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370.早すぎる

 ただ事ではなさそうだったので、二人の新聖女――マルティナとリリーを連れて別室に。

 部屋の外にはアルルとエリーに待機してもらっている。外ではそろそろ馬術競技がはじまるようで、歓声が聞こえてきた。


「まずはオレンジジュースを飲んで、深呼吸をしてからにしようか」

「うん」

「は、い」


 椅子にちょこんと座った二人は素直にオレンジジュースを口につけ、半分ほど一息に飲む。

 同じ動作で両手を開いて、すーはーと深呼吸をして胸に手を当てた。

 彼女らのシンクロする姿が愛らしくて、つい頬が緩む。彼女らが深刻な状況だと分かってはいるのだけどね……。

 そんな姿を見せられたら微笑ましい気持ちになってしまうじゃないか。

 

「何があったのか聞かせてもらえるかな?」


 俺の問いかけに顔を見合わせる二人。

 そして、同時に喋り始め、お互いに再び顔を見合わせる。

 

「どちらからでもいいのだけど、よっし。じゃあ」


 コーンと指先でコインをはじき、落ちてきたコインを掴もうとしたら失敗した。

 むなしく乾いた音が響く。

 

「……」

「あはは。ヨシュア様。優しいんだから、ありがとう」

「う、ん」


 確かに少しでもリラックスしてもらおうとしていたけど、カッコよくコイントスの表裏で決めようとしていたのに締まらなかったな……。

 机の下に落ちてしまったコインであったが、リリーが「はい」と手をあげ「表」と告げる。

 もう一方のマルティナも「う、ら」と続いた。

 三人揃って机の下を覗き込んだら、コインは表を示していた。

 

「じゃあ。私から。さっきね。私とマルティナに神託が告げられたの」

「な、何だってえー!」

「よ、ヨシュア様。赤毛の美人さんみたいな大声……」

「ご、ごめん。あそこまでキンキンはしないと思うけど……」

「そ、そうね。盛りすぎたかも」

「だよなあ」


 「ははは」と頭の後ろをかき、苦笑いを浮かべる。

 

「えっと。どこまで喋ったっけ……」

「神託が告げられた、と聞いたよ」

「そうなの。神託が頭の中に浮かんで、ちょうどマルティナと一緒にいたのだけど、マルティナも同時に神託が浮かんだみたいなの」

「てことは、アリシアには神託が告げられなくなったってことか」


 今頃、ローゼンハイムは大騒ぎに違いない。既にネラックへ向かっていることだろう。

 アリシアと枢機卿は確実として、他にも聖教幹部やローゼンハイムの大臣のうち数名も同行しているかもな。

 電話もない世界で何で? と思うかもしれないけど、答えは単純だ。

 神託のギフト持ちであるアリシアが自分に神託が告げられなくなったことが分かるからである。

 このことはアリシアの前の聖女の時に経験したことなので、聖教に疎い俺でも知っていた。 

 また、聖女に神託が告げられたので、高確率で予言も告げられている。

 となれば、枢機卿がすぐに聖女であるアリシアへ神託が告げられなかったか? と問うことだろう。

 そんなわけで、アリシアが自分から動かないとは考えられないけど、彼女が黙っていたとしても枢機卿から問い合わせが来るので、そこで分かる。


「それでね。ヨシュア様。神託で告げられたことは」

「お、おっと。待ってくれ。まだ聖女教育を受け始めたところだから知らないだろうけど、神託は告げる順番があった気がする」

「そうなの? だって、ヨシュア様は連合国で一番偉い人なんでしょ?」

「一応、大公だから世俗のトップにはなるけど、神のこととなると話は別だろ。あああ。大森林の方はどうなんだったか。急ぎ、屋敷に戻って確認しよう。悪いけど二人もついてきてもらえるかな?」

「うん」

「は、い」


 えらいこっちゃ。えらいこっちゃ。

 いくらなんでも二人に神託が告げられるのが早すぎるだろ。

 アリシアの時は数年間聖女教育があった後に旧聖女と切り替わったんだよな。

 あくせく屋敷に戻ろうとしたら、エリーから「閉会式はいかがなされますか?」と聞かれ、焦り過ぎていた自分を恥じる。

 

 馬術競技が終った後は閉会のセレモニーになる予定だ。

 馬術競技を観戦することは諦め、マルティナとリリーの二人と一緒に屋敷まで帰ると共にルンベルクを呼びその場を任せる。

 もしアリシアらが俺のいない間に来た場合は待っててもらうように彼にお願いした。

 馬術競技も大いに盛り上がっていたらしく、競技場は熱気に包まれたまま閉会を迎える。

 大盛況のうちに幕を閉じた競技会は定期的に開催することを決めたが、反省点も沢山出た。ペンギンと会話していたように競技のカテゴリー分けをして開催したり、競技と競技の合間の時間節約、人員の効率化は今後開催していくに必須の検討事項だな。

 今回は初回だったので、大量の人員を動員した。ここまでの人員とコストをかけるとなったら、手軽に競技会を行うこともできないものね。

 目指すのは週に数回、競技場が何らかの競技で使われること。少し改善すればきっと上手く行く。

 定期開催ができるようになったら、次は観客数の問題とかが出てきそうだけど、それはまだ先の話である。

 

 ◇◇◇

 

 屋敷に戻るとちょうど、聖教の一団が到着したところだったらしい。

 夕飯時だったので、聖教の一団も誘って屋敷の食堂で会食会となった。

 聖教の一団全員を招待するつもりだったのだけど、枢機卿とアリシアとお付きの二人以外は教会に用事があるとの建前で固辞となる。

 一緒に食事をするのもなかなか難しいことだよな。

 他にはマルティナとリリーはもちろんのこと、ハウスキーパーの三人にシャルロッテも同席してもらった。

 ペンギンとセコイアは夜の街に繰り出しやがったんだよ。ち、ちくしょう。

 俺も行きたかった……。お祭りの後の夜の街なんて楽しみしかないだろお。

 しかし、急ぎ駆け付けてくれたアリシアと枢機卿に、待っててもらった新聖女の二人を前にしてそんなことを言ってもいられない。

 シャルロッテだって朝からずっと競技会の指揮を執ってくれていて、そのままだもんな。もちろんハウスキーパーの三人も、だ。

 バルトロだけは、選手として参加していたので選手らと親睦を深めてもらうようにお願いしてこの場にいない。

 

「まずは食事にしましょう」


 挨拶をした際にアリシアと枢機卿にはこちらの事情を伝えてある。

 新聖女の二人に神託が降りたこと。神託の伝達手段が未確定であるので、彼女らから神託の内容を聞いていないこと。

 の二点だ。

 枢機卿には予言が告げられているようで、すぐに伝えようとしていたのだけど待ってもらった。


「早速ですが、ヨシュア様。大森林との調整結果をお伝えしたく」

「もう話がついたのですか?」

「はい。丁度ヨシュア様に文をしたためていたところで、今回の事態となりましたため直接お伝えした方がよいと判断しました」

「お願いします」


 では、と。水を一口飲んだ枢機卿が会釈して言葉を続ける。

 

「世界樹信仰としては、聖女様のいらっしゃる地の為政者を同席させて欲しいとのことでした」

「世界樹の神官や巫女はその場にいなくても、ということですか?」

「おっしゃる通りです。世界樹信仰にはご存知の通り巫女や神官がいますが、神事のみを行っているわけではなくそれぞれ世俗の生活がございます」

「聖教と異なり、まとめ役や上役がいないのですね」

「明確には決められておりません。ですので、ヨシュア様ならば神託をこれまでのように政治利用せず扱ってくれるはずだと回答が参りました」

「わ、分かりました……謹んでお受けします」


 丸投げきた……。ま、まあ。予想の範囲内だよ。

 今後、神託が降りた際には枢機卿と共に俺も同席すればいいんだな。新聖女はネラックに住むわけだから、問題はない。

 俺の元に情報がやって来るまでの時間が早いか遅いかの違いだけである。

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