43.聞こえない俺は何も聞こえてない件
住宅区画予定地では、多くの領民が汗水たらして働いている。
集まった領民たちは、どの作業をしている人もこの辺りで野宿していた。
指示を出していないけど、ちゃんと井戸も掘っているし、持ってきた食糧をみなで配給しているようだ。
それに加え、採集チームもいつの間にか編成されていたらしく、俺の伝えた食べられる果実と野菜、芋を確保しているとのこと。
採集チームのことは、ちょうど警備に通りかかったルンベルクから聞いた。
彼は「お伝えするのが」とか恐縮していたが、この調子で進めてくれと彼に伝える。
何でもかんでも俺が処理するわけにはいかないからな。生活の細かい部分は領民に自主的にやってもらわないと立ち行かない。
わざわざ言ってはいなかったけど、ちゃんと食べられるものも領民にまで浸透しているようで大万歳だ。
飢えぬために、初日からいろんなものを採取してもらったのだから。
ううむ。みんなが忙しなく動いている中、呼び止めるのは気が引ける。
このまま、立ち去ろうかと思った時、よく日に焼けた褐色肌の男と目が合う。
男は大工たちに指示を出していたみたいだけど、年配の大工に何やら囁き、俺に向け深く頭を下げる。
あの男は確か先日会ったポールだったかな。大工を代表して俺に状況を説明をしてくれた人だ。
「ヨシュア様!」
全力疾走で俺の元に駆け寄ってきたポールは、息も切らせず俺の名を呼ぶ。
「すまん。手を止めちゃったみたいで」
「いえいえ。そのようなことはございません。ヨシュア様が視察に来られるだけで、全員の気合が入っておりますよ!」
そんな白い歯を見せて嬉しそうにググっと拳を握りしめられても、どう返せばいいのか迷う。
「急ぎ建築をしてくれていて、ありがとう。だけど、くれぐれも安全に気を付けて欲しい。休息もきちんととるように」
「慈悲深きお言葉、痛み入ります。『休め』などおっしゃるお貴族様なんて、ヨシュア様くらいのものです」
「何も優しさからだけで言っているわけじゃないんだ。ずっと働き続けるよりも、休息を入れた方が結果的に早い。休息無しでは持続的な労働は望めない」
「その聡明なお考えができるお方はなかなかいらっしゃらないのです。我らとて、一刻も早く住処を完成させたいと思い、休みなしで腕を振るおうとしてしまうくらいなのですから」
「ちゃんと交代で休みを取れているのか?」
「はい。ヨシュア様のご意思は、エリー様を通じて伝わっております。お任せください!」
「それなら安心したよ」
過労で倒れられでもしたら事だ。
ただでさえ、落ち着いて寝泊まりできるところがない。必要以上の休息を取らないとすぐにバテてしまうぞ。
「そうだ。家族向けの住宅を作っているように見えるのだけど、『インスラ』も建築するつもりなのかな?」
「はい。ヨシュア様肝入りの『インスラ』は、もちろん建築予定です」
「お、おう。あれは別に俺が考えたものじゃあない、元からインスラに似た建物はあったんだ」
「そうだったのですか! ですが、お任せください。インスラは街道沿いにズラっと建築する予定です」
インスラとは古代ローマで建築されていた多層式のアパートのことだ。
3~4階建てで、一階は店舗として利用し二階より上は居住区となる。一人か二人暮らし用に部屋が区切られていて、アパートの原型となったものである。
多くは石かレンガ造りであるけど、基礎部分にさえ石を使えば強度に問題がないことが分かっている。
今回は住宅地に建てるので、一階部分も居住用になると思う。
公国にも多層階建築の技術はあり、俺がこの世界に転生した時から五階建ての建物は存在した。
じゃあ俺が何をやったのかというと、「規格の統一」だ。
公都ローゼンハイムの区画を再編成するにあたって、インスラというアパートの規格を作った。規格を統一することで、資材の準備が効率化され無駄に廃棄される資材の量もぐんと減ったんだ。加え、整然と立ち並ぶインスラは外観的にも統一感が出て、かつ、建物と建物の間にある「死角の道」を激減させた。
視界が良好になることで、警備もしやすくなり犯罪率も減ったってわけだ。
ここネラックの街は何もないところから街をつくる。
だから、最初に道を敷き、それに沿って建物を建築していく。完成したらきっちりと区画に別れた街になる予定である。
三番通りの五番区、みたいに伝達するだけでどこの場所か分かるようになるって寸法だ。
「建材集めも含め、大変だろうけど頼んだぞ」
「はい! お任せください」
力強く応じるポールに対しにこやかな笑みを向ける。
その時、何やら向こうの方が騒がしくなっている姿が見えた。
問題発生か?
いや、こいつは……歓声だ。
「ヨシュア様の像が広場に!」
「ヨシュア様! 毎朝、お祈りさせていただきます!」
「辺境伯様万歳!」
うわちゃあ。聞こえてしまった。
そっと、アルルの手を掴みグイっと引っ張る。
「ヨシュア様?」
「行こう。アルル。迅速に、今すぐに」
「はい!」
何も分かっていないアルルは、元気よく右腕をあげるのだった。
◇◇◇
開墾は順調。開墾が済んだところから種植えを行っていた。
まだ主食のキャッサバ中心だけど、これから別の種類も植えていく予定だ。
キャッサバなら今のままでも何とかなるけど、他の作物もとなったらやはり灌漑が必要になってくる。
上下水道の整備の際に水路も作って、農地に水が供給できるようにするつもりだけど……やっぱりインフラの整備は早い方がいいな。
必要最小限の食糧が確保できる見込みがたったら、住宅を建築しているチームと合わせて全戦力を大工事に投入すべきかもしれない。
安全を確保すべき城壁も重要なインフラだけど、こちらは優先順位が落ちる。
現状、ルンベルクに街の警備を行ってもらっているがそれで事足りているから。だが、安心してはいけないことを忘れてはいけない。
物見櫓くらいは先に作っておきたいな。
「ヨシュア様、こちらに」
「ありがとう。乗せてもらって悪いな」
「いえいえ、戻りは積荷もありませんし。ヨシュア様にお乗り頂けたのでしたら、誰しもがこの筏に乗りたがるでしょう!」
そうそう、俺は予定を変更してルビコン川のほとりまできている。
視察が終わった後は探索に行くために護衛を出してもらえないかルンベルクを訪ねたんだ。
すると、ちょうどそこに別の護衛依頼が入ってさ。
なんだったかというと、ガラスが心許なくなってきたとのことだった。
それで、先日発見したガラス砂があるルビコン川の向こう岸へということになり、護衛を含む領民と共にここまでやってきたというわけだ。
ここなら護衛もいるし、万が一の時は鍛冶屋にセコイアも控えている。
向こう岸にはガラス砂を運ぶために筏が準備されていて、俺はそいつに乗せてもらった。
いずれ見に行こうと思っていたエリアだったので丁度いい。
これだけ人手もいれば、何かあったらすぐに気が付くし、安全が確保されたこの機会を逃す手はなかった。
筏に乗り込むと、水中から伸びる水車の軸が目に留まる。
「うお、もう水車の追加が完了したのか……」
「水車が二つ。ですね。ヨシュア様」
岸辺に完成済みの水車が置いてあるのも確認できた……ちょっと早すぎねえかこれ。
あ、そうか。水車は一基目を作成するときに、俺が二、三基欲しいと言ったから事前に準備されていたのかもしれない。
この分だと発電実験は近く……ひょっとしたら明日にでも実施できそうだ。




