55.魚を素手でとるのはメイドのたしなみな件
ルンベルク、バルトロはそれぞれ持ち場へと向かい、エリーはシャルロッテと共にまずは広場の見学に行くことになった。
「よりによって広場からかよ」と思わなくもないが、地理的なものを考慮すると中央大広場から巡るのは正しい。
「最初に街の様子を見学されるなら、同行されますか?」なんてエリーから問いかけられたけど、即拒否した。
広場に同行なんてしたら、俺の像に参拝する姿を見ることになりかねない。シャルロッテは初めてあの像を見るのだから、きっと拝む。彼女ならやる。
だから、同行してはいけないのだ。ははは。
そんなわけで残されたハウスキーパーはアルルのみ。あとはペンギンが書斎でこてんと倒れているってところ。
「んじゃ、俺たちもそろそろ動くか」
「はい」
何だかアルルの元気がないな。いつもピンとしている猫耳はくたあっとなっているし、尻尾にも覇気がない。
日頃の疲れでも出たのかな?
「アルル、体調に問題ないか?」
「はい。大丈夫。です」
「何か悩んでいることがある?」
「いえ。アルル。元気です」
ん、朝からこんな様子だったっけ。
朝食の時、シャルロッテが参上した時……いつもの調子だった記憶だ。
なら、この会議中のことか。
あ、そうか。そういうことか!
こいつは俺の配慮が足らなかった。もちろん、考えなしに指示を出したわけじゃない。
シャルロッテへの引継ぎをエリーに全て任した。その結果、毎日交代で業務を行っていたアルルとエリーは三日間固定になったんだ。
裏を返せば、アルルではシャルロッテの引継ぎを任せるに適していないと俺が判断したとも取れる。
別に二人が交代で引継ぎ業務をやってもいいわけだからな。
「アルル。三日間護衛にしてしまったこと、説明が足りなかったな。ごめん」
「いえ! アルルは。護衛の方が嬉しいです! でも、エリーが。わたしだけ」
え。ちょっと待って。俺の予想と逆だったよ!
アルルが自分が説明役を任されないことに沈んでいたのかと思いきや、自分だけ俺の護衛でエリーに悪いと思っていただなんて。
でも、彼女へきっちり説明しておくことは続けよう。
「ちょっとした考えがあってさ。俺はこの三日の内に探索にも向かうかもしれない。その際、アルルの方が鼻が利くだろ?」
「エリーもちゃんと」
「うん。それも分かっているよ。エリーには悪いのだけど、彼女は彼女で弁が立つ。だから、シャルへの説明を任せたんだ」
適材適所のつもりで二人へ仕事を振ったつもりだったんだ。
ちゃんと説明すれば二人ともきっと理解してくれるはず。
アルルへ伝わったのか、彼女はにこおっとした笑顔を見せ、耳をピンと立てる。
「うん! ヨシュア様。やっぱりとっても優しい。アルルにも。エリーにも」
「エリーにも後でちゃんとフォローしておくよ」
「はい!」
いつものように右腕をピシっと上にあげ、元気よく返事をするアルルなのであった。
よしと腰を浮かし、移動しようとしたその時、後ろからペタペタペタペタという足音が聞こえる。
立ち上がって振り向くとフリッパーを「よお」とばかりにあげたペンギンがのろのろと歩いてきていた。
『おはよう。ここにいたのかい。探したよ』
『起きたんだ。ペンギンさんが起きたのなら、先に鍛冶屋へ向かおうか』
『できれば、魚を所望したい』
『なら、ちょうどいい。ルビコン川で魚を取ろう』
『助かるよ』
くるりと踵を返したペンギンがよちよちと進んでくれるのはいいが、のろい。のろすぎる。
陸だから仕方ないんだろうけど、このペースに合わせるのは辛いな。
「ヨシュア様。わたしが抱っこしてもいいですか?」
「重たそうだけど、俺が持とうか」
「いえ。ヨシュア様。馬に」
「そうだった」
俺とアルルはペンギンを追い抜いて前に回り込む。
『アルルがペンギンさんを持ち上げてもいいかな?』
『構わないとも。鳥類は飛ぶために非常に軽量だが、ペンギンは飛べない鳥。哺乳類に比べれば軽い。しかし、嵩張る。それでも哺乳類の骨と――』
何やらまた小難しいことを説明し始めたペンギンの口は開かせたままにして、アルルへ目を向ける。
「アルル」
「はい!」
しゅたっとペンギンの前で中腰になったアルルは、両手をフリッパーの下へ回し一息に持ち上げた。
「見た目の割には軽い。です」
「それならよかった」
アルルはペンギンを胸に抱き、そのまま歩き始める。
俺も彼女の横に並び、屋敷を後にした。
◇◇◇
鍛冶屋の前でアルルに魚を獲ってもらうように頼み、ペンギンも彼女に同行させる。
「先に鍛冶屋に行っておくよ」
「はい! ちゃんとおさかなを。お任せください」
アルルはペンギンを川岸で降ろし、んんんと伸びをした。
「あ、アルル。釣り具は適当に」
「手で掴むから。大丈夫です!」
え、えええ。
うんしょっとストレッチが終わったらしいアルルは、おもむろに上着に手をかける。
「アルル! 水は深くないから」
「はい!」
もしかして全部脱ごうとしたのかと思って、念のために声をかけておいた。
後は彼女にお任せして俺は鍛冶屋に行くとしよう。
ガチャリ。
入口の扉を開けると、セコイアとガラムの弟子の少年……確か名前はネイサンだっけか。
二人が何やら囁き合っている。セコイアは呆れたように、少年は困ったようにしているけど、何かあったのかな?
「おお、ヨシュア。待っておったぞ」
すぐに俺の方へ目を向けたセコイアが狐耳をぴこぴこさせ右手を振る。
「ガルムとトーレは?」
「奥におるぞ。朝から鍛冶をしておったのじゃが」
何やらセコイアの歯切れが悪い。
「二人がどうかしたのか?」
「ぐったりとして動きが止まっておる」
「マジか。あれほどみなぎっていた感じだったのに、一体全体どうしたんだ?」
「トーレはそれほどでもないのじゃが。ガラムがのお」
「聞くより見た方がはやいな」
「そうじゃの」
二人の様子をさっそく見てみたら、セコイアの言う通りぐでえっとなっていた。
ガルムの方が。
「……よお。ヨシュアの」
「元気がないじゃないか。体調不良なら寝ていた方がいいぞ」
「……酒が……残り少なくての……制限しておるんじゃ……」
「酒かよ!」
「何を言うか! 酒が無ければドワーフに死ねと言っているものじゃぞ!」
すんごい剣幕だな。おい。
酒かあ。そういやいつもビールを飲んでいたものな。
ビールの材料って大麦だっけ? 大麦はすぐに作ることは難しそうだ。
種を持ってきている領民はいるだろうけど、この地で大麦が育つのか「植物鑑定」してみないとだな。
「そうだ。以前からやろうと思ってたことがあったんだった」
「ほう?」
「酒のことだぞ。建築の話じゃあない」
「ほおおおお!」
うおお。
分かった。分かったから。両手で肩を揺するのは止めて欲しい。
首ががっくんがっくんするだろ。