48.なんかやべえのきた件
う、ううむ。何だか逆に心地よくなってきて眠たく……。
ザバアアアア。
な、なんじゃあああ。
顔全体に水が!
「お、目覚めたかの」
「いやいや、もう少しであっちの世界に行くところだったぞ。加減をしてくれ。俺は貧弱なのだ」
「情けない奴じゃ……。もう少し頼りに、いやならんでよい。キミはキミのままでよい」
「なんだよそれ」
「情けない方がライバルが減るじゃろ? そういうことじゃ」
「意味が分からん……」
どこから持ってきたのかハンドタオルを差し出してくれるセコイアである。
ありがたく受け取って、顔をふきふき……おお、なんだかかえってさっぱりしたな。
食べた後に顔を洗うとスッキリするのは道理か。
不本意に水を被っただけとかは考えないことにしよう。
「んじゃ、ご飯も食べたことだし鍛冶屋に顔を出して」
「ヨシュア。キミが起きるまでに思い至ったことがあるのじゃ。忘れぬうちによいか?」
「うん。些細な気づきから大きく進展することも多い。ぜひ、聞かせて欲しい」
「ははは。キミは本当にボクと考え方が似ておる。好ましい」
「え、まあ、うん」
ここで抱き着きモードになられては困るとばかりに、先手を打って両手を前に出し、そのまま押し出せるように待ち構える。
ところが、セコイアは顎に可愛らしく指先を当て「ううむ」と声を漏らす。
「マナは術次第で様々に形を変える。じゃが、新たな術を組み立てることができるのは、知性の高い生き物だけじゃ。人間や獣人、エルフのような」
「魔術や魔法も『構築』を行って発動するんだよな」
「うむ。じゃがな。飛竜のブレスや雷獣の雷撃はそうではない。あやつらは術理が体の中に組み込まれておるのだ」
「そこは俺の予想通りってわけか」
地球の生物だってそうだ。
例えば、魚の一部には発光するものがいる。ルミネセンスとも言われる生物発光は、発光生物が科学式を使って編み出したわけじゃあない。
彼らの体には発光できる仕組みが組み込まれていて、生まれながら本能的にそれを使うことができる。
雷獣の雷も同じ理屈で、雷獣が毎回魔法の術式を組み上げているわけじゃないってことだな。
「じゃからこそ。仕組みを解明し、雷から逆にマナを作り出すという発想にキミは至ったというわけじゃろ?」
「うん。つまり、電気からマナを作り、マナを物質に留めたもの……魔石を作り出そうってわけだ」
「ボクは不可能ではない。むしろ、自然な動きじゃとみている。じゃが、それを行うに決定的に足りないモノがある」
「おお。それは何なんだ?」
当たり前のように俺の発想を理解していることには全く驚かない。
俺が気を失う前の会話でセコイアは既に電気から魔石を作り出すことを理解していたからな。
魔石を作ることができれば、生活に関わる多くのことが解決する。例えば、魔石を使った浄化設備や水道設備なんてものは既存の技術だ。
公都でやっていたことと同じことをすればいい。
実行は難しくないだろう。建材もあることだしな。
しかし、セコイアの言う足りないモノとは何なんだろう。
作成できるものであったらいいのだが。
セコイアが俺の問いかけに対し、指を一本立てて眉間に皺を寄せつつ応じる。
「よいか。ヨシュア。マナとは体内に常に在るものじゃろ」
「あ、そうか。体内にあるマナを桶に入った水みたいに考えればいいのか」
「うむ。マナは都度使われるのじゃが、雷獣や飛竜は体内にプールされたマナを消費するわけじゃろ。となると、電気もプールされそこから変換されるのじゃないのかの?」
「その発想はなかった! 確かにそうだよな。電気をプールさせるか。無しでやってみてもいいんだけど……」
「難しそうかの」
「いや、電気をプールさせるもの……バッテリーという物の概要は分かるけど作り方が分からない。それと、恐らくだが、電気をマナにするには『触媒』が必要なはずだ」
「ショクバイ……ああ、カガク用語じゃったな。媒介のことじゃろ。確かにのお。雷獣はマナから雷撃に変換するにあたって、体内でなんらかの媒介を使っておるという発想じゃな」
「雷獣は使っていないかもしれないけど、電気からマナにするには恐らくなんらかの触媒が必要だと思う。科学的な発想ならな」
「ふむ。興味深いのお。実に愉快じゃ。世界の謎を紐解くにも似ておる」
マナ、魔力の取り扱い、性質についてはセコイアに意見を求めていけば答えまで導き出せそうだな。
問題は俺の方か。
「バッテリーに触媒か……」
んー。どうやって作ろうか。
『バッテリーを作りたいのか?』
「そうだよ。だけど、作り方が分からない」
ん。つい答えてしまったけど、この声はセコイアじゃない。
「ボクじゃあないぞ」
「だよな。いきなり声色を変えたのかと思ったけど……」
アニメの女の子のような声とでも言えばいいのかな。
こう、女性声優が男の子の声をやっている、そんな感じの。
一体どこに?
セコイアが反応していないことから、声の主に攻撃性がないか、あったとしても脅威度が低いかのどちらかってことか。
首を捻っていたら、再度声が。
『西暦何年から来たんだ? 平成? もしや大正とかか? いや、戦後なのは確実かな?』
注意して声の方向を探っていたから、今度はどこから声がしたのかハッキリと分かったぞ。
川だ。川の方から声がした。
しかもこの言語……日本語じゃないか!
この世界でヨシュアとして生まれ変わって以来、日本語を聞くのは初めてだ。
となると、俺と同じ転生者?
だけど、川には誰もいない。以前チラリと見たカタツムリをぺしーんとしていたペンギンしか。
『どこだ? こちらから危害を加えるつもりはない。姿を見せてくれ』
『何を言っているんだ君は? 私はここにいるではないか』
日本語で呼びかけるとすぐに日本語が返ってきた。
え?
まさか。
『ペンギン?』
『そうだとも。何故かペンギンになっていたのだ。バッテリーという懐かしい言葉が聞こえたものでね。ついつい、君に声をかけてみたわけだ』
『そうだったのか。しかし、日本語なんて』
『それだよ! 君! 人の姿は見えたが、聞いたことのない言語でね。さすがに声をかける勇気はなかったよ。なにしろ私はペンギンだからね。捕獲されてしまっては事だ』
『まあ、そうだよな。ペンギンだし』
『そうだとも。ペンギンだけに……』
川で立ち泳ぎをするペンギンに哀愁が漂った気がした。
よりによってペンギンに転生するなんて、なんてついていない人なんだ。
案外ノリノリでカタツムリをぺシーンとしていたのかもしれないけど。
『安心して欲しい。俺はペンギンさんをどうにかしようとは思ってないから』
『同じ日本人として君の言葉を信じよう。いや、信じたい。同郷の者に会う事ができたのだ。もし、これで騙されていたとしても後悔はないさ』
『いや、だから、何もしないってば。なんなら、俺の家に住んでもらってもいいし』
『私は今やペンギンだ。カタツムリを捕食しているのがお似合いなのさ』
『それは……ご愁傷様としか……』
『いや、その話はどうでもよいのだよ。バッテリーという言葉が聞こえた。そして、私はこっそりと水車の構造も見せてもらった。君、水車で発電施設を作ったのかな?』
『うん、まあ、そうだけど……』
『それで、バッテリーが必要だと』
『あった方がいいなって』
『ふむ……ふむふむ』
ペンギンが岸辺まで上がってきて、フリッパーをペシペシとして自分の真っ白のお腹を叩く。
シュールだ……シュール過ぎる。