366.力はパワーである
「行きます」
静々とお辞儀をしたエリーの長い黒髪が揺れる。幸にしてこの場には工事担当者数人と俺たちしかいない。
もちろん既に口止めが完了している。お淑やかな女の子なのだから、恥ずかしがっちゃうものね。
片手でひょいと自分より大きな瓦礫を持ち上げるエリー。
その様子に親方も含め工事担当者たちが尻餅をつく。あれくらいなら、軽々だよな。うん。
「あの辺まで投げれそう?」
「はい」
俺が問うと彼女はコクリと頷く。
手首を返すだけの動作で彼女より大きな瓦礫が50メートルほど宙を舞い、指定した位置に着弾した。
地下水が噴出した水たまりには既に浄化の魔道具をいくつか置いている。これもエリーに任せたのだ。彼女の魔力密度なら、魔素の籠った地下水にも影響を受けない。
セコイアにエリーの魔力密度なら平気だと聞いてから、実際にエリーに地下水へ指先をつけてもらって何ともないことを確認済みである。
狐耳曰く、綿毛病の原因であるバンコファンガスに影響を受けないだけの魔力密度があれば地下水に触れても平気なようだ。
え? 俺は? バンコファンガスの影響を受けないじゃないかって? 低い方だとダメなのだよ。
ほらセコイアも言っていただろ。俺が地下水に触れると溶けるってさ。肌だけじゃなくて骨も……らしいよ。恐ろしや。
もちろん、実際に溶けるかなんて試してないのは当然のこと。
内心、戦々恐々としていると澄ました顔でエリーが問いかけて来る。
「ヨシュア様。次はいかが致しましょうか?」
「お次はこれを」
呆然とする親方に目を合わせ確認する。対する彼はハッとしたように左右を見渡し、再起動した。
続いて彼はカクカクと首を縦に振り「位置が合っているよ」と示してくれた。まだまだ、彼は目の前で起こった衝撃の事実を受け入れられていないらしい。
次の瓦礫は先程エリーが投げたものより一回り大きかったが、彼女はやはり片腕で持ち上げる。ま、まあ、家ごとでも彼女なら持ちあがっちゃうものな。
飛行船でも平気なんじゃないだろうか。
そんなこんなで、人の手では運ぶのが困難な瓦礫をエリーに移動してもらった。
あとは吹き出した地下水が雨水などで広がってこないように囲いを作り完成だ。細かいところはモルタルで埋め、水漏れしないことも確認できた。よしよし。
更に水が噴き出てくることも想定して、多目に浄化の魔道具を投入したしこれで安全確保完了だ。
まだまだ時間があるので、次の計画へ移ることにしようか。
「ダグラスは元々あった道を活かしたいけど、これからも工事の際に水が湧き出ることも想定し、安全地帯を作るためにも十字路を作ります」
「なるほど、なるほど。広い路はいざという時の避難場所にもなりますね」
「大きな瓦礫が邪魔をしていると思いますので、エリーに任せます」
「は、はい」
工事責任者の顔が引き攣る。気持ちは分からんでもない。ムッキムキの大男が持ち上げるなら素直に賞賛できる。
しかし、メイド服の華奢な女の子が片腕で軽々となれば、絵的に納得し辛い。
そんな中、ペタペタと工事責任者の後ろから歩いてきたペンギンが「よっ」と右のフリッパーを上げる。
「ヨシュアくん。ダグラスは新しい技術を取り入れた都市作りをするのだったよね」
「うん。飛行船の発着場も作るし、魔石機車の駅も作るよ」
「ふむ。そこで一つ提案があるんだが、景観的に問題かもしれない」
「景観……一体どんなものを考えているの?」
「アスファルトさ。以前検討した時のことを覚えているかい?」
「う、うん。確か――」
まさかここでアスファルトの話が出るとは思ってなかった。
ペンギンの言うようにアスファルト舗装のことを検討したことがある。
コンクリートで舗装するのではなく、アスファルトで舗装したらどうじゃないかってね。
俺たちが使っているのは古代ローマで使っていたコンクリートに似たものだ。ローマンコンクリートは現在の地球で使っているコンクリートより頑丈であるが固まるまで時間がかかる。
そして、日本の道路を想像してみて欲しい。
コンクリートよりアスファルトで舗装された道の方が遥かに多いだろ。
幸いにもアスファルトが手に入った。ならば使わない手がないってね。
だけど、この世界には魔法がある。固まるまで時間がかかる問題は魔法でクリアできるんだ。
逆に高温にしてかつ、圧縮しなきゃならないアスファルトの方が高コストになってしまう。
なので、コンクリートでいいんじゃないか、って話になった。
なんてことをペンギンに説明したら、「そうそう、その通り」とペンギンがパカンと嘴を開く。
「ダグラスでは新技術を取り入れると聞いている。だったら、アスファルト舗装を試してみないかね?」
「実物を作って技術を残して行こうってことかな。コンクリートの代替手段となれば、最も有力なのはアスファルトだよな」
「実際に舗装を行うことで問題点も見えてくるだろうし、コストも安くなってくる。試せる機会があるのなら、試してみてもいいと思ったのだよ」
「確かに。やってみよう。景観については多分、俺とペンギンさん以外は何とも思わないよ」
「そうかね。広いアスファルトの道をてくてく一人で歩いていたらソワソワしないかね?」
「俺はきっとソワソワする。他の人は問題ないよ。そうだな。エリー。アルル」
ここでエリーとアルルに声をかける。
呼ばれた二人はすぐさま反応を返してくれた。
「はい!」
「エリーはここに」
ビシッと右腕をあげるアルルと、胸に手を当てるエリー。
「ネラックの大通りがさ。真っ黒になったらどうかな?」
「黒ですか。暗くなるかもしれませんが、高級感が出るのではないでしょうか」
「真っ黒って余りないカラーリングだものな」
「はい。家具を黒く塗るにもお金がかかると聞きます。黒大理石はそれなりに高価なものですから、床を黒大理石で作るとなると。ヨシュア様は黒大理石がお好みなのですか?」
「いや、俺は特に拘ってはいないよ。アルルはどう?」
「アルルは、暗くても平気。眩しくないかも?」
二人にお礼を言ってペンギンに向け「な」と親指を立てる。
俺とペンギンは徒歩でアスファルトの大きな道を歩くとソワソワしてしまう。
これは、俺の勝手な呼び名を使わせてもらうと「エスカレーターの法則」の影響を受けているから。
そんな法則聞いたことがないと思うだろう。俺が勝手に名付けているだけだから、聞いたことが無くて当然である。
エスカレーターが止まっている時にさエスカレーターの階段を自力で登ると何だかふわふわしない?
エスカレーターの階段って黒と黄色の枠じゃないか。あのカラーリングの階段は自動で動くと俺たちは認識している。
自動で動かないエスカレーターの階段を登っていると、動いているものだと脳が錯覚し変な気持ちになってしまうのだ。
国道の車がブンブン行きかう道の真ん中で寝そべるのなんて怖いじゃないか。そんな落ちつかなさがあるんだよ。
だけど、国道やエスカレーターを知らない人間からしたら、そのような違和感などない。
道は道だし、階段は階段だ。
その証拠にエリーたちは何ら違和感を覚えないとうわけなのである。




