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373.絶対に働きたくないでござる

 バシャバシャとペンギンがバタ足する音が浴室に反響し、なんとものんびりした気持ちになる。しかし、彼との会話の内容は真剣そのものだった。

 彼が来てそうそうに先ほど新聖女の二人から聞いた神託と予言を彼に伝えたんだ。

 そうしたら、浴槽でバシャバシャやりだしてさ。この温度感の違いがペンギンらしい。

 過去にもタイヤをじっと眺めていたりする姿を目撃しているが、きっと頭の中では複雑な計算式が描かれていたことだろう。


「神託と予言の解釈かね」

「そうなんだ」

「この世界は地球と大きく異なるが、最たるものは実在する神だね。これが人々に与える影響は計り知れない」

「神や宗教は習慣や考え方の元になるものだもんな」

「そうだね。私は無宗教だが、善悪の認識や習慣なんてものは元を辿れば宗教から。もっとも、いろんな宗教が入り混じっているがね」


 一見すると回りくどいところからはじめるペンギンだったが、いい加減俺も彼のやり方を理解してきた。

 先に俺と彼の認識を合わせ。情報を整理する。迂遠に見えるが、結局彼のやり方でアプローチした方が結論に達するのが早い。

 法というものは国を支える根幹だ。多くの人が快適に過ごすことができるように集団というものはルールを定める。ルールに違反したらお縄となり塀の向こうというわけだ。

 ではルールはどこから来ているのか。

 過去の日本だと習慣や倫理観を法制化していた。特に倫理観は宗教に根差したものが多い。

 現代の法律も多くは西洋社会からもたらされたものであり、これもまた西洋の宗教から来ている。

 神が実在しない地球でもこれだけの影響があるんだ。神が実在するとなれば更に、となるだろ。


「この世界はいい意味で神と宗教が人々の生活に根差している。腐敗を知らない聖教とか脅威だよ」

「実在する神あってのことだね。さて、そんな神が告げる言葉は曖昧だ。神が人間社会の全てを把握しているわけではないことに起因するのかね」

「うーん。特に主語が分からないのが厳しいよな。王と賢き者ってなんだろうなあ」

「ふむ。王や賢き者は複数なのか単独なのかも不明ときている」

「え、そうなの? あ。確かに」


 過去の神託と予言を振り返ると者たちと表現していなくても複数のことがあった。単独の時もあるのだけどね。

 ペンギンのバタ足が激しくなる。俺のところまで湯しぶきが飛んできた。すかさず目に入らぬよう手ぬぐいでガードする。


「『王』の検討の前に『賢き者』から検討した方が全体が見えて来そうだね。王は概念的なものである可能性があるが、賢き者は人物だろうから」

「あ、ああ。そういう解釈もあるのか。確かに、確かに。賢き者ねえ。ペンギンさんしか想像できないのだけど」


 本人の前でいけしゃあしゃあと言ってのけた。照れなど俺にはないのだ。

 対するペンギンの動きは変わらない。

 今も聡明過ぎる頭脳をフル回転させている様子。


「賢きが何を指すか、だ。科学ならばヨシュアくんと私以上に知る者はいないだろう。しかし、魔法となればどうかね? 他にも農業となれば。または、長く生きることが賢きかもしれない。どうにも選択肢を絞ることができないものだね」

「あまり範囲が広過ぎても進まない。ここは科学と魔法の知識量と仮定して検討してみようか」

「『賢き者は王に(かしず)く。感涙し、叫ぶだろう。世界が変革される』だったかね。ヨシュアくんが感涙するものは何かな?」

「絶対に働きたくないでござる」

「何かね……それは」

「あ、つい。仕事を引退してのんびりと暮らすのが夢かな。趣味で開発とかするのもいいかも」

「ヨシュアくんの激務を終焉に導くもの、ということだね」

「人なのか概念なのか、結局のところ自分で何とかしなきゃ進まないと思ってる」


 俺の夢……夢と言っていいのか微妙なところだな。野望とでも表現した方がいいかもしれない。

 公爵の息子として生まれた俺は、為政者になることが宿命つけられていた。幸いなことに兄弟はおらず一人息子だったため、兄弟間の骨肉の争いなんてものはなくすんなりと父の後を継いだ。荒廃した国を立て直し、辺境に追放され、この地でもネラックを発展させることに概ね成功している。

 為政者として国を安定させるとともに富ませることは必須のことだ。そのために必死で働いてきた。

 そして、連合国としてもうまく国が回り始めている。後は立憲君主制をふっとばし、象徴君主制に持っていければ晴れて引退なのだ。

 一向に業務量が減らないけど、一応の青写真はある。俺ならできる……はず。

 ここまでうまくやって来たんだ。仕上げまで走り切ってやる。

 そんな俺の心を見透かしたようにペンギンがバタ足を止め、よっこらせっと湯船からあがった。

 

「目標に向かって達成できる見込みがある。何かしらの幸運が起きて棚ぼた的に達成し感涙する、という線は考え辛いか」

「まあ、のんびりしたい、と愚痴るだけだといつまで経っても変わらないからさ」

「素晴らしい。君を見ていると自然と応援したくなる。セコイアくんも他の友人たちも同じことだよ」

「本当に仲間には恵まれていると思ってるよ」

「ははは。それを引き寄せたのは君だよ。君がいてこそ、優秀なエキスパートたちが集まった。君でなければ、この場に誰もいなかったよ」

「褒めすぎだよ。俺は凡人だと自覚している。だからこそ、みんなに頼るし気持ち良く仕事ができるように自分の特権を使ってできる限りのことをしたいと思ってるんだ」

「君は自分の価値というものを低く見過ぎている。だが、私はそれが好ましいと思っているよ」

「ほ、褒めるのはこの辺で……恥ずかしくなってきた。ペンギンさんは感涙するものってあるのかな?」


 かああっと頬が熱くなった頬は湯の熱さからではない。

 パタパタと自分で自分を手で扇ぐと、ペンギンも真似をしてパタパタとフリッパーを動かす。

 続いて右のフリッパーを顎に当て「ふむ」と声を漏らした。

 

「私個人の興味は『この世界そのもの』だね。魔法、生物、全ては魔素やマナと言われる不思議なエネルギーがもたらすもの。地磁気はある。季節もある。しかし、地震のメカニズムも異なれば、天気の動きも異なる」

「一見すると地球と似たような事象も結果が同じだけで過程が異なっていることも多いからなあ」

「私はね。ヨシュアくん。おっと。自分語りは聞き苦しいだけだ。忘れて欲しい」

「え。全然そんなことないって。ペンギンさんのこと、聞かせてくれると嬉しい」

「そうかね。懺悔のようなものだ。聞いてくれるかね」

「もちろんさ」

「ヨシュアくん。私はね――」


 ペタンとその場で座ったペンギンが静かに語り始める。

 彼の前世は俺の想像した通り学者だった。大学で教鞭を振るっていた彼は定年を迎えても研究意欲が萎えることもなく、大学に残り研究を続けるつもりでいたらしい。

 といっても仕事人間というわけでもなく、ちょうど子供たちも独り立ちして孫を連れてきてくれるようになっていたので、定年を機に愛する妻と二人きりで旅行に出かけた。

 この頃が一番充実していたかもと彼は言う。

 それから僅か二年後に妻が急逝(きゅうせい)してしまい、一気に老け込んでしまった。気力もなく、たまに来る子供たちと孫に励まされながら余生を過ごしていたのだと。

 何にも興味を持てず、あれだけ情熱を注いでいた研究にも触れることさえなくなってしまった。

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