371.ご懸念……?
話はこれで終わりかと思ったら、枢機卿が優し気な声で思い出したかのように手の平をゆっくりと机の上に置く。
「ヨシュア様のご懸念、ごもっともです。しかし、ご安心を」
「は、はい」
ご懸念……? 枢機卿がエルフらに何か念押ししてくれたのかな。
だいたい想像はつく。口頭で俺の了解を取った後に文書化し、内容確認後、皆でサインを行う。
その際でも分かることであるが、曖昧にせずきちんと喋っておくことは肝要だよな。
ここは俺から彼に尋ねた方が良さそうだ。
右手をあげると、彼は「どうぞ」と机の上に置いた手を胸に当てる。一つ一つの仕草が本当に柔らかくて、何だか心が休まる気がするんだよね。
これが枢機卿の徳と言うものなのだ。あと30年経過しようが、俺には彼のようなオーラを出せそうもない。
まあ、その頃には別荘か何かでゆったりとした時を過ごしていることだろう。そうなれば、今よりは穏やかな雰囲気を醸し出せるかもしれない。
それでも彼の域に到達することはないだろうけど、ね。
「世界樹信仰のエルフの方々との取り決めは今回限り。次回もし同じように世界樹信仰の神託ギフト持ちが出た場合にはその際にゼロベースで協議する、といった内容を念押ししてくださったのでしょうか?」
「まさに。ヨシュア様にはご説明するまでもない、とは思っていたのですが念のためと思い」
「いえ。認識のずれがないかどうか確認することは重要なことです。私がお受けします、と枢機卿に申し上げる前に確認すべきことでした」
「そのようなことは……いえ。これ以上の謙遜は却って毒になります。この話はこれにて」
聖女の任期はそれほど長くない。20歳ごろまでに神託のギフトを失い、次世代へ託すことが殆どだ。
新聖女が一人前の聖女になるまでに数年教育期間を設けるが、聖女となってから次世代の聖女の教育を終えるまでの期間で見たとしても10年以下である。
だいたい6~8年くらいじゃなかろうか。
今代の聖女であるアリシアは神託のギフトを授かり、新聖女の教育を終えるまでは8年くらいかな? ただし、新聖女の教育期間を2年とした場合だけどね。
新聖女が二人という事情もあり、通常より教育期間が長くなるんじゃないかと見積もっている。それでも2年だ。
そんなわけで、マルティナの聖女としての務めも俺が大公の間に終わる見込みである。
もう一つ、口頭で確認しておくべきかと思ったが、この場で聞くべきことでもないか。文章の中に漏れていたら追加するように提案すればいい。
何かって?
俺がマルティナの聖女としての務めが終わる前に死亡やそれに準じる状態になった時にどうするか、だな。
その時は大森林の族長に任せる、とかが妥当なところかなあ。
「うんうん」と一人納得していると、じっとこちらを見つめるアリシアに気が付く。
目が合うと彼女はいつもの聖女スマイルを浮かべたまま、すっと新聖女の二人へ目をやる。
「ここにわたくし、枢機卿、そしてヨシュア様の三名が揃っております。新聖女の教育期間が終われば、ヨシュア様と枢機卿のお二人が『最初の聞き手』となります」
「ありがとう。じゃあ。神託を聞こうか。それとも先に枢機卿の予言を聞いた方がいいかな?」
「神託を授かっている場合には先に神託を口にし、次に予言を口にするのことが多いです」
「分かった。初めてのことだし、神託からにしようか」
枢機卿もゆっくりと頷いていた。神託から聞く順番で良いと彼も同意してくれたようだ。
よっし。随分と新聖女の二人を待たせてしまったけど、ようやく彼女らの出番である。
「マルティナ、リリー。二人とも神託の言葉が降りて来たんだよね?」
「うん」
「は、い」
「よし。じゃあ。リリーから、続いてマルティナでお願いできるかな?」
一旦、この場にいるアリシア、枢機卿、俺以外には退出してもらってからいよいよ、神託を聞く時間となった。
緊張から手先をワナワナと振るわせているリリーに水を飲んでもらい、落ち着いてきたところで発言してもらう。
「王が生まれる。驚愕と恐怖をもって」
穏やかなじゃない内容だな……リリーにマルティナが続く。
「の、ちに。かん、こに、かわ、る。しあわ、せ、の、もと、しん、じだい、の、とう、ち、がはじま、る」
マルティナには紙にも内容を書いてもらった。
新聖女に降りて来る神託は二人で一つの文面になるようだな。
まとめるとこうだ。
「王が生まれる。驚愕と恐怖をもって。後に、歓呼に変わる。幸せの下、新時代の統治がはじまる」
いかん。俺が動揺してどうする。
表面上だけでも平静を装わねば。他の人の表情が変わる前に急ぎ言葉を発した。
「言葉のまま受け取ってはならない内容ですね」
「さすがヨシュア様です。一切動じた様子がございません。では、予言も聞いてくださいますか?」
「お願いします」
「賢き者は王に傅く。感涙し、叫ぶだろう。世界が変革される、と」
おいおい。みんな俺を凝視しているじゃないかよ。
ちょっと待ってくれ。
もし俺が「賢き者」だとしたら、王とやらが何者か分かってるはずだろ。まるで想像がつかないぞ。
「情報を整理しよう。王にも、『賢き者』にも誰なのか全くもって想像がつかないけど、幸せの下という文言がある。悪い話と受け取るべきではないと思う」
「ヨシュア様が王にははーっとするの? 皇帝陛下じゃなくて、王に? お父様よりヨシュア様の方が頼りがいあるし、皇帝陛下ではないよね」
リリー。違う。俺は強調しただろ「賢き者」の方を。想像が付かないともハッキリと言った。
しかし、彼女のヨシュア様の言葉に誰しもが否を唱えない。本人が違うと言っているってのに、困ったものだ。
続いて枢機卿が発言する。
「王と陛下は別物かと思われます。これは……難解な神託と予言です」
「う、うーん。外で待ってもらっている人たちを呼んで、内容を伝えてみんなの意見を聞いてみよう」
できればセコイアに連れられて夜の街に繰り出したペンギンも引っ張ってきたい。
急がずとも翌朝には彼と会話することができるから、今は待とう。
彼に任せている役割の中に神託と予言の解釈について、という事柄はない。業務外のことで勤務時間外、更に夜の街で楽しんでいる最中に連れてくるなんて酷いことはしたくないものな。
もし、賢き者が俺の知る人物だとしたら賢き者はペンギン以外にあり得ない。
かといってこの世界の国名を何とか記憶している程度の彼に「王」について尋ねてもとは思わなくもないけど……。
ところがどっこい。入ってきたもらったハウスキーパーらもこんな感じであった。
「ヨシュア様が王に仕える、のですか」
「ヨシュア様が連合国からいなくなるの? アルルはヨシュア様と一緒がいい」
念のために言っておくが、エリーにもアルルにも賢き者が誰なのか分からないと伝え済である。
にもかかわらず、彼女らは賢き者が俺だと信じて疑わない……。
「賢き者が俺」で固定してしまうと、神託と予言の見解について幅広い意見を集めることが難しくなる。
ルンベルクはルンベルクで厳しい顔で顎に手を当てているし。
ここはやはり、固定観念のないペンギンに加え、セコイア辺りにも意見を聞いてみた方が良さそうだな。




