339.ホールごと行くぞ
「凄い。凄いね! ペンさん」
「そうだね。空から見る景色は格別だ」
アルルに抱っこされたペンギンとリリーが飛行船の窓に釘付けになっている。
リリーは余程嬉しいのか、さっきからツインテールがピコピコ動きっぱなしだ。
俺? 俺はいつもながらセコイアを膝に乗せ真っ白けになっていた。
あの後、枢機卿も訪れてさ。あれよあれよという間にリリーとマルティナの教育をネラックで行う事に決まってしまったんだよ。
正直なところマルティナにとってはベストな選択になったと思う。
一方でリリーにとってはそうじゃない。生まれ育った帝都で教育を受け、聖女となり、帝都の教会を拠点にする予定がネラックだものな。
俺? 俺はもう……帝国にマルティナのことを口添えし後は帝国任せだったつもりが、全部自分に跳ね返って来て真っ白けというわけだ……ち、ちくしょう。
どうしてこうなった。
放心する俺の顔を見上げ大きな目をぱちくりさせるセコイア。
「気が抜けとるの」
「いつものことだろ」
「間違ってはおらぬが、気力がまるでない。そうじゃ。タルトを持って帰ってきたのじゃ」
「ニクニク」
セコイアなりに気を遣ってくれているらしい。俺の膝から降りた彼女はトテトテと巨大な保冷庫を開ける。
そういや保冷庫を持ってきたんだったな。足元にいるニクニクのために。
保冷庫を設置すると乗船人数が減る。今回はセコイアを連れてきているので風魔法の担い手が必要ない。その分、人数的に余裕ができる。
からの保冷庫の設置だ。
もう少し手軽な重さになればいいんだけどなあ。今後の技術発展に期待しよう。
セコイアが保冷庫から取り出したるは切り分けていないホールのタルト。直径にして15センチくらいかな。見た感じリンゴか梨か、その辺が花に見えるように装飾されている手の込んだもののようだった。
「ほれ。喰うがよいぞ」
「ホールごといくの?」
「そうじゃが? 小さい切れ端では満足できんじゃろ」
「四分の一くらいがいいな。先に食べてもらっていい?」
「しょうがない奴じゃの」
「と言いつつ涎を飲み込むセコイアなのであった」
「こらああ!」
「ニクニク」
ははは。ありがとう。セコイア。おかげで気分転換できたよ。
彼女が手をべたべたにしながらも美味しそうにタルトを食べている姿を見ると癒される。
中身は違うが見た目幼女ってのはこういうとき良いよな。
和んでいたら小さな手に乗せたタルトの切れ端を俺の口に突っ込んできやがった。
「の、ど……ア……」
「はい。ヨシュア様」
ごくごくと水を飲み、事なきを得る。
俺の様子を察知したアルルがペンギンを降ろして、すぐに駆けつけてくれたのだ。
彼女はコップだけでなく濡らした手ぬぐいまでセットにして持ってきてくれた。
「面白い顔をしておるの」
「むきいい。喉が詰まったのはともかく、このタルト。美味しいな」
「じゃろ。だから包んでもらったのじゃ」
「食道楽を満喫しているな」
「せっかく遠くまで行くのじゃ。普段食すことが出来ぬものを探すのも良いぞ」
「今回は露店巡りの時間を取れなかったからなあ……また近くジョウヨウに行くと思うから、その時だな」
「ユマラにも会いに行かぬとじゃの」
「その時は頼む」
「任せておくがよいぞ」
無い胸をトンと叩くセコイアの顔は得意気だ。
腹も膨れたところでウトウト……何てことは出来ず少し離れたところで書類作成中のシャルロッテに目を向ける。
……あれは触れない方がいい。俺に更なる仕事が降って来る。
彼女に相談するのは後にしよう。
リリーとマルティナをどうしていくのか……と考えていたら次から次へとやらなきゃいけないことが浮かんできて、俺は考えるのを止めた。
◇◇◇
帰って早々、大工の棟梁ポールを呼び出す。
彼には市政計画の責任者もやってもらっている関係上非常に忙しい身である。
なので「空いていれば」と条件を付けたのだけど息を切らして屋敷までやって来てくれた。
リリーのことはアルルに任せ、俺の護衛にはエリーを付けている。
シャルロッテに同席してもらいたかったんだけど、リリーを受け入れることに対する事務処理が急務だったのでそちらを優先してもらった。
ここには俺とエリー以外にはアドバイザーのペンギンをなんとか確保できただけである。
「ヨシュア様! お待たせいたしました!」
流れる汗を拭おうともせず深々と頭を下げるポールに水の入ったペットボトルを差しだす。
ついでにエリーがそっと彼の前にハンカチを置く。
「ヨシュア様からこのような……恐縮です。エリーさん。ハンカチは洗濯してお返しします」
「返さなくてもいいよ。良ければ使ってくれ。そのハンカチはネラックの工房で作られたものなんだよ」
「お、おお。ネラックの機織りは順調です。これもヨシュア様あってのこと」
「あ、うん。ポール。早速だけど聞いて欲しいことがある。まだ『何故』かというところは内密にしておいて欲しい」
ゴクリと喉を鳴らすポールの顔がすっと引き締まった。これが彼本来の職人の顔。
出来る男は切りONOFFの切り替えが早い。
「まず表向きは賓客用として五つほど屋敷を計画して欲しい。うち二つは俺の屋敷のほど近くで頼む」
「外観はどうなされますか?」
「特に拘らなくてもいいけど、一つが帝国風がいいな。もう一つは宗教色のないものであればデザインは任せる」
「承知いたしました。残り三つはいかほどに?」
「残り三つは……そうだな。遊び心があってもいいかもしれない。たとえばホウライ風とかレーベンストックのバーデンバルデンのような外観とか」
「面白そうですね! バーデンバルデンはともかくホウライ風は存じ上げておりませんので、難しいです」
「よっし。じゃあ残り一つは保留にしておいて。ジョウヨウまで視察に行くとかどうだ? たまには羽を伸ばすのもいい」
「そ、そのような……飛行船を、ということですよね」
「気を遣いそうなら、俺がホウライに行く時に一緒に行こう」
「あ、ありがとうございます!」
ジョウヨウまでの定期便はない。なので、専用機でジョウヨウまで向かう必要がある。
飛行船を運行させるには乗務員も必要だし、ポールだけにとなるとさすがに腰が引けちゃうよな。彼の部下も一緒にと思ったんだけど……。
屋敷を五つと言ったのはカモフラージュの意味合いもあるけど、迎賓館が無かったのでこの機会にという思いもある。
「まだあるんだ。次は大物になるのだけど……。ペンギンさん。何かアイデアがあったりする?」
「いきなりだね。学び舎となると私が想像できるものは学校。あとは図書館くらいだろうか」
「そうだよな。俺もそうだよ。聖教会以外で、となるとやっぱり学校だよね。屋敷の中でもいいかもだけど……なんかしっくりこない」
「ははは。家庭内で学習を、というのは一昔前ではよくあることだったのだよ」
そう言えば、ヨーロッパの貴族の教育とかでお屋敷の中で家庭教師が教える、ってシーンを思い出した。
優秀な家庭教師を付けることがその貴族のステータスの一つだったのかもしれない。
新聖女二人の教育については、家庭教師を付けるつもりでいるが、それだけじゃなく教室での授業を受けさせたいと考えている。
どこまで実現できるのかは、関係各所と相談が必要なのでどうなるやら、だけど。




