365.現場現場
あれから一週間……俺たちは再びダグラスに来ていた。
お早いお帰りで、うん、そうだね。そうだよ。
派手にプロジェクトだ! と立ち上げたは良かったものの、結果的に言えば必要なかった。
かといってプロジェクト自体が失敗なのかというとそうでもない。
爆気層もフィルター層も飲料水の質的向上に大きく貢献する。ここダグラスでも井戸水を直接飲むことをやめ、上下水道を整備する予定だ。
井戸水は病気の原因になったりするからね。浄水した水を飲んだ方が安全だろ。
どっちが飲んでおいしいかは別問題だけど。川や井戸水を否定するわけじゃない。人それぞれに任せようと思っているが、ダグラスに関してはしばらくの間、飲み水の管理を行う予定だ。
魔素を含んだ地下水は人によって毒になる。俺が飲むとぽっくりいくとセコイアが言っていたっけ……恐ろしや。
「こんな小さな魔道具で毒水が浄化されるのですか?」
「物は試しということで、アルル」
「うん!」
浄水設備を整えるには大工事になるので、先に触れたら溶けるという地下水の浄化を行うことにしたんだ。
半信半疑といった様子の親方に向け、まあ見ててくださいと片目を閉じる。
用意したのは小さな箱で、箱から長い紐が伸びていて先に石が取りつけれていた。
アルルが石の部分を持ち、箱を井戸の中に投げ入れる。
ちゃぽんと井戸水に箱が入ったことを告げる音がして、アルルが石に触れた。すると、石が赤色の光を放つ。
「おお。ちゃんと光ったな」
「どれくらいの水量があるのだろうね」
「魔力量から推測するに……10分くらいかのお」
喜色を浮かべる俺にペンギンとセコイアが続く。
アルルが石から手を離しても、石は赤く光ったままだ。
ここまでは実験通り。
「赤はダメー。青は大丈夫ー」
「うん。セコイア曰く、10分くらいなんだってさ」
えらいぞとアルルを褒めながら、ニコリと微笑む。
様子を窺っていた親方が遠慮がちに口を開く。
「大公様。これは一体?」
「毒水の原因は魔素が通常より濃いことでした。先ほど井戸に投げ入れた箱は魔素を吸収してくれます」
「危険が無くなると赤色が青色の光に変わるのですか?」
「その通りです。これで問題なければ、他の井戸にも魔道具を投入します」
「大公様が開発されたのですか……? これほど短期間で」
「いえ。開発したというか、気が付いたというか……ですが、きっと上手く行くはずです」
井戸水に関しては対応できるとあの後セコイアと喋っていて気が付いちゃったんだよね。ペンギンが。
ヒントはイオン化傾向だった。
イオン化傾向って何だって? 俺もペンギンから聞いてようやく思い出したくらい知識が薄い。
イオン化傾向とは金属が水の中で陽イオンになろうとする性質のこと。
うん。良く分からない。
リチウムが一番大きく、金が一番低い。まあようは、金属によって反応のし易さが違う。
でだ。水と魔素と金属を並べたところ、水と魔素の繋がる力より金属と魔素の繋がる力の方が大きい場合、魔素が金属に移動し魔法金属になるのだ。
今もやっているのだけど、発電して魔力に変えて魔法金属を作っているだろ。
魔法金属になるかならないかは空気中の魔力濃度によって決まる。
水の中に溶け込んだ魔素は既に水とくっついているので空気中と異なり、魔素が外に漏れ出さない。
だけど、水中の魔素濃度に応じて水と魔素の繋がる力が変わり、金属と魔素の繋がる力も変わる。
なんだ。空気中で魔法金属を作るのと似たようなものじゃないか、と気が付き、色んな金属で反応するか試したんだよね。
すると、水晶ならば井戸水の魔素濃度以下の場合は全ての濃度において水より魔素と繋がる力が強いことが分かった。
そこからは早かったんだ。
水晶を箱に入れた魔道具を作成した。水晶は魔石の上位版みたいなもので、魔法金属とは異なる。
通常の魔石の10倍の魔力を溜め込むことができるのだ。
なので、水晶に含まれる魔力を使って魔道具を動作させる。そして、魔力を消費すると水晶が地下水の魔素を吸収して……と水中の魔素が尽きるまで永久機関となるのだ。
水中の魔素が危険濃度以下になると青色に光るように調整しておいた。青色に光る状態で放置しておくと、いずれ水晶の中の魔力が尽きて光らなくなるのだけど、光ってないか青色ならば大丈夫と覚えておけばいい。
一方で、魔素が危険水域にある場合は赤色に光るといった具合だ。
待つこと10分。石から放たれる光が青色に変わった。
「これで大丈夫なのかな?」
手押しポンプを押そうとしたら、アルルだけじゃなくセコイアからも止められてしまう。
「アルルがやるよ」
「猫娘に任せておくがよい」
「安全なんじゃ……」
と不平を漏らしたらセコイアに尻尾でしっしとされた。
なんだよ。彼女なら地下水の魔素の濃度がどれくらいなのか狐センサーで分かっているだろうに。
念には念を、なんてことも必要ないんじゃないか。
俺のことを案じてくれているのだと思うことにしよう。
「はい!」
桶に並々と入った地下水を眺める。
さて、見ても分からない俺やペンギン用にちゃんと測定器も準備してきているのだ。
魔素の測定器自体は元からある。空気中用だったので、トーレにちょいちょいと改造してもらって水中計測用にしてもらったのだよ。ふふん。
見た目は懐かしのガラスタイプの体温計のような感じになっている。
赤い線が上下することで濃度が分かる優れものなんだぜ。目盛りに書かれた数字を見れば良いだけだ。
「測定も俺じゃない方がいいの?」
「構わんが、猫娘に引き続き頼んでおくがよいぞ」
そうだな。あれほどウキウキした様子のアルルだもの。猫耳をピコピコさせちゃって。
温度計型測定器を水に差し込んだ彼女はじーっと目盛りを見つめる。
「大丈夫ー」
「よっし。俺が触れて問題なければ問題ない、でいいか?」
「その必要はない。ボクが何のためにいると思っているのじゃ」
「……測定器必要だったか?」
「必要じゃ。宗次郎も言っておったじゃろう」
「そうだな」
理屈はもちろん分かっているさ。冗談だよ、冗談。
「これで毒水が浄化されたのですか?」
「はい。問題ありません。触れても大丈夫です」
測定だけじゃ俄かに信じられるものでもない。親方は桶に指先を浸し驚きの表情を浮かべる。
「全くピリピリしなくなりました! 大公様の叡智……改めて恐れ入りました!」
親方が自分の指を握ったり開いたりした後、深々と頭を下げた。
よっし。こっちの検証実験は完了だ。
お次は問題の発生源となった地下水が湧きだしてしまった現場に向かうとするか。
魔素対策は全く間に合わなかったのだけど、問題ない。
今後、地下水が吹き出した時はどうしようかな、一旦、浄化の魔道具を設置して退避してもらえば何とかなるか。
今回の地下水が吹き出した件に関してはすぐに終わるはず。
強力な助っ人が先に現場に行っているはずだからね。




