359.総選挙
「……なるほど……」
ご丁寧なことに過去三年分の実際に捧げられた神食を味見させてもらった。
何というか、微妙……。
「一つお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「はい。厳しいご意見ほど頂きたいです。遠慮せずおっしゃっていただきたい」
「これまでのお話しから神食は言わば大森林スープ総選挙みたいなものと認識しています」
「総選挙……ですか」
長老は今いち腹落ちしていない様子。
そうか。選挙と言われても選挙制度がある国じゃないと想像もつかないか。
「神食は長老会で決定するものの、各部族……いや個々人が最もおいしいと思う大森林スープを神食に推す、のですよね」
「さすがヨシュア殿。もう本質を理解されておられる。世界樹祈祷祭で捧げられる神食はその年の最も美味な大森林スープでなければならない、と決まっています」
「世界樹に捧げるのですから、最高の大森林スープを、ですね」
「誰もが納得する最高の大森林スープを神食として捧げる、これが世界樹祈祷祭の最も重要な儀式です」
やっぱり思った通りだった。
過去の神食は正直味がぼやけていて、最初の出された各種族所縁の大森林スープの方が余程美味しかったんだ。
あくまで俺の主観なのだけど、三種とも過去の神食より方向性がハッキリ決っていてブレていない。
各種族が妥協した産物が神食で、誰もが納得しないものになっているんじゃないだろうか。
俺が言うまでもなく長老らはそれを分かっていて毎年議論時間だけが伸びている。
「議論は長老会がそれぞれの部族から意見を吸い上げ、長老会内で決定するのでしょうか?」
「だいたいそのようなところです」
「神を冒涜する意思は一切ありませんが、私から一つ提案があります」
「是非。お聞かせください!」
長老だけでなくエルフ全員が前のめりに耳をそばだてた。
く、食いつき良過ぎだろ。
「大森林にはきっと腕のいい料理人が多数いることと思います。我こそはと思う料理人が大森林スープを作り、なるべく多くの領民がどの大森林スープが一番おいしいかを投票してもらうんです。その結果、最も得票数が高かった大森林スープが本年度の神食となる、という勝ち抜き戦はいかがでしょうか」
「その発想はありませんでした! 結果を先に出し、それに対して皆で選ぶということですね!」
「部族ごとに好みも異なるでしょうから、各料理人ごとに戦略はあるでしょう。一人の料理人に任せることで味がブレることなく、その料理人が最も万人受けすると確信した大森林スープが出てくるはずです。中には自らの部族に特化した大森林スープを作る人もいるでしょう。題して『大森林スープ総選挙』です」
「面白い! 本年度はヨシュア殿の提案を議題にあげ各部族に意見を聞いてみます。至高の料理人が一堂に会し大森林スープの腕を競う。夢の祭典ですね」
は。はは。
自分で総選挙という言葉を使ったことから思いついたのだけど、長老たちがここまで食いつくとは思ってもみなかった。
現状の神食は船頭多くして船山に上るを地で行く状態である。
料理人たちがそれぞれ作るとなれば、少なくとも今のような曖昧な大森林スープはならないはず。
もちろん問題もある。競争となれば、選ばれたいがために血で血を洗う争いをしたり、裏で陰謀が渦巻き種族間や村同士がギスギスしたりするかもしれない。
この辺の塩梅って難しいんだよね。
せっかくの食の祭典なのだから、みんな正々堂々と挑んで欲しい。選ぶ方も買収なんかされたりせず、純粋に自分がこれだと思ったものを選べるようにしなきゃ意味が無くなる。
最悪の場合、毎年の大森林スープ総選挙が権力闘争をするための場となってしまう。
ん。何やらもうエルフたちは議論を始めているではないか。
気が付いた長老が顎を下げ謝罪してくる。
「ヨシュア殿。失礼いたしました。ヨシュア殿の抜本的な改革案に皆興奮しておりまして、そのまま議論に入りそうな勢いでした」
「いえいえ。素人のアイデアですので、どうか案が争いの種にならないようにお願いできればと思います」
「もちろんです。別の形になるやもしれませんが、結果の中から選ぶアイデアは必ずや大森林に福音をもたらすことでしょう」
「楽しみにしております」
どうにかこうにか長老たちに意見を出し、それなりの成果が得られよかった。
◇◇◇
その日の晩。お食事の件で官吏に相談すると、それはそれは嬉しそうにどのような大森林スープをお持ちしましょうか? と聞いてきた。
代表的なのをいくつかと、各人辛さの好みがあるので合わせてくれると助かると伝えたところ――。
「すげええ。これほどのバリエーションがあるとは」
「ダル、バターチキン、黒色のもの、海鮮もありそうじゃないか」
ズラリと並んだ銀の器に声を上げる俺と「ほおほお」とフリッパーを振り上げるペンギン。
「ヨシュアも宗次郎も大森林スープが好きすぎるじゃろ」
呆れたように腕を組むセコイアであったが、鼻がヒクヒクしている。
何のかんの言っても彼女は食道楽。辛いのが苦手だからカレーにそれほど惹かれないのかもしれないが、彼女にとって珍しい料理となれば気にならないわけがないのだ。
俺とペンギンがこれほど熱を上げるのは仕方ないことだと言っても分からないよな。きっと。
ラーメンに続きカレーもまた俺とペンギンにとってはソウルフードである。この世界に生まれてからずっとカレーを食べることができなかったんだ。
ネラックで大森林スープを初めて食べた時はどれほど驚き、嬉しかったことか。
インド風カレーということを差し引いても、あの店に通いたくなる衝動を抑えることができないほどだった。
お。来た来た。
エルフのシェフがおずおずと俺の耳元に口を寄せる。
「ヨシュア様。これでよろしかったのでしょうか?」
「ありがとうございます。バッチリです! みんなに配っていただけますか?」
ナンだけじゃなく俺からお願いした一品も配膳され始める。
カレールーと同じく銀の器に入ったそれは、ピンと粒が経ちピカピカの白。
そう。こいつは米だ。
日本でインド風カレーを頼むと、店によってはナンと一緒に器に入った米を出すところもある。
インド風カレーでも米と食べても美味しいんだぜ。ナンはナンでもちろん美味しい。どっちも味わいたいと思うのがカレー魂ってやつよ。
元々スプーンは大きな銀の皿に乗っているから食器の問題はない。
「いただきます!」
どのカレーにつけるか。ここはそうだな。
辛さが好みだった黒色のカレーにしようか。ほお。黒色のカレーはひき肉が入ったキーマカレーだった!
ライスと混ぜて口に運ぶ。
「こいつは……うまい。うまいぞお」
とんこつラーメンを食べた時に似た感動が胸中に渦巻く。
大森林スープに乾杯。今夜はそんな日だった。
明日からまた激務が始まる。
……今はそんなことを思い出したくないぞ。カレーを心行くまで味わおうではないか。