347.実験棟
祭りが終わり一週間が過ぎた。
セコイアに産業革命とは、の問答を交わして以来事あるごとに彼女はそのことを尋ねてくる。
今のところ彼女の理解としては、水晶魔石を使って魔道具をこれまでにない力で動かし、水車を動かす、ということ。
ごめん。やっぱり俺の説明が悪かったらしい。
そんなわけで、彼女に鍛冶場近くの実験場へ来てもらったというわけだ。
鍛冶場にしょっちゅう出入りしている彼女であるが、実験は同時並行で多数やっているからこれから紹介する検証については知らなかったらしい。別に機密情報ってわけでもないから、覗こうと思えばいつでも覗くことができるのだけどね。同じような施設が並んでいるから、見ても何が何やら分からないってのは当然と言えば当然か。
ほぼ全ての実験棟はガラムとトーレの力を借り、ペンギンが主導している。
いつものメンバーなのだけど、実際に動かすのが今日初めてなので俺もとても楽しみにしていたんだよね。
ペンギンが長方形に成型されたブルーメタルをペタペタとフリッパーで触れている。
長方形の台座と天井から伸びた柱に取り付けられた同じ大きさのブルーメタルの長方形が今回の検証に使う装置だ。
工業精度の低さはブルーメタルという魔法金属で補う。魔法金属は精錬技術が低かろうが高かろうが純度100パーセントになるチート金属なのだ。
魔石機車が成立するのもブルーメタルという魔法金属があってのこと。
今回もそのチートぷりを存分に発揮してもらう予定である。
部屋の奥ではガラムとトーレが最終チェックをしており、酒も持ち込んでおらず彼らの本気ぶりが垣間見えた。
腕を組んだセコイアが「ふむ」と頷き感想を述べる。
「随分と大がかりな設備じゃの」
「ブルーメタルが手軽に使えるようになってきたからね」
「ボクが寝ころんでもまだ余るほどの広さがあるのお」
「ふふ。金属板の割に結構厚みもあるだろ。60センチちょっとかな」
「確かにの。このまま落とすだけでもヨシュアなら死ぬかもしれんな」
「絶対にやるなよ」
そこ、尻尾をピンとしてニヤリとしないで。股の間がキュッとなったじゃないか。
「ヨシュア。これがサンギョウカクメイなのかの?」
「産業革命と言えばそうだけど、これはこれで機械にしかできないことかも。これからペンギンさんたちが検証してくれるから見ようじゃないか」
セコイアと並んで上下のブルーメタルの長方形をじーっと見ていたら、ペンギンが長方形から離れ俺の隣に並ぶ。
「大丈夫そうだね。じゃあ。ヨシュアくん。指示を出してくれたまえ」
「え。俺が?」
「君が推進したプロジェクトじゃないか」
「できるかなあって言っただけで、ほぼお任せだったんだけど……」
手柄を横取りするような気持ちになって渋っていたら、奥からひょっこりトーレが顔だけを出して呼びかけてきた。
「坊ちゃん。ささ。ささ。早く動かしましょうぞ」
「後はそこのレバーを引くだけじゃな」
ガラムもトーレに続く。
「じゃ、じゃあ。トーレ。レバーを」
「そのままで良いのですかな?」
「一旦は動くかチェックで……いや、せっかくだから何か置くか」
「そうしましょう。そうしましょう。そこに」
そこってどこだよ、と疑問に思うまでもなく、分かりやすい位置にあった。
ベニヤ板より薄い木の板が立てかけられていたので、10枚ほど取って台の上に重ねる。
「よっし。置いたぞ。頼む」
「行きますぞお」
ガラムがレバーを引くと、上側のブルーメタルの長方形が下に降りてきて木の板をギリギリと押していく。
10秒ほどそのまま押し込み、レバーを戻し、上側のブルーメタルの長方形が元の位置へと動いた。
残った薄い板は圧縮されて硬くなっているはず。
「重いブルーメタルを落とし、板を潰したのかの?」
「うん。木の板と木の板の間に接着剤を入れないと剥がれてきそうな気がする」
「まあ、その辺はおいおい試して行こう。動きとしては良好だった。さすがガラムさんとトーレさんだね」
ペンギンが両フリッパーを上にあげ興奮した様子。
「どれくらいの力が出てるのか、とかも今後かな? まずは意図した通り動くのかの検証だよね?」
「その通りだよ。プレス装置があればできることが広がる。積層圧縮もお手の物……になるといいね」
「なかなかはいそうですか、とできるものでもないよね。さすがに」
「そうだね。こういう考え方もある、と示すことができることが大きいと思うよ」
うんうん。千里の道も一歩から、だよな。
この装置はプレス機だったんだ。動力源は水晶魔石を使った魔道具である。
物を引っ張り上げたり、降ろしたりする魔道具は既存技術で作成可能だった。ティモタに相談すると、出力の大きな魔道具を作ってくれたんだ。
出力を大きくするには魔力も大きくしなきゃならなくて、水晶魔石ならば問題なかった。
以前FRPについてペンギンと検討した際にグラスファイバーとか科学製品は難しいよな、となって、そういや良く見る木の合板ってどんなのだっけって話になってさ。
するとペンギンがFRPも合板も積層だよ、と教えてくれて。
じゃあ、積み重ねて圧縮したら合板ができるんじゃね、という単純な考えからプレス機を作ってみようってなったんだよね。
完全な思いつきからここまで仕上げてしまうなんて、恐るべしガラムとトーレとペンギン。
グイグイ。
さっきから服を引っ張られてよろけそうなのだが……。
知らぬ存ぜぬを通していたら、今度はペンギンが嘴を引っ張られてしまっている。
誰に? そらもちろん、この場でそんなことをするのは狐以外にはいない。
「圧縮? 積層? 何じゃそれはー。また二人でカガクの話をしおってからに。ボクにも説明せんか」
「圧縮は知っているんじゃないの?」
「上と下から押しつぶすのじゃろ? リンゴをリンゴジュースにできるぞ」
「すり潰すなんじゃ……」
「細かいことはよい。そんな魔法もある。敵を押しつぶし、ぺしゃんこにする」
「怖すぎだろ! ま、まあ。ぺしゃんこにすることが圧縮で考え方は科学でも変わらない」
押しつぶされ、潰れたザクロのようになったモンスターを想像し背筋が凍る。
青い顔になっている俺の代わりにペンギンが説明してくれた。
「積層とは言葉通り積み重ねることだよ。そうだね。土を踏み固めれば硬くなる。今やったことはそれと同じことだよ」
「土は細かい砂が積み重なっておるの。薄い板を重ねて圧縮すれば硬くなるということか!」
「そのような感じだね」
「うむうむ。本当にカガクの考え方は面白いの。道を作るに土を踏み固めることは古来からやっておる。そこに着眼点を置く。灯台下暗しとはまさにこのことじゃの」
細かく言うと語弊があるが、理解しやすい。俺があげた産業革命の例に比べてなんて的確なんだ。
さすがペンギンである。
そんなこんなでプレス機の検証が終ったのだった。
今後、様々な圧縮加工された素材が出て来ることも夢物語じゃなくなってきたぞ。




