44.カエデ?な件
筏を降りたところで、アルルと二人並んで木々の中をてくてくと散歩することにした。
木の密度もそれほど高くなく、視界も悪くない。
これなら、危険なモンスターが出たとしても誰かしら気が付く。
何か新しい発見はないかなあ。
木の根元にどぎつい蛍光パープルに蛍光グリーンのまだら模様があるキノコを発見した。
「ヨシュア様?」
「あの色。ちょっとキテルなと思ってさ」
「可愛い、かも」
「いやいや。一応チェックしておこうか」
キノコの前でしゃがんで手を伸ばそうとしたアルルの腕を掴む。
ひょっとしたら表面に毒があるかもしれないから、不用意に触らぬ方がいい。
「鑑定をするから少し待ってな」
「はい!」
さてと、アルルの隣に両膝を立てキノコに手をかざす。
『名前:パープルボルチーニ
概要:食べると痺れる。染料として抽出することも可能。
育て方:人の手による育成は難しい
一言:麻痺毒に注意。触れる分には問題ない』
「アルル。触れても大丈夫だ。せっかくだから持って帰ろうか」
「うん!」
アルルが指先をちょいっと振るうと、キノコが根元からスパッと切れた。
そういや葦を切った時もこんな感じでスパスパやっていたな。一体どういう仕組みなんだろ?
「とっていいですか?」
「うん。それ、爪でやっているの?」
「あ、う、うん?」
「爪って猫みたいに出し入れできるのかな?」
「う、うん?」
ささっと手持ちの小袋にキノコを入れるアルル。
爪は見えなかったけど、彼女の様子からして爪を出してスパンとやったのかな?
動揺からか猫耳が小刻みに動いているし。
「あ、そうだ。アルル。俺は何もここに遊びに来たってわけじゃあないんだ」
「キノコ。採ったよ」
彼女の気分を変えようと違う話題を振ってみたが、まだキノコだった。
だけど、声をかけたことで彼女の猫耳も落ち着きを取り戻したように見える。
「生活を便利にする素材を探しにきたんだよ。食糧もあれば、サンプルとして持って帰るつもりだけど二の次だ」
アルルはコクコクと頷きを返す。
立ち上がった彼女は人差し指を顔の前に出し、にいいっと口角を上げる。
「探しましょう!」
「あるかどうかは分からない。だけど、俺が直接出向くことで、植物に関しては見分けることが可能だ。あればいいんだけどなあ」
スツーカのような有用な素材を探したい。
スツーカは絶縁体としてだけでなく、紙の原料にもなる優秀な低木だ。
例えば、前々から探したいと思っているトーレが使っていたカエルの表皮に代わるようなゴム素材とか、パーム油のような植物性油脂なんてものもいいな。
「んー。あ、先に確率の高いものから見ておこうか」
ポンと手を叩き、片っ端から自生している樹木を鑑定していく。
あった。あった。
ついでに思ってもみなかったものも発見したぞ。
まず一つ目。
地面に転がる松ぼっくりを拾い上げ、アルルにぽーんと投げる。
彼女は見事に片手でキャッチし、俺に投げ返してきた。
ころころ。
うん、キャッチできなかったんだ。いやまあ、それはいい。
「アルル。こいつは松科の木だ。こいつの樹脂――松脂を蒸留することによってテレピン油を得ることができる」
「てれぴんぴん?」
「ぴんぴんじゃなくて、テレピンな。加工することでニスにしたりと木製品を作る時に便利だ」
松脂は俺が言わずともそのうち領民の誰かが採取し、テレピン油を作ることだろう。
漆とかも探せばあるかも。
漆は漆で使いどころはいろいろある。周辺地域をくまなく探せば発見できるかもしれない。
だけど、こっちは俺の植物鑑定スキルがないと発見が困難じゃあないかな。
二つ目行くぞ。
懐からナイフを取り出し、灰色がかった薄い茶色の樹皮を持つ木の幹にサクッと傷をつける。
よしよし、「植物鑑定」が示した通り、切り口から樹液が溢れ出してきたぞ。
樹液を指ですくい、口元に寄せようと……アルルがじーっと俺の指先を見つめたまま目を離さない。
「先に舐めてみる? ちゃんと鑑定しているから大丈夫だ」
「いいの!?」
「うん。せっかくだし、先にアルルから試してみて」
「はい」
「うお」
お約束というか何というか、アルルが背伸びして俺の指先をペロリと舐める。
彼女の舌は人間と異なりザラザラしていた。
ともかく、樹液を舐めた彼女の頬が桜色に染まり目じりがこれでもかと下がっている。
「甘いです!」
「俺も試してみるか。お、おお。甘いな。うん」
こんな木があるなんて思ってもみなかった。
灰色がかった樹皮と細い幾重にも別れた葉を持つこの木の名前は「カンパーランドカエデ」というらしい。
植物鑑定の説明文から推測するに、地球のサトウカエデに似た樹木だと分かった。
つまり、メープルシロップに似た甘い樹液が取れるってことなんだ。
「ヨシュア様。これ、名前があるのですか?」
「そうだな。この樹液……カンパーランドシロップとでもしようか。木の特徴を教えて、植樹しつつ育つまでは天然のカンパーランドカエデから樹液を採取するように伝えるか」
「はい! 楽しみです!」
「よっし、もう少し何かないか探してみようか」
「おー」と二人揃って拳を突き上げ、再び探索を開始する。
ところが、一歩進んだところで、のろのろと動く巨大カタツムリと遭遇した。
そういやこの辺りは巨大カタツムリの生息地だったか。ルンベルクも何度か見たと報告していたな。
これだけ巨大な殻を持つってことは、周辺に石灰質の何かがあるのかもしれない。
石灰はいくらあっても困らないし、カタツムリの殻を砕いて使うのもよいな。
「大きい」
「だよな。この前、あのカタツムリをぺしーんとしたペンギンを見たんだけど、いないのかな」
「ペンギン?」
「こうずんぐりして、鳥のように嘴があるんだけど肌がすべすべしていて飛べないんだ」
「ヨシュア様。黒板にかいてた?」
「そうそれそれ」
合点がいったのかぺちんと両手を合わせたアルルが耳をぴこぴこさせた。
この後、何かないかーと鑑定を繰り返し、いくつかの食用キノコと野草を発見する。
しかし、ゴムをはじめとした素材を発見することができなかった。
数時間探索したくらいで発見できるものでもないかあ……。
ちょうど、ガラス砂の搬送も終わる頃だったので筏に乗せてもらい、鍛冶屋の前まで戻って来る。
せっかくだから鍛冶屋に挨拶をしてから、屋敷に帰還するかと思って窓ガラスの入っていない窓をチラリと覗き込む。
中にいたのは、ガラム、トーレと彼らの弟子二人に加えセコイアだった。
しかし、あ、なんかもう、目が血走ってらっしゃる。一人じゃなく全員の。
こいつは触れない方がよさそうだな……。
見なかったことにして、アルルと共に帰路につく俺なのであった。