332.おお、神よ
「とまあ、俺の考えはそんな感じだ。二人はどうかな?」
「実現可能なのですか?」
「神託のギフトがマルティナに授けられたという事実が二人の信じる神もまた神託を与えるということさ」
「は、い」
アリシアと枢機卿の二人と事前に打ち合わせをしたわけじゃない。
あくまで俺の個人的な考えを述べたまで。
先に聖教がどうしたいのかを聞いてしまうと、どうしても彼らの考えに引っ張られてしまうから中立性を保てなくなると思って。
じゃあ、俺はどっち側なんだ、と問われるかもしれない。
答えはどちら側でもない、になる。
しかし、大森林の神を信仰する立場からの意見はティモタとマルティナの二人しかいないだろ。
彼らが思ったことを述べることができるよう、俺が支えるつもりでいる。
俺なりに客観的に意見を述べ彼らの意見とすり合わせたつもりだけど、正直俺もちゃんと彼らの意見を吸い上げることができているかどうか不安だ。
二人と相談した結果、大森林で信仰する神をそのまま信仰することを基本路線とした。
大森林で信仰する神は「世界樹」である。
聖教に対するような言葉はない。敢えていうなら世界樹信仰とでも言えばいいか。
世界樹と呼ばれる大森林の中心にある巨木に精霊神が宿り、人々を見守っているという自然信仰の一種だ。
自然発生的な宗教は多神教のイメージなのだけど、世界樹信仰は異なる。
彼らの信じる神は世界樹に宿る精霊神で、一神教なんだ。
ここは聖教と同じ。
この世界って多神教はないのだろうか。ホウライにも別の宗教があるみたいだから、次回ホウライに行った際にはイゼナに聞いてみようっと。
ティモタとマルティナが落ち着き方針も決まったところで、アリシアと枢機卿の二人と面会してもらうことに。
突然の聖女の登場に対しマルティナは口をパクパクさせ戸惑っていたが、アリシアが膝を折り、彼女を見上げるような形で微笑むと落ち着きを取り戻したようだった。
最初に出た一言が「き、れい」だったんだ。うん。分かる分かる。
アリシアは人間目線であるが、絶世の美女と言っていい。人間目線じゃなくて、ヨシュア主観に訂正しておく。美醜なんてものは所詮主観だからな。
マルティナはローゼンハイム出身なので、俺と感覚が近いのだと思う。
一般的に人間から見て美形と言われるエルフは俺の目からでも誰しもが美しく見える。だけど、線が細過ぎて好みが分かれるんじゃないかな?
俺ならエルフにも好かれるんじゃないかって?
そんなことあるかー!
俺だって俺だって、好きでヒョロヒョロなわけじゃないんだぞ。
……話が横道に逸れてしまった。
「き、れ、い」と言ったマルティナに対してアリシアはいつもの微笑を貼り付け「現聖女のアリシアです」と名乗る。
慌ててマルティナも辿々しく自分の名を告げた。
続いてティモタと挨拶をしていた枢機卿とマルティナが向かい合う。
その際に枢機卿が指先を四角に動かす聖教の祈りの仕草をしていて、彼女も真似をしようとしたが、俺が首を振り彼女の動きを止めた。
彼女とて聖教の仕草だと分かっている。枢機卿につられて聖教の祈りを行おうとしたのだろうけど、最初が肝心だからな。
俺の行為にも枢機卿は優しげな笑みを崩さず、彼女に暖かな声をかけた。
もう一方のアリシアは俺だけに見えるよう一瞬だけ彼女本来の顔を見せ、すぐに聖女スマイルに戻る。
「こうしてマルティナと出会わせて下さったことを神に感謝します。はじめまして。私はローゼンハイムの枢機卿です」
「マ、ル、ティナで、す」
「どうかあなたの信じる神に祈りを捧げて下さい。世界樹にはいつお祈りをされるのですか?」
「食事の、時と、おき、たとき。ねる、ときです」
「敬虔なマルティナに祈りを。祈る神は違えど神に感謝する気持ちは同じです。私たち聖教はあなたに祈る神を変えよとは決して言いません。この度の神託で私はあることを確信したのです」
お、おおお! 思わず声が出そうになった。ティモタとマルティナが懸念していたことについて枢機卿が真っ先に答えを出してくれたぞ。
彼の言葉って不思議だ。すーっと頭に入ってくる。それだけじゃなく、懐かしい故郷にいるかのような安心感まで抱く。
この人柄が彼を枢機卿に推す一番の理由だと思う。世間的には「預言持ちだからだ」と喧伝されているけどね。
なるほど。少なくともローゼンハイムを中心にした連合国内の聖教は神託のギフトについて解釈を修正したか。
もちろん、国内の聖教徒全員のコンセンサスが取れているわけじゃない。
しかし、枢機卿は決まってないことを言ったりなんてしない。いつだって枢機卿としての立場から発言する。
てことは、枢機卿と幹部たちの間で既に会話が交わされていたってことさ。アリシアが懸念を告げた時に協議したのだろう。
対応が速くて助かる。
さて注目の枢機卿らの解釈とは……彼の言葉の続きを聞くとしようか。
「何故、神託のギフトを授けられた聖女が二人になったのか。私たちの見識が足りなかったのです。聖教の神と世界樹に宿る精霊神は親しき友人なのではないかと。私たち聖教は異教に対し寛容であるべき、と説いて来ました。ですが、真の意味で寛容さを示したのは賢公ヨシュア様のみ」
「そのようなことは。聖教が尽力された結果です」
つい口を挟んでしまった。
対する枢機卿は静かにかぶりを振る。
「ネラックの街へ初めて訪れた時、私の感動がいかほどだったか。宗教の在り方の一つをネラックが体現しておりました。聖教の教会の隣に世界樹の神殿があり、レーベンストックの各種神々も祭られている。そして、神もまた隣人同士であると神託のギフトを持ってお示しになられました。私たちにも垣根を超え隣人たれ、と」
「す、うききょう、さま。わたし、も感動、し、まし、た」
「未だ他の枢機卿とは会話をしておりません。ですが、神のお示しになられた道をきっとかの方々も理解してくださると確信しております。新聖女マルティナ。あなたはあなたの信じる神に身を捧げ、聖女として神託を告げていただけますでしょうか」
「は、い!」
枢機卿らしい解釈だな。
それぞれの宗教が信じる神は神の世界で友人同士であり、お互いに尊敬しあって下界の俺たちを見守っている。
神託が聖教以外を信じるマルティナに授けられ、更にもう一人聖教徒にも授けれられる(恐らく)というのは、神が友人同士であることを下界に示すため。
神様同士が仲良くしているんだから、下界の人たちも信仰する神に関わらず仲良くしようよ、と神が示したと解釈したわけだ。
俺の考えと異なるが、ここで口を挟むほど無粋じゃない。
枢機卿はネラックを褒め讃えていたけど、結果的に宗教施設が並ぶようになっただけで必ずこうしようと思って立案したわけじゃないんだよな。
もう一つ、彼が勘違いしていることがある。
こと宗教施設についてはローゼンハイムの在り方に対し、俺が是と考えているってこと。
ローゼンハイムは聖教徒が95%でその他が5%くらいになる。
そうなると聖教徒中心になってしかるべしだし、聖教徒に寄った施策を打つことだってあった。
俺が注意していたことは信じる神が異なることによって弾圧を受けてはならないってことだけ。信仰の強要も弾圧に当たる。
とまあ、取り扱いが難しいものなんだよ。宗教ってのは。
聖教が平和的な組織で助かってるよ。




