50.主食はカタツムリじゃあなかった件
そのまま川原でペンギンとセコイアが話し込んでいるのを横で聞きつつ、ボケーッとしていたらトーレとガラムに首根っこを掴まれ……。
「どうした? いきなり?」と問いかけようとしたんだけど、二人の目が血走ってて、そのまま言葉を飲み込んだ。
めっきのことなのかなあと思ったが、そうじゃなかった。
「橋の構造じゃが、これでいいのかの?」
「トーレが作ってくれた模型の通りで」
低い声でガラムが喰いつかんばかりに問いかけてきたから、何事かと思ったけどそんなことかあ。
橋ならもう打ち合わせがだいたい済んでるじゃないか。
「して、ヨシュア坊ちゃん。この橋はどう『繋ぐ』のかが肝要ですぞ」
「それは、うん、まあそうだな……」
「ならば、どう繋ぐのか、どう伸ばすのか、その辺りをご教授いただけますかな。ささ、ささ!」
「え、あ、そうだね。うん」
あ、あかん、これはあかん。
終わるまで帰してくれなさそうだ。
普段穏やかなトーレの目がらんらんと輝き始めちゃった。
ガラムはガラムで変なオーラが背中からあがっているし。
「地図、製図……できれば模型まで作り上げておきたいのお」
「ま、街全体の……?」
「そこまでは求めておらん。最低限、中央広場までは必要じゃろうて。無計画に敷くわけにはいかぬじゃろ」
「は、橋だけってわけには……そうだよな。いかないよな。は、はは」
うおおおお。
セコイアとペンギンが戯れている横でぼーっとしておこうと思っていたのに。
こいつは可能な限り速やかに進めないと、鍛冶屋で泊ることになってしまう。
そうはさせん、させんぞおお。
「やりゃあいいんだろおお。図面からいくぞおお!」
「ふぉふぉふぉ」
「ガハハハハ」
やけくそになってペン替わりの墨を掴み両手を振り上げ、奇声をあげる俺なのであった。
◇◇◇
『もっちゃもっちゃ』
『普通に魚も食べるんだな』
何とか日が沈んだ直後、滑り込むように自宅まで帰り着いた俺とペンギン。
セコイアとは屋敷の門の前で別れた。
で、衣食住の約束をした俺はペンギンに夕飯をご馳走しようと申し出たのだが……ペンギンが所望したのが魚だったってわけだ。
魚は用意がなかったため、ルンベルクとエリーに頼みルビコン川まで馬でひとっ走り行ってきてもらった。
俺は彼らを待っている間に食事を済ませ、現在はペンギンだけが書斎で食事をとっている。
それにしても、食べ方が汚い……元人間だろうに。
食べながら喋ると、ほら、嘴から食べかすが落ちる。
『もっちゃもっちゃ……もちろんだとも。川魚とはいえ、これは中々脂がのっていて』
『カタツムリが主食だと思っていたぞ……』
『カタツムリは手軽に捕食できるタンパク源なのだよ。ああ見えて存外、味も悪くない。この体はカタツムリを食べることができるようになっていてね。寄生虫なんぞも怖くないのだよ』
『カタツムリに適応している体なのに魚を食べて大丈夫なのか?』
『問題ない。ペンギンは魚を食べるものだろう。この流線形の体型、地上での動きの鈍さから類推するに水中で狩りをするようにできている、で間違いない』
『焼いても大丈夫なの?』
『いいかね。飼い猫を想像してみたまえ。猫は本来、火を使わない。だが、調理した魚も食べるし醤油も舐める。そも、加熱調理をすることで雑菌や寄生虫が死滅するのだ。何ら不都合はない。食べない動物がいるのは単に「味」の問題だろうね。慣れがないから食べない。それだけだよ』
『お、おう』
生魚じゃなく焼き魚を食べたいだけだろうと突っ込もうかと思ったけど、うまそうに食べているのであえて触れないことにした。
こうしている間にも焼き魚を五匹も完食したペンギンは「ふいい」とフリッパーで白いお腹を叩く。
『さて、約束通り食事を頂いた。住処も提供してもらった。ならば私も応えねばなるまい。契約には対価を、だね。最低限、衣食住分は働こうじゃないか』
『それなんだけど、まずは学習からかなと思っている。ペンギンさんは俺より科学に造詣がある。俺はバッテリーの仕組みも分からないからな。他にも電気分解やらもさっぱりだ』
『ふむ。だが、この世界には科学と異なる術理がある。地球にはないエネルギーを使ったものがね。エネルギーの名は魔力またはマナ』
『ある程度、セコイアから聞いたのかな?』
『まだほんの一部だけだがね。だが私も自分の興味は興味、仕事は仕事だとわきまえているつもりだ。仕事を優先する』
『ペンギンさんに任せたいと思っていることは多岐に渡る。だけど、最初に任せたいことは「電気エネルギーを魔力に変換し魔石を製造する研究」だ』
『ふむ。概要を聞かせてくれるかね? これほど心躍ることを仕事としてやらせてもらえるなんて冥利に尽きるよ』
『うん。ざっくりとだけど説明する。あと、この研究にはもちろん俺も協力するし、参加するつもりだから』
『ふむふむ。契約者の鑑だね、君は。抱え込んで大丈夫かね? 他にも仕事があるのではないのかな?』
『その通り。他にもやらなきゃいけないことはたんまりとある。だから、この研究にかかりきりってわけにはいかないんだ』
『承知した。やれる限り、尽力しよう』
差し出してきたフリッパーをギュッと掴む。
こうして幸運にも科学知識を持つ元日本人を雇い入れることができたわけだったが、彼もまたどこかの職人たちと似たような気質を持つことに薄々気が付いていた。
だから、「ざっくりと」って言ったんだよ俺は。
なのに、話が逸れるわ逸れるわ。よくわからない化学記号やらを黒板に板書させられるわで……気がついたら深夜になっていて、またしても書斎で眠ってしまった。
◇◇◇
ちゅんちゅん。
ふんもお。
鳥のさえずりと何か別ののんびりとした鳴き声が目覚ましとなり、パチリと目を開ける。
お、誰かが寝室まで運んでくれたのか。アルルの膝枕に二度もお世話になっていたから、また寝ちゃったよと悪い気がしていたんだ。
ベッドに運んでくれていたのなら、ずっと付きっきりにさせなくて済んだはず。少しホッとした。
のだが、椅子に座ったエリーがペンギンを膝に乗せた状態ですやすやと寝息を立てているじゃあないか。
起こさないように、ささっと着替えるとしよう。
しかし、体を起こしただけでエリーが反応してしまった。
「おはようございます。ヨシュア様」
「ごめん。朝まで付き合わせてしまったみたいで」
「いえ。お運び申し上げたからにはキッチリ最後までお付き合いするのがメイドとしての務めですから」
「運んでくれたのはとてもありがたいんだけど、エリーもちゃんとベッドで寝ないと」
「いえ! ゆっくりと幸せに睡眠をとっておりますので、お気遣い無用です!」
ペンギンを握りしめ力強く返事をするエリー。
でも、エリー。少し手に力が入り過ぎだ。ペンギンの皮がむにゅーんとなっている。
幸いペンギンは痛みを感じていないみたいで、眠ったままだけど……。