358.難題
この三皿は共に粉の色が混じっていることからいくつかのスパイスを混ぜ合わせたのかな、と思われる。
白系、黒系、何だかよくわからない金属光沢の三種類だ。
味わいとしてはカレーマニアの俺が判断するにクミン・コリアンダー・ターメリックを混ぜ合わせたものに似ると感じた。
クミン・コリアンダー・ターメリックの三種はカレーをカレーたらしめている基本的なスパイスである。
「う、うーん。これも私の舌では同じような味に感じます」
「ヨシュア殿の反応を拝見する限り、相当大森林スープにお詳しいと見受けられます。そこまで大森林スープを愛してくださっていたのですね!」
「大森林スープ……の解釈が異なっていたら申し訳ありません。スープ独特の味わいを出すベースとなるのが、今私が味見をさせていただいたブレンドスパイスで、辛さを表現する基礎となるのが最初に味見をしたスパイスと見ています」
「その通りです!」
お。おお。どうやらカレーと大森林スープは同じようなものと考えていいらしい。
ネラックで味わった大森林スープことインド風カレーがたまたまインド風カレーの味わいになっていたのではなく、スパイスの構成もカレーと同じだった。
となれば、アレンジしようがカレーになることは必然。本場の大森林スープもカレーである。
ならばスパイスの調整次第では日本風カレーにもできるんじゃないか?
こ、こいつは夢が広がる。
お、おっと。顔に出ないようにしなきゃ。今は深刻な話をしている最中だから。
「スパイスを味見させていただきましたが、神食の問題とはどのようなことなのでしょうか?」
「失礼いたしました。同じ味のスパイスが別の種類であることが悩みの原因なのです」
「それぞれ素材は違うのですよね?」
「はい。よろしければ三種の大森林スープをお持ちさせていただきます」
「ちょうど空腹だったのです。是非食べさせて頂きたいです。できれば、パンも一緒に」
長老が指示を出すと、待ってましたと言わんばかりにようやくインド風カレーが運ばれてきた。
ルーは三種あり、それぞれ銀色の器に入っている。
これ……ひょっとして銀じゃなくてミスリルか。
膝の上のセコイアに尋ねてみたら、ミスリルでビンゴだった。
曇り一つない銀の皿の上に銀色の器が三つ。豪快にナンが乗せられはみ出しそうなほど。
どの器からもいい香りが漂っている。
スパイスの時と異なり、何も言わずとも同行してくれた人たちの分とエルフたちの分も食事が運ばれて来た。
「エリー、アルル。二人とも座って一緒に食べよう」
「ですが……」
戸惑うエリーに長老も笑顔で「どうぞ」と促す。
「だろ」と顔で彼女に示すと、ようやく彼女らも着席してくれた。
食事なのでセコイアには俺の膝の上から隣の席に移動してもらう。
「ほ。ほお。これぞまさしくカレーの香り。ネラックの大森林風の店と同じだ」
「ペンギンさんもあの店行ったんだ」
机の上に乗ったまま興奮した様子のペンギンに問いかけると彼は嘴を上下にカクカク揺らす。
「一緒に行ったんじゃなかったかね。私も記憶が曖昧だ。あの店はダルカレーやら種類があったが、これは敢えて具材を抑えているようだね」
「スパイスが論点だったから、分かりやすいようにしてくれたのだと思う」
俺の発言を聞いていた長老が「まさしく」ともろ手を上げる。
「では、さっそく。いただきます!」
「いただきます」
俺が両手を合わせるとペンギンも両フリッパーをペタンとしようとして微妙に届いていない。
フリッパーって案外短いのな。
アルルとセコイアは俺と同じように手を合わせ、エリーは目を瞑り聖教式に指先を四角に動かす。
それぞれがそれぞれの「いただきます」をする。これが俺たちのやり方だ。
俺が口をつけるまでみんなが待っている様子。だけど、気恥ずかしくペンギンと目を合わせたら彼もスプーンを……持てなかった。
アルルが専用の器具をペンギンに装着し、彼もようやく食べる準備ができた。
インド風カレーってスプーンより素手を使う方が大半な気が……ま、まあいいか。
さて、どれから行くか。
三種類のカレーはそれぞれ色がまるで異なる。
一つはシチューのような白さ。もう一つは黒っぽい色で、最後の一つはなんか青と緑のメタリックが混じったような毒々しい色をしていた。
どれもカレーの香りがしているので、味は大丈夫と思う。
しかし、つい避けてしまうのは毒々しい色であったことは言うまでもない。
そんなわけで、黒っぽいのから行ってみることにした。
「もぐ……お。おおお。三辛くらいか」
「白は辛いね。四辛くらいある。激辛と言っていい」
「そうなんだ。じゃあ。残りを試してみる。これはネラックの大森林スープくらいの辛さかな。一辛だ」
「ほうほう。ふむ。確かに」
三種類を一口味わったところでセコイアが俺の服の袖を引っ張る。
「して。どれならばボクでも大丈夫そうじゃ?」
「セコイアはネラックの大森林スープを食べた?」
「うむ。ボクには少々辛かった」
「う、うーん。だったら。この青と緑のにパンを付けて食べて試してみて。他はもっと辛い」
「そうなのか。う、うむ」
辛いのは余り得意ではないらしい。
確かアルルとエリーも似たようなものだったよな。彼女らもセコイアと同じくがおいしく食べるには良さそうだ。
「長老殿。どれも私にとってはおいしく頂けるものでした。これが悩みの種なのですか?」
「いかにも。どれも同じ辛さに調整することは可能です。ですが、それぞれの部族が至高とする辛さが異なります。色も同じくです」
「なるほど。それで先にスパイスを出してくれたのですね。ベースとなるスパイスが同じ味。そして、辛さを調整するスパイスも同じ味。ならば、最もシンプルなカレーも同じ味になり、辛さが異なる、と」
「おっしゃる通りです。もちろん、具材や風味を付けるスパイスによって味は変わります。ですが、神食は最も素朴なスープが良いとされているのです」
ようやく俺にも問題の本質が理解できてきたぞ。
どの種族のものがどの色のカレーなのか分からないけど、三種族が議論をして至高のカレーを神食として提供すること自体に無理がある。
自分が一番と思うカレーは他の人にとって一番じゃないもの。
辛さ一つにとってみても、黒色じゃもう少し辛さが欲しいし、白色は辛すぎる。
俺個人で見てもこうなんだ。種族内で至高の辛さを決めるだけでも相当白熱するだろうし、種族内で勝ち抜いた辛さ調整も他種族にとっては違う。
更に色合いも整える、となると決まるわけがないだろ!
毎年のことだから、レシピを決めておけばいいものを。この感じだと毎年議論して至高の一品を決めていそうだ。
妥協の産物しかできないし、選ばれなかった方は納得はしていても不満は残る。
非常によろしくない。どうしたものかな、これ……。
「もう一つ確認させてください。今出してくださった大森林スープは、神食として過去に採用されたものを三種類出してくださったのですか?」
「いえ。今出させて頂いたのは今年度それぞれの部族が至高と判断した大森林スープをお出ししております」
「以前に神食として採用されたスープを作っていただくことはできますか?」
「はい。用意しております」
長老は順を追って物事を進めるのが好きなようだ。
理解の段階によって料理を提供していくのはセオリーといえばセオリーだけど、どうももどかしい。