だ。
こんな時、アルルやセコイアだったら。
うん。
自分から遠い方の彼女の肩へ手をかけ自分の肩へ彼女の肩をそっと寄せる。
「エリー。無理をしないでくれよ。ゆったりとノンビリ行こう。な」
「……」
顔だけを横に向け自分なりに精一杯のふんわりと彼女へ微笑みかけた。
首まで真っ赤にした彼女は固まったままうつむいてしまう。
「明日からもよろしく頼む」
「手、手を」
「あ、すまん。頭を撫でるのなんて子供っぽかったな」
「い、いえ、そのようなことは!」
セコイアもアルルも褒める時は撫でてーな態度だったから、同じようにしてみたけど彼女は幼い子供じゃないんだった。
またしてもやってしまったかと思ったが、エリーは自分の頭に乗せた俺の手に自分の手を重ね、くすりと笑う。
「全部の仕事を把握したのだったら、配置のことも考えなきゃな」
「明日はみなさんお揃いになる予定です。彼らの意見を聞いてからでもよろしいのではないでしょうか」
「うん、だな」
エリーの頭に乗せた手を引き戻し、ポンと両膝を叩く。
よおっし、明日からも頑張るとしますか!




