33.絶縁体な件
「その木の枝が、それほどのものなのかのお?」
「そうだとも! 木質の繊維、樹脂共によい絶縁体になる!」
「そも、『絶縁体』とは何を意味する? 雷耐性のことかの? それだったら魔法でも、ある種の魔法金属、魔法繊維でも可能じゃ」
「そ、そうなのか」
「じゃが、雷耐性物質は貴重なものを使っておる。特に魔法繊維を紡ぐには高位の魔法的技術が必要だの」
「へ、へえ」
あったのかよ。絶縁体繊維。
だが、「存在する」だけではダメだ。生産が困難で材質も貴重とくればここぞというところでしか使えない。
そもそも、ネラックで生産できなきゃ「無い」のと同じだ。
「ほれ、自分だけボクから聞きたいところを聞いて満足しとらんと、絶縁体について説明せよ」
「お、すまんすまん。絶縁体と雷耐性の意味合いは恐らくことなる。雷耐性ってのについては後から教えてくれ」
「うむ」
「雷、稲妻のようなビリビリくるもののことを俺は『電気』と呼んでいる。絶縁体はこの電気を遮断することができる物質を示す」
絶縁体は大雑把に電気的なものと熱的なものがあるんだけど、ややこしくなるから電気的な絶縁体のことだけを説明することにした。
「ふむ。耐えるのではなく、遮断するのじゃな」
「うん。実はもうネラックで手に入るものの中に絶縁体物質はある」
「ほう?」
「ガラスだ。ガラスはよい絶縁体になる」
「何じゃと。じゃが、ガラスで防具は難しいのお」
「うん。ガラスをそのまま使うんじゃあ、いくらガラムとトーレでも無理だ」
「確かにのお。ガラスはすぐ割れるからの」
ガラス繊維を製造できればベストなんだが、どうやって作ればいいのか分からない。
もう一つ、よい絶縁体であり、日本での生活に欠かせない物質がある。
絶縁テープの材料にも使われることがあるその物質の名は――。
「塩化ビニル」
「何者じゃそれは? 魔獣かの?」
「あ、すまない。独り言が出てたな。残念ながら、今の技術じゃあ作れない物質だ」
「熟練の二人の腕をもってしてもか?」
「うん。熟練の問題じゃないんだ。作り方が分からん」
塩化ビニルのような合成樹脂は俺に科学知識がないからどう作ればいいのか皆目見当がつかない。
石油から製造するんだっけ?
「作れない物質の妄想はこれくらいで。この低木『スツーカ』の繊維と樹脂は絶縁体として適している」
「電気を遮断するのじゃったな」
「うん。スツーカの繊維を溶かし固めることで紙にもできるという優れものだ」
紙も絶縁体と聞いたことがある。どれほどの効果があるのかは不明。
暇ができたら試してみてもいいかも?
くだらないことを考えている俺と異なり、セコイアは可愛らしい顔の眉間に皺をよせ真剣そのもの。
彼女の頭の中では高速で思考が回転しているのだろう。
「なるほどの。樹脂であれば防具に塗布すればよいからの。こんな木で雷耐性が獲得できるとは……」
「注意して欲しい。雷耐性とは違う。あくまで『電気』を通さないだけだ。『熱』に当てられたらすぐ燃える」
「……よくわからなくなったのじゃが? 雷耐性は雷に関するあまねく魔法、自然現象に対する加護があるものを示す」
「んー。純粋な電気なら防御可能。だけど、雷ブレス?ってあるのか分からないけど、熱と雷のセットだとアウトだ」
「雷獣がどちらなのか見極めよということじゃな。それがボクの任務じゃと」
「俺もしっかり見るから。これで俺たちが感電せずに済みそうだ。なら、もう一つ必要なものがある。こっちはガルムに頼まないとだな」
「うむ。今は話半分に聞いておくだけにするかの」
「んじゃま、モンスターがこないうちに回収しようか」
ナタを握り、低木を根元から切り離す。
続いて持ち運びやすいように枝を落としてっと。
紐で枝やらを全てひとまとめにして、持ち手をつけリュックのように荷物を背負う。
「よっし」
「まだまだ低木……スツーカ? はあるが、持っては行かないのかの?」
「持てないから! 一本で精一杯だよ」
「軟弱じゃのお」
やれやれと両手を開き肩をすくめるセコイア。
むきー。そこまで言うならセコイアが持てよと喉元まで出かかったが、彼女は手ぶらじゃなきゃいけないと思いなおす。
いつ何時、危険なモンスターが襲って来ないとも限らないからな。
彼女はそのために俺に付き添ってくれている。
「よし、撤収撤収。雷獣に出会わなくてよかったよかった」
「今日のところは、じゃな。もし遭遇していたとしても、ボクが何とかできる。その為に来たのじゃからな」
「うん。頼りにしているよ。ところで、セコイア」
「うむ?」
「迂遠な手だと思うだろ? セコイアならこんな準備は必要ないとも思ったんだけど」
「いや。キミの首から上は何者にも追随を許さぬ大賢者じゃ。しかし、その肉体は初心者冒険者はおろか、一般人にも及ばない」
「どうせ貧弱だよ!」
「何を言うか。キミの脆弱さはむしろキミを良くしておる。脆弱なキミであっても、雷獣と相まみえる装備を作成できるとなれば、大ごとじゃぞ?」
「そ、そうね……」
電気をビリビリ発するデンキナマズみたいな生物を相手に丸腰なんて無謀に過ぎる。
セコイアなら護ってくれるかもしれないけど、彼女だって俺ばかりに手を焼くわけにゃあいかない。もし彼女とはぐれでもしたらどうする?
雷獣は草食で、むやみやたらに人を襲わないと聞く。だけど、雷獣に似た凶暴なモンスターがいたとしたら?
領民を護るためにも備えを模索しておくことは無駄じゃあない。
絶縁体の準備はできた。
お次はガルムに頼まないとな。
◇◇◇
鍛冶屋――。
「ふむ。避雷針か考えたのお」
「俺が電撃を喰らったら一発であの世行きだからな」
鍛冶屋に戻るなり、「長い鉄の棒」を作ってくれとガルムに頼んだら、彼は一発で俺の意図を見抜いた。
この世界でも嵐の雷対策として避雷針という考え方はある。公都ローゼンハイムにも設置しているしさ。
だけど、ガルムはしかめっ面のまま苦言を呈する。
「しっかし、鉄の棒は分かるが、銅の糸を巻き付けろとは、またけったいなものを頼むもんじゃな」
「複雑にしてしまってすまんな」
「いや、これくらい複雑なうちにも入らんわ。何か面白いことを考えておるのじゃろ?」
「まあ、ね。うまくいったら説明するよ」
「ほう。そいつは楽しみにしておくぞ。ヨシュアの」
「他の手を止めなくていいから、鉄の棒は後回しでよいぞ」
「他の手? そんなもの既に終わっておるわ。ガハハハハ!」
早すぎるだろ!
もう鉄製の水車の軸を完成させたってのかよ。
乾いた笑い声をあげながら、ガルムの作業を見守る俺なのであった。
「明日の昼前に取りにくるがよい」
「え? そんなにすぐ完成するの?」
「朝でもよいぞ。お主の手が空いとるのならな」
「お、おう」
マジかよ。銅線作りも入っているんだけど、ま、まあ、彼ができるというのならできるのだろう。
よろめく俺の腰を肩でつっつくセコイアがにまーっと笑みを浮かべる。
「トーレにも頼まんとじゃの」
「だな。トーレには樹脂の塗布をお願いしなきゃ」
「うむ。すぐに向かおうぞ」
「分かった。ガルム。ありがとう。明日また来る」
手を振り、鍛冶屋を後にした。
避雷針で雷そのものを回避し、余波がきた場合に備え絶縁体で身体を防御する。
これが俺が考えた雷獣と対峙する対策なんだ。
雷獣が襲って来ないにしても、興奮してビリビリされて、俺の体にビリビリが当たる……なんて事態にも絶縁体があれば心配ない。
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