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348.書写

「よおし。次行くぞ。次」

「む。まだ面白いものがあるのか!」

「そうだとも。科学的には無理だと諦めていたのだけど、魔道具なら何とかなりそうだったんだよね」

「私も興奮したものだよ。魔法ほど知的好奇心をそそられるものは早々ない」


 プレス機のあった実験棟を出て、ペンギンと次なる実験の地について興奮していたら、途端にセコイアの目が点になった。

 あれ。実験とか検証とか好きなんじゃないの?

 俺は正直得意じゃないことなのだけど、本件は楽しみでならない。

 プレス機は間違いなく有用だ。と言ってもさ、圧縮で想像できる製品を頭の中で具体的に描くことができなくてさ。

 実物を手に取ったら大興奮間違いなしなのだけどね。その点、本件は違う。もう見たまんま分かるものなのだ。

 

「セコイアくんは興味を惹かれないのかね?」

「そうじゃのお。魔法理論の話となると、既知のものである可能性が高いからの」

「そうかね。セコイアくんが興味を惹かれるか分からないが、既にある技術について語ろうか。次にカガクで本件を実現するには、でも」

「ほ。ほおおお! 良いぞ。宗次郎。そういうのを待っておったのじゃ。どれ。抱っこしてやろう」


 セコイアってペンギンより遥かに長く生きているんだよな。

 ペンギンが親目線なのは気のせいではないはず。

 ご機嫌にペンギンを抱きかかえて俺の横に並ぶ彼女は完全に孫のそれである。

 

「ヨシュアくん。連合国の既存技術のことは君の方が詳しいだろう。説明してもらえるかね?」

「あ。うん。きっかけは帝国から大量の書物を持って帰ってきたろ。そんで、新聖女のことがあって大学をとなって」


 それだけでセコイアも察したようだった。

 人に説明することは自分の知識の整理にも役立つ。ペンギンはその辺を自然に促すのがとても上手だ。


「書物を書写する技術かの?」

「書写だと大変だからさ。既存の活版印刷の技術を改良しようと思ってたんだ」

「活版印刷?」

「スタンプみたいなものだよ。木に文字を彫って、インクを付けてペタンとすると文字が描けるだろ」

「反対向きになるがの」

「い、いちいち……可愛くない。反対向きに彫ればいいじゃないか」

「冗談じゃ。木に彫るとなると書写より相当手間がかかるの」

「うん。だから余り流行らなかっただろ。そこで、だ。予め文字を準備しておいて組み合わせ成型したら使い勝手が良くなるだろ」

「確かに! さすがヨシュアの鼻から上じゃ」

「それ、褒めてんのか……」

「もちろんじゃ。ボクが人を褒めることなんぞ、早々ないぞ。ヨシュアと宗次郎の脳みそは至高の域に達しておる」


 満足そうに狐耳と尻尾を揺らされても、どう反応したらいいのか困る。

 公国語はアルファベットと同じ表音文字なんだよね。全部で30種類。

 本に合わせて1ページ1ページ板を彫っていたら、現実的ではない。その本を数万部発行するなら話は別だが。

 赤字も赤字、大赤字である。ネラックの大学図書館に加えてダグラスとローゼンハイム、後は国の保管用に必要だとしても4冊だろ。

 それなら書写が安価で早い。

 スタンプの出る幕ではないよね。

 そこで考えたのが30種類の鋳型だ。鋳型に青銅なり鉄なりを流し込めば、30種類の文字のスタンプが出来上がる。

 後は本に合わせて文字を並べてやればひな形の完成ってわけさ。

 ローゼンハイムにいた時からそれくらい思いつかなかったのかって? うん。思い付きはして、実際に試してみようとしたんだ。

 だけど、金属はお手軽さに欠け、取り扱い、インクを塗ってスタンプすること、どれも向いていない。

 しかし、ホウライに遠征してゴムを輸入できることになっただろ?

 ゴムで文字盤を作れば扱いやすいし、インクのノリも抜群だ。

 よおっし。じゃあ。街の職人さんたちに頼みに行くか、とペンギンも連れて喜び勇んで職人組合に顔を出したんだよね。

 そこから、今回の計画が始まる。


「ほう。ゴムを使ってのお。ボクの期待していたカガクじゃないのお。宗次郎。活版印刷とやらじゃなく、カガクでも実現できる仕組みとは何じゃ?」

「ゴムを使えばまだ実用に耐えうるものができるか期待していたのだよ。だが、おっと。その前にカガクの仕組みだったね」

「魔法じゃなくカガクが聞きたいのじゃ」

「魔道具で実現できそうな画期的な印刷技術はコピーの仕組みに近い」

「コピー? 聞いたことが無いの。お、おお。カガクじゃな!」


 ペンギンがセコイアに説明するも、半分くらいしか分からん。

 コピー機はピカッと光って、コピーされた紙がトレイに出てくる。

 仕組みは静電気を上手く使っているんだって。

 内容としては、写真のフィルム的な感光ドラムというものに静電気を帯電させる。

 次にレーザー光で感光ドラムに図が描かれて、レーザー光が当たった部分の静電気が無くなるらしい。

 この辺の仕組みはまるで分らない。なんで静電気が無くなるのかとか、そもそも静電気をどうやって帯電させるのかとか。

 ま、まあ。詳しい仕組みを知る必要はない。現在の技術で再現できるものではないのだから。

 ええと、次に静電気のなくなった部分にトナー(インク)をふりかけると、静電気のなくなった部分にだけトナーが張り付く。

 後はスタンプと同じだ。

 

「ふむふむ。電気を使ってのお。電気は印刷にも使えるのじゃな」

「そうだね。魔法でも似たような仕組みが実現できることが分かってね。魔道具職人に頼んでいたんだよ」

「ほお。魔法とはいえカガクの仕組みを参考にしたとなれば、それはカガクじゃな」

「魔法と科学の融合。まさしく私たちが目指す道だよ」


 お。ペンギンの説明を聞いてセコイアも興味が出て来たようだな。

 最初に「魔道具」と聞いた時と目の輝きが違う。

 ちょうど会話がひと段落ついたところで、目的の場所に到着した。

 

「お待ちしておりました!」


 マルティナの父であり優秀な魔道具職人のティモタが迎えて……他の魔道具職人も続々と入口に集まって来たじゃないか。

 開発の時はガラムとトーレに慣れていたので、少しビックリした。

 政務の時はみんな大公として接してくるから職人たちのように集合してビシッと背筋を伸ばす。

 堅苦しくはあるが、俺を慕ってくれていることの裏返しでもあるので無碍にはできない。

 

「普段の仕事もある中、協力感謝する」

「いえいえ。ルンベルク様から謝礼を頂いております。支障はございません」

「いや、キッチリ休んでくれよ。店の商品もキッチリと作っていることも聞いているから」

「ほどほどに、しております。ご安心を」


 どうだかなあ。ティモタの言葉に他の職人も頷いているけど……。

 隠居しているガラムとトーレのように昼間から酒を飲むというのも極端だけど、ちゃんと休みの日を設けてもらわないと困るのだ。

 一応、労働に関する法整備も行っているので、じわじわと休日という考えが領民たちの間にも広がって来ている。

 個人商店の店主や職人たちはどうしても休日を取ることに戸惑う人が多い。

 店を開けなきゃ物は売れないからね。

 それでも体が資本なのだから、ちゃんと休んでもらわないと。

 俺も休めなくなるだろ(本音)。

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