377.メイド様が話題になっています
大きな狸が引くなすび型の馬車に乗り、大森林の都サークルクラウンに入る。
二度目となるが、真鍮で装飾した街はおとぎ話の世界のようでとても美しい。夜になれば、電灯じゃなかった魔道具の光が灯される。
外の景色に見惚れていると、前回案内してくれたのと同じエルフの官吏が声をかけてきた。
「神食選定の宴は、暗くなってから開催されます。それまでごゆるりとお寛ぎください」
「お気遣いありがとうございます」
うん。知ってた。事前に告知されていたからね。
早めにサークルクラウンに来て街を散策しようと思ってたんだ。
だがしかし、だがしかし、誠に遺憾であるが部屋に籠りっきりになってしまう。
そう、書類の束があるからね。
飛行船の中でも無になって書類をこなしたのだが、まだまだ残っている。
夜までにこいつらを片付け、祭りに挑みたい。
後顧の憂いを無くせば思いっきり遊ぶことができるし、仕事の後の一杯ほど旨いものはないだろ。
御者を務める官吏がふとこんなことを口にした。
「ヨシュア様の召し抱えるメイド様が話題になっていますよ」
「本人は気にしているみたいなので、そっとしておいてやってください」
「そうなのですか! 素晴らしい力をお持ちでございますのに」
「確かにおっしゃる通りなのですが、彼女はか弱い女性に憧れている節がございますので」
「確かに可憐なお方です。神秘的な黒髪が特に美しい」
「黒髪は珍しいのですか?」
「エルフで黒髪の者はまずいません。エルフと人間の子供や、他の種族との子供であってもまず黒髪にはなりません」
「そうだったんですか。ローゼンハイムやネラックでも黒髪は余りいません」
意外や意外。黒髪に興味津々だとは思ってもみなかったよ。
前世が日本人である俺にとっては黒髪が当たり前だった。今世の俺の髪色は黒色でなく暗めの茶色だ。
確かにエリーの黒髪は真っ直ぐ艶やかで枝毛もなく美しい。
話題になるのは分かる。あ、いや、黒髪は意外だったのだけど、話題になるのは当然だって意味で。
彼女、俺の執務机を抱えたまま飛行船のタラップから湖の岸まで軽々とジャンプしたんだよね。
50メートルくらいあったと思うのだけど……人間技じゃねえ。
なすび型の馬車へ乗り込もうとしていた時、後ろからエルフの兵士たちのどよめきと歓声があがって何が起こったのか察した。
せめて船で運べばまだ目立たなかったのに。
彼女的には高官が乗る船に自分が一人で乗るなんておこがましい、とか考えたのだろうけど……。
ちゃんと船で運ぶんだぞ、と言っておけばよかった。
エルフの官吏が噂を何とかしてくれることを祈ろう。
◇◇◇
「ヨシュア様……こ、ここはエリーが何とかしないと」
仕事、仕事。課長、違うんです。サボってません。
ほら、課長にCC入れましたよね。
え? メールを見ろと? ん。返信じゃなくて新規メールで先方から着信してるぞ。
あ。ああ。察した。俺は全て察したぞ。
や、やばい。既に送ったから安心していた。先方のメールは添付ファイルの容量オーバーで俺のメールが弾かれたのだ。
分割もできないし、どっかにあげてダウンロードしてもらうとするか。
「ヨ、ヨシュア様……ど、どうしたら。確かセコイアさんがこういう時は……ダ、ダメです。いくらヨシュア様が寝ていらしても失礼極まります」
よっし。アップロードしたぞ。
電話入れるか。
「申し訳ありません! お急ぎのところ……はい。次からはダウンロードリンクを送ります」
てか、全然容量ないじゃないか。それならそうと先に言っておいてくれたら。
メールが容量オーバーで届いてないとかこっちからじゃ分からないんだよな。
他の作業が四つ同時進行でメールしたので終わったものだとばかり、メールを全然見てなかった。
課長に感謝だな。
ん。課長が何やら迫って来る。ど、どうしたんですか? 課長。
「ここには俺とお前だけだ」って、いやいや、俺にそんな趣味は。
「うお」
「よ、よちゅあ様。あ、あの、これは違うんです。ま、まだ」
「エ、エリー。もうそんな時間か」
「お休みのところ、申し訳ありません」
「いや、何とか終わらせたと思ったら意識が飛んでしまったみたいだよ。起こしてくれてありがとう」
「真っ青になっておられますが、働き過ぎでお体のご様子が心配です」
「いや、大丈夫さ。これからお楽しみのカレー大会だからさ」
サークルクラウンに入り、そのまま宿へ案内してもらってエリーが持ってきてくれた執務机で書類をやっつけていた。
彼女には終わったと言ったけど、正直最後の方は記憶がない。
ま、まあ。残ってたとしても大した量じゃないはずさ。
いざ行かん。カレー大会……じゃかった神食を決める宴だったか。
何だったか覚えていないけど、エリーに起こされる前、酷い悪夢を見ていた気がする。
悪夢なんて思い出す必要もなし。忘れていてラッキーくらいに思っておこう。
「やあ。ヨシュアくん。ギリギリ間に合ったね」
「ヨシュア。席は暖めておいたぞ。座るがよい」
ほれ、と席を立ったセコイアが座るように促してくる。
座ると当然のように彼女が俺の膝の上に腰かけた。
ペンギンとセコイアが言う通り、もう間もなくカレー大会が始まりそうな様子だった。
「スタジアムみたいになってるんだな」
思わず感想を漏らす。
今回の宴のために特別に作られた会場は大がかりなものだった。
楕円形の観客席は奥へ行くほど高くなっており、観客席の上には屋根がある。
屋根には魔道具の電球ぽいものがぶら下がり、空は真っ暗闇であるが観客席は薄暗いものの不自由なく歩けるほどであった。
俺たちの席は他より一段高くなっていて、会場をしかと見渡せる。
ほほお。会場はそれぞれの種族ごとに分けられているようだった。
大森林に住むエルフは三種族に別れている。
一つは大森林の外でも暮らしている人もいるシヴィル・エルフ。他国の人がエルフと言われて想像するのが彼らだ。
ティモタや大森林風スープを出してくれる店の店主などが彼らと同じ種族だ。また、ハーフエルフといった人間との子供がいるのも、本種族の場合が殆どである。
殆ど、と言ったのは大森林にはエルフ族以外の人たちもいるからさ。中にはハーフエルフもいるかもしれないと思って。
シヴィル・エルフたちは数が多いと聞いていた通り、会場の半分近くを占めている。
次に薄い緑色の肌が特徴のフォレスト・エルフだ。彼らと同じくらいのスペースを占めているのがレイク・エルフである。
それぞれの種族の境目でも和やかな雰囲気で、エルフの官吏から聞いていた通り種族間のいざこざはなさそうに見えた。
みんな仲良く。素晴らしい。
連合国もそうありたいと願っている。今のところは連合国でもみんな仲良くやれていると思う。
「お。始まるみたいだな」
観客席から見下ろすことのできる広場へ大きな板が三枚運び込まれてくる。
板は三角形になるように観客席側に向けられ、どこからでも見ることができるように配慮されているのだと分かった。




