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354.なすびの馬車

 大きな狸のような動物に乗ってやってきたのはエルフの兵士……だと思う。

 腰にレイピアをさげ、矢筒と弓を装備している。迷った理由は鎧を着ていないからだ。

 他の国の兵士は大抵重装備で槍と剣を持っていたからね。ホウライは比較的軽装だったけど、それでも一目で兵士か騎士だと分かった。


「賢公様と御一行様でございますか?」


 大きな狸から降り、深々と頭を下げる緑の髪をした兵士らしきエルフ。

 他の三人も彼と同じく狸から降りて両手を合わせ会釈する。このポーズが大森林式の敬礼なのかな。

 そう言えば大森林と取引を行っているけど、実際に訪れたのは初めてだ。大森林から使者が来ることはあったけど、公国式の敬礼だったしなあ。

 今更ながら、大森林の使者は俺を気遣いこちらの形式に合わせてくれていたんだと知る。

 

「私がヨシュアです。お出迎え感謝いたします」

「恐縮です! 私は大森林の守備隊長グレイと申します。賢公様自ら足を運んでいただけるとは望外の喜びです。長老たちの元へご案内します」

「その前に飛行船の中に大森林からの使者を含め、何名か残っているんです。船を出していただけると有難いのですが、お願いできますか?」

「もちろんです! すぐに準備いたします」

「では、しばらくここで待たせていただきますね」

 

 至極当然のことを言ったつもりなのだが、守備隊長グレイを始め隊員たちが息を飲み沈黙してしまった。

 ハッとなった守備隊長が慌てて動き出す。

 

「何か問題がありましたか?」


 心配になり声をかけてみると、彼は大きく首を横に振り言葉を返した。


「連合国の君主たる賢公様が配下の者を待つということに驚愕し……取り乱してしまい申し訳ありません」

「飛行船には大森林の使者も残っております。遠方までお越しいただき、ここまで案内してくれた方を置いて行くことなどできません」

「賢公様……急げ。カヌーが一番早い」

「ハッ!」

 

 守備隊長の指示に隊員たちが走る。

 彼もまた一礼してから隊員たちの後を追う。

 すぐにカヌーが運ばれてきて、飛行船に残った人たちを連れて来てくれた。

 

 ◇◇◇

 

「ふぉおお」

「おおおお」

 

 何度目だろうか。ペンギンと共に感嘆の声を漏らすのは。

 大きな狸が引くなすび型の馬車に乗り、大森林の都サークルクラウンに入ってからもうテンションが上がりまくりでさ。

 馬車は車輪のサイズが連合国や帝国のものに比べて大きく真鍮で塗装していることもあり、まるでおとぎ話の世界のもののよう。

 といっても、この世界のおとぎ話じゃなく、地球のと但し書き付くのだけどね。

 大森林の言語はオラクルと変わらない。多少イントネーションの違いがあるものの、日本語の関西弁と標準語の違いより差異が少ないくらいかな。

 なので、ホウライほど異国情緒を味わえると思ってなかったが、サークルクラウンはサークルクラウンで楽しい!

 テーマパークに来たみたい、と言えば分かってもらえるだろうか。

 なすび型の馬車だけでもメルヘンチックなのだけど、街の風景はこれまたすごい。

 殆どの家はツリーハウスで、稀に木の洞の中に住んでいる人もいたりして、木の中から顔を出している姿を見て驚いた。

 街は馬車が通ることができるだけの道があり、一定間隔で円柱にタンポポの綿毛をくっつけたような街灯が並んでいる。

 エルフの官吏から聞くところによると、夜になると黄緑色にぼんやりと光るんだって!

 エルフは人間と違って夜目が利く。

 といっても、猫族ほど夜にハッキリと物が見えるわけではない(と聞いた)。

 彼らの捉えることのできる可視光に合わせて街灯の色を決めているのではないかと推測している。

 どうせなら明るい色の方がいいんじゃないか、と思ったりしたのだけど、何かしらの事情があるのだろう。

 明るすぎるとか、その辺かなと思っている。

 

「さっきから口が開きっぱなしじゃな。二人とも」

 

 呆れたように両腕を組み眉をひそめるセコイア。

 もう一人馬車に同乗するエルフの官吏は俺たちが感心する姿に感動している様子だった。

 アルルたちは後ろの馬車に乗っているので、彼女らがどのような反応をしているのか見ることができないでいる。

 きっと彼女たちも俺と同じような反応をしていると思うんだけどなあ……。


「セコイアはサークルクラウンに来たことがあるの?」

「そうじゃの。これで三度目かのお。エルフの都は露店が無くてな。余り惹かれんのじゃ」

「食も期待できると思うぞ」

「うーむ」


 あれ。他国の街に来たら思う存分に食を楽しむセコイアらしくない。

 セコイアはネラックのエルフ夫婦が営む大森林風スープを出す店を知らないのかな?

 スパイスを利かせたあの料理。一度食べたら忘れられなくなる。

 スープはインド風カレーなんだよね。パンはナンだし、レーベンストックのとんこつラーメンほどではないが俺の心を刺激した一品である。

 店主曰く、ネラックの人の口に合うように味を調整したとのこと。

 なら、本場はどうなんだろうか、って気にならないか?

 大森林風スープはインド風カレーにたとえると1辛と2辛の間くらいだった。俺としては辛さが足りない。

 本場は辛さを選択できるのなら、とか妄想すると楽しみしかないんだよね。


「大森林の調味料がのお」

「スパイスのこと?」

「うむ」

「辛いのが苦手とか?」

「好みではないのお」

「辛くないのもあるみたいだぞ」

「ううむ……」


 どうも気乗りしないセコイアである。

 よおし。俺が彼女を唸らせるような一品を紹介してやろうじゃないか。

 全て人任せだけど……。大森林の官吏とか兵士のみなさんに聞きこんでみようかね。

 一人鼻息荒くなっていると、風景を楽しんでいたペンギンがこちらに目を向けた。

 

「ヨシュアくん。今回は珍しく料理に気合いが入っているんだね」

「そうなんだよ。ネラックにインド風カレーぽいものを出す店があってさ。それが大森林風だというんだよ」

「ほお。確かそのようなことを言っていた気がする。私も顔を出そうと思っていたのだが、生憎まだだったんだ」

「ペンギンさんはカレーはどう?」

「インド風カレーも嫌いじゃないが、やはりカレーと言えば日本風カレーが好きだね」

「それは俺もどっちか選べと言われたら同じだよ。もしかしたら日本風カレーもあるかもしれないと期待している」

「探し甲斐があるね。カレーと言えば日本の国民食と言ってよいほどの人気料理だ。誰もが口にしたことがあるほどの」

「学校給食でも出るから。確かに誰もが食べたことがあるもんだよな」


 幼い頃から慣れ親しんだ味というものはいつまで経っても美味しく思えるものなんだ。

 三つ子の魂百までならぬ前世の記憶は今世までってね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辛いのが駄目ならイボテン酸たっぷりのキノコなんてどうだ? グルタミン酸の10倍旨味を感じるらしいし(明後日の方を見ながら
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