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341.大地が丸い

 ペンギンとセコイアが科学と魔法談義を始めて盛り上がっていたので、放置して俺はっと。

 最初の位置から微塵たりとも動いていない黒髪が美しいメイドに声をかける。


「エリー。少し息抜きに出かけようか」

「畏まりました」

「ずっと立ってるだけで退屈だっただろ」

「そ、そのようなことはありません」


 何故か頬を赤らめるエリーに首を傾ける。

 う、うーん。まさか彼女が科学談義に興奮していたわけではあるまい。

 

「エリーも科学が好きなの?」

「す、好き」

「ペンギンと喋っていく?」

「あ、いえ。ええと」

「科学より魔法かな?」

「い、いえ。どちらも私には難しく。お供させて頂きます!」


 わ、分からん。

 エリーって何でも顔に出るから今の気持ちは分かるのだけど、どうしてそのような考えに至ったのかまるで理解できない時がある。

 好きというキーワードに反応したことは確かだが……この部屋の中に彼女が好きな何かがあるのかもしれない。

 まさか、地球儀もどきじゃないよな。


「そうだ。地球儀のこと覚えてる?」

「世界の地図、でしたか?」

「そうそう。結局、この大陸でさえ描くことができなくて空白のままなんだけど」

「大地が丸い、というのはヨシュア様に教えて頂きました。なるほど。言われてみればと感動したのを覚えています」


 アルルとエリーと並んで地平線を見たんだよな。

 忙しい公務の間を抜け出してさ。どこだったか。城壁の物見の上だったような記憶だ。不味い、印象的な出来事だったのに記憶が曖昧になっている。

 正直なところ、ローゼンハイムで公務に励んでいた時の思い出が殆どない。濃密過ぎる時間を過ごしていたのだけど、思い出しても激しい公務にぜえはあしていたことばかり。

 やはり人間、働き過ぎはダメなんだ。人としての何かが欠けてしまう。

 ああ。我がベッドを永遠に。

 意味不明なことを考えつつも、キッチリと会話をこなす俺である。

 

「この地図を埋める旅ってのもいいよなー。そのためにも仕事を落ち着かせないと」

「素敵ですね」

「その時はエリーとアルルも一緒に来てくれると嬉しい」

「いいのですか! 喜んでお供させて頂きます!」

「ボクがいないと飛行船が動かぬぞ」


 盛り上がっていたら、科学と魔法談義で盛り上がっていたはずの狐が耳だけをピクリと動かして口を挟んできた。


「ボクも連れて行けってことだろ。分かってるって。地図を描くにはバルトロの力も必要だし、ペンギンさんも」

「そいつはありがたい。世界を見てみたい、という気持ちは人類共通の意識だよ」

「そんなものなのかな。少なくとも俺は見てみたい」

「私もだよ」


 ペンギンも乗り気の様子。飛行船を使えば一気に地図を埋めることも造作もないことだ。

 海の向こう……は慎重に進んだ方がいいけど。

 風向きなんて全く気にしなくて良いので、単純に継続距離内で着陸できる場所があるかどうかにかかっている。

 島が全く無くて、思ったより海が広かったら燃料切れの可能性があるからね。

 

 話が終わるとセコイアとペンギンはまたすぐに科学と魔法談義に戻ってしまった。

 ああして盛り上がっているけど、しっかり俺とエリーの会話を聞いているとは恐れ入る。

 エリーと顔を見合わせ、苦笑する。おっと、苦笑したのは俺だけだ。彼女は困ったように眉を僅かにひそめただけ。

 俺の手前、彼女が俺に合わせてくれたに過ぎない。

 いつも優しいエリーに感謝。俺もそうありたい……難しいな。

 

 ◇◇◇

 

 さあて。しばしの間、街へ繰り出すかと中庭に出た所で思っても見ない光景にエンカウントする。

 供の者を連れていない金髪ツインテールの皇女リリーとエルフの幼い少女マルティナが、間にアルルを挟んでしゃがみ込んでいるじゃないか。

 折を見て紹介しようと思っていたのに、まさか先に出会うとは。

 同じ屋敷の中にいるからある意味当然と言えば当然かもしれない。特に彼女らに制限をかけていたわけじゃないからね。

 屋敷の中は個人の個室以外は自由に動いてくれていいと言ったのは俺だし。

 

「こうするの?」

「は、い」


 二人は雑草を抜いて何かをやっているようだ。アルルはニコニコして二人の様子を見守っている。

 彼女らが自然と距離が近くなろうとしていたら、アルルはすっと身を引き位置を変えていた。さりげない彼女の動きにさすがだと膝を打つ。

 白い丸い花に細い茎の雑草は俺でも名前を知っている。シロツメグサだ。

 彼女らはシロツメグサの茎を編んでいたのか。


「あ。ヨシュア様ー」


 リリーが立ち上がり、こちらに向け手を振る。

 同じようにマルティナもゆっくりと腰を上げ右手を胸のあたりに持ってきて小さく左右に動かした。

 

「リリー。マルティナ。アルル」


 三人の名を呼び微笑みかける。

 後ろで控えていたエリーはいつの間にかアルルの隣に並んでいた。


「ヨシュア様のお屋敷。面白いね! メイドさんは猫耳だし、マルティナはエルフだし。とても新鮮」

「まさか紹介する前に二人が会っていたなんて驚きだよ」

「たまたまよ。マルティナがお庭で草を触っていたから何しているのかなって」

「そうだったのか。お供の人たちは荷物の整理をしてくれているのかな?」

「そんなところ。ヨシュア様のお屋敷だったら安全だから! って一人で探検していたの」


 「ねっ」とマルティナの手を握りほっぺにえくぼを作るリリー。

 気さく過ぎる彼女の態度にマルティナはたじたじの様子。

 

「お、うじょ、さ、ま。わたし。あ、の」

「もう自己紹介したのかな。マルティナは王女じゃなくて皇女だよ」

「どっちでもいいじゃない。私のことはリリーでいいの。ただのリリーでね」

「で。でも……」


 さすがに皇女を呼び捨てにしろ、と言われて「はいそうですか」とはならんよな。

 困ったマルティナが目で俺に訴えかけてきているじゃないか。


「マルティナが呼びやすいように呼べばいいんだよ。王女でも皇女でもリリーでもね」

「は、い」


 精一杯、柔らかな声でふんわりとした笑顔を浮かべる。

 もう一人の新聖女がリリーで良かった。彼女は種族が異なることなど気にしない。むしろ、興味津々で親しくなりたいオーラが凄い。

 帝国語と共和国語は関西弁と標準語より近いし、ほぼ同じ言語と言って差しさわりがないから、言葉の問題もないからね。

 リリーにとって俺の屋敷は新鮮だろうな。

 帝国のお城の中だと、恐らくほぼ人間のみでかつ聖教徒だ。

 一方でこちらは敬虔な聖教徒で人間であるルンベルクやエリー以外にも猫族のアルルやペンギンにセコイアなどなど人間以外の種族の方が多い。

 もちろん信じる神も別々だ。

 環境の激変がとても心配だったけど、何とかうまくやってくれそうだ。

 安心しきるのはよろしくない。マルティナもリリーも新聖女となれば、これまでの生活とまるで異なる生活を送ることになる。

 彼女らのケアに最大限の注意を払っていかねば。

 

 ドオン。

 何この音!

 突如響いた地響きのような音に目を見開く。

 

「エリー。ヨシュア様に見とれ過ぎ」

「そ、そんなことありません! あの笑顔は滅多に見ることが出来な、も、申し訳ありません!」


 なるほど。エリーが力を入れ過ぎて地面が揺れたのか。

 とんでもねえな……相変わらず。

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