357.カレー比べ
「大森林でも他国と同様いくつか国をあげての祭事があります。その中で世界樹に感謝を捧げ今年一年の無事を祈る祭事で問題が起こっています」
「神に祈る祭事ですか」
「はい。神に祈る世界樹祈祷は年に一度の大森林最大かつ最重要な祭事です」
「どういった問題が?」
揉め事とは祭事関連だった。宗教的なことで揉めているとなると、外部の俺がどうこうアドバイスできそうにないんだけど……。それぞれの種族から愚痴を聞くくらいしかできないぞ。
これまでの会話から、三種族の中で世界樹祈祷祭中にある祭礼の何かで意見が食い違っているのだな、ということは分かった。さて、一体どんな内容なのか?
長老は渋面を浮かべ続ける。これまでで一番深刻な顔だ。
彼の面持ちにゴクリと生唾を飲み襟を正す。
「世界樹に捧げる神食について意見が合わず、調整が難航しているのです」
「あ、え。神食は毎年のことですよね」
「おっしゃる通りです。毎年神食について部族間で意見調整され、長い議論の末に決定されてきました。しかし、年々議論の時間が伸びており他に支障を来たしております」
「な、なるほど」
「世界樹祈祷祭は国の最重要項目です。他の政務を犠牲にしてでも成し遂げねばなりません。ですが、伸び続ける決定までの時間が大きな足枷になってきています。今年もまだ決まっていません」
まさかの食問題。彼らとしては深刻な問題なのだろうけど、外部の俺には理解し難い。
神食って仏前へのお供えみたいなものだよな?
それなら、各自がとまでは言わないものの村ごとに代表してお供えをすればいいんじゃないのか。いや国で揉めるなら村でも揉めるか。
ならば個人で、となるとこれもまた難題だ。貧富の差があるだろうし、世界樹祈祷祭の開催場所が各村でなく一部都市だけで開催かもしれない。そうなれば、お供えの価値に差を感じる人も出てくるだろう。お供えによってお互いに不和になったりしたらせっかくの世界樹祈祷祭が台無しだ。
もう少し掘り下げて聞いてみるか。
「世界樹祈祷祭の開催場所と神食の捧げ方について説明いただけますか?」
「世界樹祈祷祭はここサークルクラウンで行われます。祭事の際には各村から代表で一人招待します。世界樹祈祷祭の日には各村でも祈祷が行われています」
「世界樹祈祷祭の本殿はサークルクラウンで、他は各村お任せで実施なのですね」
「はい。神食は各村でも捧げられます。本殿では長老会で決めた神食が捧げられます」
「時間がかかるのは長老会で決定する神食なのですね」
神妙な顔で頷く長老。ふと周囲を見渡してみたら、長老会の他のメンバーだけでなく官吏も含め暗い顔。
各村でも神食を提供しているのなら、種族持ち回りで本殿の神食を決めればいいというのが素人考えだけど、宗教上の理由だと決め事を変えるのも難しいか。
儀式というものは、お作法がある。
サッカーでキックオフ、ゲーム終了時に笛を吹く……のとは少し違うが、何事も一定のルールの上に成り立っているだろ。
サッカーだったらルールを議論して変更すればいいが、神への礼となるとなかなかなあ。
伝統行事を想像してみて欲しい。伝統行事のお作法は手順通りに実施することが重要なんだ。それが伝統行事を伝統行事たらしめている。
そいつを打ち破るには、新聖女の時のように前例にないことが起こるなど根本からひっくり返すようなことがなきゃ難しい。
ん。聖女……待てよ。この世界には実在する神がいる。
神に向けたものなのだから、神の一声ならば秒でルール変更できるよな。
聖女が神にお伺いを立てることができたりしたらいいが、神の言葉は一方通行なんだよね。
神託か予言のギフトを持つ人の頭の中に神の言葉が降りて来るのみ。
アリシアは毎日毎日神に祈りを捧げているのだから、たまには彼女の祈りに返答してくれてもいいものを。
人任せだなって? ま、まあ俺は祭事でもない限りは祈りを捧げることもないからさ。
全て忙し過ぎるのが悪い。俺がひょろいのも全て政務に忙殺されているのがいけないのだ。
んー。解決策が思い浮かばないけど、神食とやらがどんなものか見てみたいところだな。
「昨年度以前のものでも構いません。どのような神食が捧げられたのか教えていただくことはできますか?」
「もちろんです。すぐにお持ちします」
長老が官吏に目で合図をすると、彼はささっと部屋を辞す。
運ばれてきたのは皿に乗った粉だった。全部で三皿で、それぞれ違う色の粉が乗っている。
料理が来るのかと思っていた俺が虚を突かれて止まっていたら、厳かに長老会の面々がそれぞれの風習で礼をした。
「調味料の一種です。私どもはそれをスパイスと呼んでいます」
「それが三皿ということは、それぞれの部族ごとにある秘伝のスパイスですか?」
「はい。大森林では様々なスパイスがございます。他国では調味料といえどもせいぜい10種程度なところ、大森林では200種以上のスパイスがあります」
「それはすごいですね。ネラックにも大森林風スープを出す店がありまして、何度か食事に行かせて頂きました。個人的にとても気に入っていて、大森林料理をネラックで味わえることに感謝しております」
そう言うとエルフらは顔色を変える。
俺が大森林風スープをネラック風にアレンジした料理が好きなことは事実だ。
俺の知る料理名で言うとその料理はインド風カレーで、ナンまで付いてくる。
なので、アレンジしていない本場のインド風カレーはどのような味か楽しみにしていた。せっかく大森林に来たのだから絶対に食べてやるんだとね。
ワナワナと指先を震わせた長老が口を開く。
「ヨシュア殿が大森林の料理を。大変名誉なことです。お口に合うと聞き、是非ともお持ちしたスパイスの感想を聞かせて頂きたく」
「店主がネラックの人に合うようにアレンジしたと言っていましたので、みなさんが想像するスープと異なる可能性がありますが……」
前置きしてから、手ぬぐいで手を拭ってから指先をちょんと左の皿のスパイスに付ける。
まずは黒に近い緑のスパイスから。
ん。辛い。チリペッパーやガラムマサラの一種かな。カレーに使う場合は辛みを出すために使う。
色が赤色じゃないので油断した。コショウかなあと思いきや、だよ。
「いかがでしょうか?」
「辛い。ですが、料理に合わせるとおいしいと思います!」
おおおお、とエルフたちから歓声があがる。
続いて中央の皿のスパイスを言ってみるか。
こちらは先ほどと真逆でくすんだクリーム色だ。
ん。辛い。チリペッパーやガラムマサラの一種かな。
……さっき同じことを考えてなかったか俺?
確かめるために黒に近い緑の粉を舐めてみる。俺の舌だと同じ味に思えるな。
ひょっとして。右の皿もそうなのか?
右の皿は鮮やかな緑色だった。金属光沢がある緑と言えばいいか。
「私の舌では同じ味に思えます」
「お。おおお」
「あ。あの。長老殿?」
「失礼いたしました。人間のヨシュア殿と私どもエルフ族の見解が同じだったことに驚きと嬉しさがこみ上げて参りまして」
「ひょっとしてなのですが、他にも同じ味で別の素材を使ったスパイスが?」
「はい。大森林スープの根幹となるこちらも似た味わいです」
ささっと次の三皿が運ばれてきた。