369.口を開けて待っている
「ほれ。休憩時間じゃ」
「さすがに三つは入れ過ぎたかなあ」
サッカーの試合が終わると、お昼休憩に入る。
セコイアは待ってましたとばかりに肉串やソーセージに齧り付いていた。
肉系に肉系……胸焼けしそうだけど彼女は平気らしい。しかしきっと――。
うん。そうだよね。彼女は無言で残り半分を俺に握らせてくる。
ううむ。試合観戦なら焼きそばとビールが欲しいな。作ろうと思えば作れそうだけど焼きそばを見たことがない。
そんな中、焼きとうもろこしを食い散らかしていたペンギンがふと上を向く。
「競技会はこれが初回なんだろう? むしろ競技数を増やして欲しいとの希望が多いかもしれないよ」
「これ以上増やすとなると、入れ替えが厳しいよね」
「そうだね。ハーフパイプとサッカーだと設備が違いすぎる。サッカーとラグビーならまだ切り替え時間が少なくて済むのではないのかね」
「カテゴリーをまとめて、カテゴリーごとに開催した方がスムーズだよね。今回は人海戦術でごり押ししたものな」
競技場の模様替えは計画通りであるが、競技時間と模様替え時間が同じくらいかかってしまっている。
模様替え用に結構な人数を集めたってのに。
順番も考えてある。サッカーはゴールポストと白線だけなので二つ目の競技に持ってきたのだ。同じ理由でスケートボード競技を最初にした。
スケートボード競技の難点はハーフパイプを移動させるのが、非常に手間なのだ。ハーフパイプはとにかく重い。
移動させる練習をした時に思った以上に時間がかかってしまった。スケートボード競技を一番最初の開催とすれば、搬入の時間を省くことができる。
ここでお昼休憩にしたのも、次の競技準備に時間がかかるからなんだよね。
持って生まれた能力差が少ないとセコイアが言っていたので、後から無理無理ねじ込んだ競技が午後から開催される。
何かって? 馬術だよ。馬術。
競馬レースにしようか迷ったが、細かいルールを定めてもジョッキーがそれを全て覚え実践できるかは別問題。
馬同士が斜行しまくりでぶつかりでもしたら大怪我の元だものね。
まだセコイアが半分だけ食べた肉串もソーセージにも口を付けていないというのに、彼女は更に食べ物を口元に寄せて来る。
この特徴的な黄色い皮はあれだあれ。
「ほれ」
「ん。バナナか。バナナうめえ」
セコイアに持ってもらったままバナナを完食した。
彼女は俺がバナナを食べたことに満足したのか、八重歯を出して腕を組む。
「うむうむ」
「そろそろ、肉のタレを拭いたいんじゃないか」
セコイアの口元がべたべただったので、ハンカチで拭う。野生的というか、なんというか。大食い大会の時はちゃんと口元を拭いていたよな。
まさか、俺が彼女の口元を綺麗にすることを見越しているのか?
存外考えているではないか。涎狐さんは。
ほら、膝の上にいる彼女の口元が汚れたままだったら俺の服が汚れてしまう。「そのままではたまらん」ということで俺が彼女の口元を綺麗にした。
つまり、俺が彼女の口元を拭うことを見越して行動していたのだのだよ!
こ、こいつめえ。
デコピンしてやろうかとしたところで、ふくらはぎがチクチクする。
椅子の下を覗き込むとオレンジ色の爬虫類が寝そべっていた。
「いつのまに」
「ニクニク」
オレンジ色の爬虫類はいつものセリフを発して、のそりと起き上がり椅子の下から出てくる。
パカリと大きな口を開け、まんまるの黒い目がまっすぐ俺を見据えていた。
ふむ。ソーセージも肉串はセコイアから渡された時のままで半分残ったままである。他にも食べ物はたんまりとあるし、残すのは勿体無いよな。
串ごとオレンジ色の爬虫類ことゲ=ララの口に放り込んだ。すると彼はバリバリと串ごと食べてしまった……。しかし、まだまだ足りない模様。
彼にはシャルロッテがちゃんと餌をあげてたんじゃなかったっけ? もしそうなら追加で餌を与えると、食べ過ぎになってしまいそう。食べ過ぎは肥満の原因になるよな。
ペットの肥満は飼い主に責任がある。シャルロッテに断りなく勝手に餌をやるのはよろしくないかもしれない。
しかしだな。ゲ=ララが口を開けて真っ直ぐ俺を見つめているのだ。
「シャルに餌を貰ってるんだよな?」
「ニクニク」
「ワザとニクニクで誤魔化そうたってそうはいかないんだからな」
「もらってない。ニクニク」
「ほんとかよ……シャルの匂いなら分かるよな? 彼女に肉を貰うといい」
案外素直だったゲ=ララは小さな羽をパタパタさせて飛んで行った。
迷いなく進む姿から、彼はシャルロッテがどこにいるのか分かっているに違いない。
移動するのが面倒で俺にねだったのかもしれない。あれでも覇王龍の使者なんだよな。食べ物のことしか考えてなさそうに見えるのだけど、実はそうじゃない?
う、うーん。詮索するのはよしておこう。
下手なことを考えると、覇王龍から突然脳内に声が届いたりしかねない。
「何か食べようかな。ペンギンさんの食べているトウモロコシとか縁日ぽくていいね」
「悪くない。醤油味ならよりよかったのだが、ないものねだりをする気はないよ」
「醤油かあ。魚醤ならあったはず。共和国から輸入していたと思う」
「ほほお。ローゼンハイムにかね?」
「うん。今ならネラックのレストランにも魚醤を使った港料理を出すところもありそうだよな。探してみよう」
「発見したら私も誘って欲しい」
「もちろんだよ。街を散策するのって楽しんだよな。しばらく見てない間に店が増えてて、街の規模も大きくなって一日じゃとてもじゃないけど散策できないし、飽きることはまずない」
「そうだね。魔石機車や路面機車での移動も良し。馬車でも移動ができるのだったね」
「交通手段も増やして、街の物流はかなり強化されたよ。トラックがあればいう事なしだけど、それはさすがにさ」
「車両はまだまだ難しい。自転車でもパーツを規格化するにはまだまだ工業精度が足らないよ。それでも数年あれば自転車なら開発可能と見ている」
「マジか! 自転車があれば散策も捗るなあ」
なんてことをペンギンと喋っていたら、エリーが焼きトウモロコシを持ってきてくれた。
ん。彼女だけじゃなく、アルルもやって来たじゃないか。彼女が護衛していた新聖女二人も連れて。
新聖女の二人にも競技会を楽しんでもらえるように、特別席を準備していたんだ。
わざわざ挨拶に来てくれたのかな?
「ヨシュア様あ!」
「あ、あの、わ、わた、し」
ん。挨拶の割には二人の表情が切羽詰まっているように見えるのだけど、一体?
一抹の不安を覚えながらも、柔らかな笑顔を浮かべ彼女らに挨拶を返す。




