343.大人の対応
「ぐ……あと、アリシアの時は『人間』と言いつつ、俺の時は『生物』ってどういう了見だよ。俺ってそこら辺のよくわからない虫より低いのかよ」
「魔力を持つ『生物』に修正しておくかの」
「それ虫より(魔力が)低いことを否定していないぞ」
「変に頭が回るのも困りものじゃの」
ペンギンを抱えたまま舌を出して「いー」と口を思いっきり横に開くセコイア。
こ、こいつめええ。
ペンギンがいるから後ろから回り込み……っつ。体の向きを変えられてしまった。
嫌に察しがいいじゃないか。
大人しくこめかみをぐりぐりされると良いぞ。
何てやつだ。リリーとマルティナの後ろに隠れやがった。
二人と身長が同じくらいなんだな。もう少しセコイアの方が高いかなと思っていたけど、実際こんなものなのか。
態度がでかいと大きく見えるのかもしれん。
しかし、セコイアよ。二人では俺の壁にはならんぞ。
にじり寄りリリーとマルティナの間を通ろうとしたら、リリーの方に呼び止められる。
「ヨシュア様。アリシアさんって誰?」
「リリーも知ってる子だよ」
話は終わったとばかりに進もうとしたら、俺の代わりに抱っこされたままのペンギンがパカンと嘴を開いた。
「アリシアくんは君たちと同じ『聖女』という役職だそうだよ。世間では役職名で呼ばれている」
間違っちゃいないけど、役職って。ペンギンならではの捉え方だな。
しかし、役職という表現は俺に利く。嫌な前世の記憶が蘇ってしまうからだ。
か、課長……もう無理っす。
い、いかん。悪夢が脳裏をよぎる。
「え。えええ! そうなの! 大賢者様」
「そう聞いているが、違ったかね? ヨシュアくん」
「あ、うん。そうだよ」
上の空で言葉を返す。
一方で左右にいる二人の新聖女は顔を見合わせ大きく目を見開いた。
「せ、せい、じょ、さま」
「ヨシュア様の結婚候補は聖女様なの!? 引退後は大公妃……悔しいけど姉様よりずっとお似合いかも」
「わ、わた、し。せいじょ、さま、ほど、きれい、な、人。見たこと、ない」
「ねー! ヨシュア様のお屋敷は美人揃いなのに。聖女様なんだー」
勝手なことを言っておるぞ。
どうしたもんかな、この状況。ま、まあ。幼くとも女子だ。恋バナで盛り上がるのも親しい証か。
さて、そろそろ出ねば街を探索できなくなってしまうぞ。
チラリとうちの綺麗どころに目をやる。
エリーが大地を踏みしめて笑顔が引きつっていた……。
さっき揺れた時に地面に大穴でも空いたのかもしれん。彼女の表情からさりげなく元に戻そうとしているような気がする。
「何を言っておる。リリーとマルティナじゃったな。ヨシュアのつがいとなるのは、このボクじゃ」
どーん、という擬音が付きそうな勢いで胸を張るセコイア。
もう勝手にやってくれ。この分だとセコイアと二人の相性は悪くなさそうだ。
昼食はエルフカレーにするかなあ。
エリーを供に街に繰り出す俺なのであった。
◇◇◇
リリーとマルティナの出会いからしばらく経った。
街では建設ラッシュが続いている。収穫祭には全て間に合わせようとポールがやっきになっていたが、もう少し遅くなってもいいと直接諭し彼がダウンすることを未然に防止したほどだ。
来賓用の屋敷はもう完成していて、リリーとマルティナはそれぞれの屋敷に……は行かず同じ屋敷で暮らすことになった。
帝国から教育係が来ただけじゃなく、大森林からも巫女を招くことができたんだ。彼らのうち一部はリリーらが住む屋敷で暮らしてもらっている。
二人が住む屋敷は宗教上の理由から男子禁制とした。もちろん俺も入室不可だ。
大学と図書館はまだ完成していないので、彼女らはしばらくの間、屋敷でお勉強の予定である。
ようやく彼女らの環境が整ってきたので、そろそろ新聖女誕生の公式発表を行おうと思っているんだ。
アリシアも間もなくネラックにやって来ることだしね。
発表の際には彼女と新聖女の二人が中心になる。公式発表後はアリシアが聖女としての教育を二人に施す予定だ。
といっても、マルティナのことがある。その点は俺とアリシアに加え、世界樹信仰と聖教の有識者と相談しつつ臨機応変にということになった。
それ行き当たりばったりじゃないか、ということなのだけど、初めてのことだから仕方ない。
二人で神託を伝えることも初だし、聖教徒以外も初なのだ。二人はまだ神託を受け取ったことがないから、それぞれの神託を合わせて一つになるのか、同じ神託がもたらせるのか、どちらか一方にだけもたらされて順繰りになるのか、とか全て不明。
出たとこ勝負にならざるを得ないのだ……。
「ヨシュア様。準備は整いましたでありますか? し、失礼いたしましたであります!」
「あ……」
着替えようと服を脱いだところで竜の鱗のビキニアーマー姿のシャルロッテが扉を開けてしまった。考え事をしていて反応しなかった俺が悪い。
汚いものを見せてしまったぜ。すまん。シャルロッテ。
パンツははいていたから許して。
目線を落とすと全裸のペンギンがやれやれと両フリッパーを中央で折り曲げる。
そう。俺は現在自室で着替えるところだった。
「ヨシュアくん。今年も同じなのかね?」
「別のにしようかなと思って。黒スーツにマント、そして鼻から上を覆うマスク」
「それじゃあ私は黄色マントに赤のベストが良いな」
「そう言うかもと思って、黒と黄色のマントと赤と黒のベストを準備しているよ」
「そいつは準備がいい」
そう。今日は収穫祭なのである。
収穫祭と言えば仮装だ。もうすっかり定番になっていて、年々領民の仮装レベルが上がっている。
祭りの規模も一年目とは比較にならない。人口が急増したし、噂を聞きつけた公国側の領民が魔石機車に乗って観光に来ていたり、外国からも是非参加したいという賓客も招いている。
いつのまにやら一大イベントとして認識されるようになったのだ。
そこで主催者たる俺が毎年同じカウボーイ衣装じゃ締まらない。
今年は某ヒーロー風にしてみたってわけさ。相変わらずペンギンとセットなことは変わらないのだけど……。
コンコン。
窓の外を誰かがノックした。窓を見たら予想通りアルルが逆さまにぶら下がっていた。
パンツ一丁であったけど、そのままにしておけないし、窓を開ける。
アルルはどっかの狐と違って勝手に窓を開けて入ってこないからね。
「ヨシュア様。お着がえ中?」
「うん。カウガールにする?」
「ううん。ヨシュア様と一緒! そこに」
「あ! そうだった。すっかり忘れてた。ごめん」
んー。お揃いと言っていいのかな。頼んでいたものが出来たから確認してね、と街の縫製屋が俺とペンギンの衣装と一緒に届けてくれていたのだ。
アルルから同じ系統がいいと頼まれていたので、同じく準備してそのまま放置していた。
確か、この辺に。
あった。あった。
赤と黒のピエロ風の体にぴったり張り付くレオタード風と言えばいいのかな。
右と左で赤と黒になってて、靴下と頭、腕部分の色が赤黒反転している。結構派手だなこれ。
アクセサリーとして木槌を持てば完璧だ。
「これで良かったら」
「可愛い!」
アルルが気に入ってくれてよかった。
ってえええ。おいおい。ここで脱いだらダメだってば。
とパンツ一丁の俺が言うのもなんだが。
「まあ、いいんじゃないかね。アルルくんは気にしていない。ヨシュアくんと私が後ろを向けばいいだけさ」
片目をパチリと閉じるペンギン。
これが大人の対応ってやつか。勉強になる。
そんなわけで今年も収穫祭の季節がやって来た。
収穫祭の後は重大発表もある。さあ、行くとするか!




