353.ペンギンの本能
飛行船は大森林の都サークルクラウン上空に到達した。
着陸地点が無いか操舵役に確認してもらっていたところ、森と泉に囲まれているため適切な場所がない。
これはまたしてもスカイダイビングじゃなと、狐耳が喜ぶことになってしまうのか。ヨシュアくんピンチ。
なんてな。そうは問屋が下さない。
飛行船とていつまでも昨日の飛行船ではないのだ。
サークルクラウンの街は上空から見ると面白い形をしている。三日月型の湖があって、弧の内側が都になっているんだ。
湖の外側は森に囲まれ、開けた土地がない。
しかし、湖は真っ平だろ。ふ、ふふふ。
「『浮き』を出してくれ。水上着陸するぞ」
「承知いたしました!」
操舵役に指示を出す。
スカイダイビングにワクワクして涎を垂らしそうなセコイアにもお願いをしなきゃ。
「セコイア。風の調整を頼むよ。場所は湖の岸辺付近」
「水上着陸とは。こいつは心躍るのお。いつのまに改造したんじゃ?」
「別の意味で興奮していると思ったよ。飛行船の着陸場所問題が常にあったろ」
「そうじゃな。キミの情けない姿を見るのも一興じゃったが。いちいち起きるまで待つのが面倒だの」
「……飛び降りると、飛行船に人を残さなきゃなんないし、飛行船に戻るのも一苦労だ。セコイアがいつもいるわけじゃないし」
こうやって冗談を交わしつつもセコイアは風魔法の微細な操作をやってのける。
飛行船は狙った着陸地点に向けて順調に進んでいた。
「船と呼称しておるし、船に似た形じゃから元々水の上にも着陸できたのかの?」
「着水は多少の浸水対策をすれば問題なかったんだ。問題は離陸でさ」
「陸の上より力がいるのかの?」
「いや、よく分からないのだけど水上だと、軽くなるんだよ。そこで、着陸の衝撃を和らげるのと離陸の際の負荷として『浮き』を用意した。サイズ調整もトーレの活躍でバッチリだ」
「ほおお。面白いのお。これもカガクかの?」
「科学……うーん、見えない別の力? 俺とペンギンには水上と陸上で飛行船にかかる負荷を計算することが出来なかった」
陸上と水上て何が違うのか、と問われてもまるで分からない。俺はともかくペンギンも「こういう法則なのだよ」と即計算をやめ、実数の計測を始めた。
水の中に何か不思議な力が混じっていて、それが船体を軽くしてる、とかなのかなあ。
船体の重量計算も理論値なら出せるけど、実測値を出すのが難しい状況だ。これだと数値を集めるのも一苦労でさ。
今は「こういうものだ」と受け入れるのが良いという結論に至った。
「そうじゃ、カガクならば、宗次郎もこの場にいたではないか」
「着陸に集中して……」
セコイアが窓に張り付いているペンギンの元へ向かおうと腰を浮かせたが、むんずと後ろから彼女の肩を掴む。
ペンギンは初めて向かう土地の景色を楽しんでいた。今回彼が俺に同行することを希望したのも、空からの景色と大森林の都を見学したいから、だからね。
アドバイザーとして彼以上の人はいない。頼る場面以外ではご希望の景色を眺めていてもらいたいのだ。
今はセコイアがこれ以上興奮しないように、風魔法に集中していてもらいたいから彼との問答を止めたのだけどね。着陸してからでも彼に聞くことはできる。
さっきからセコイアと会話をして散々集中力を乱した俺が言うのもなんだけど。
◇◇◇
ドバアアアアアンと物凄い水しぶきをあげ飛行船が着水する。
なるだけ岸に寄せたものの、目測で岸までは15~20メートルと言ったところ。
「しまった……」
画竜点睛を欠くとはまさにこのこと。
着水までは完璧だった。しかし、岸へ行くための小舟を積んでいない。
「浮」を装着するなら、小舟もセットにしなきゃ……。装備品のチェックリストを作っておくようにシャルロッテに頼んでおかねば。
泳いで岸まで行くことはできそうだけど、どうしたものか。
湖は川と違って激しい流れもなく、海のような高波もない。さざ波が見えるが、泳ぎを妨げるほどではないな。
「ヨシュアくん。先に失礼するよ。ペンギンの本能に勝てそうにない」
タラップから湖を見ていた俺の後ろからペタペタとペンギンが出てきて、そのまま湖にどぼーんと飛び込んだ。
水中のペンギンは速い。水中に潜って、顔を出すまでに数秒しかなかったのだけど、目を凝らさないとペンギンの頭を確認することができないほどの距離まで移動していた。
そっち、岸の方向じゃないんだけどな。ま、まあ。川と違って広い湖となれば、泳ぎたくなるのだろう。本人も本能って言ってたし。
「どうする? 飛んでいくかの?」
「うーん。しばらく待っていたら、サークルクラウンの兵士が来てくれると思う」
要人として大森林はサークルクラウンまで遠路はるばる来ているのだから、そのうちお出迎えが来るだろ。
大森林はネラックに飛行船があることを知っている。
俺が来るとなれば、飛行船で来ることも分かっているはずだ。
着陸場があれば言うことなしだったが、一度の訪問のためにそこまで労力をかけていられないよな。
俺がサークルクラウンの為政者だったとしても、着陸場を作れとは指示しない。
「ヨシュア様。行かない、の?」
「水着も持ってきてないし」
「ジャンプ。する?」
「アルルはそれでもいいよ」
「うーん」と小首をかしげ悩むアルルの隣でエリーが背を向けしゃがみ込む。
「ヨシュア様。私がお運びします」
「え。いや……」
「私では、頼りない……でしょうか」
「い、いや。そんなことはないけど……た、頼んじゃおうかな」
「畏まりました!」
では、失礼して。エリーの背中に……と彼女に寄ったらふわりと体が浮く。
おんぶじゃなかったの?
お姫様抱っこは少し恥ずかしいのだけど、何か理由があるのかな。
「失礼いたしました。ヨシュア様を後ろに、とは畏れ多いです」
「そ、そんなもんなの?」
「は、はい。ヨシュア様のお顔が見えていないと不安で」
「なるほど。俺がずり落ちるかもしれないものな」
「そうです! それです!」
何だか取ってつけたような気がしなくもないが、助走もつけずにエリーが跳躍する。
飛距離は20メートルを優に超えているなあ。
常識外の人間の跳躍を経験するのはこれで二度目である。二度目ともなると俺も慣れたもので、景色を楽しむ余裕さえあった。
人間、慣れるものだな。うん。スカイダイビングは慣れない。無理。ダメ。絶対。
エリーが着地すると同時にアルルもふわりと彼女の1メートルほど前に降り立った。
「全く。待っているんじゃかなったのかの?」
「セコイアもジャンプで?」
「ボクは体を軽くする魔法を使っておる。じゃあ、俺もとか考えぬことじゃ。ヨシュアの場合は体を軽くしても1メートルも跳躍できんな」
「……そういうことは言わぬが花だぞ」
「言葉の意味を間違っておらぬか。それはそうと、いつまでエリーの体を楽しんでおるのじゃ?」
お。おお。
ずっとお姫様抱っこされたままだった。
慌てて降りようとすると、エリーが真っ赤になって腕に力が入り……。
「ア、アルルうう」
「任せて」
アルルの手を借りて、何とかエリーの体から離れることができた。
ふう。骨が折れるところだったぜ。




