331.新聖女は……
「ほ、本当なのか。マルティナ?」
「う、うん」
マルティナはたどたどしく父のティモタに向けこくりと頷く。
ティモタにとって青天の霹靂であるのはもちろんのこと、マルティナにとっても同じこと。
「ヨシュア様。マルティナは一体どうすれば?」
「それを話し合うために急ぎ呼んだんだよ。ティモタとマルティナは聖教のこと、聖女のことを知っている?」
「ローゼンハイムの民の前で演説されている姿を拝見したことはあります。ですが何分、私は聖教を信仰しているわけではありません。娘であるマルティナも同じくです」
「自分の立場を棚にあげて、正直に言うと俺も戸惑っている。どうしたらいいのか、みんなで意見を出し合いたいと思っているんだ」
「ヨシュア様が以前と変わっておらず、その言葉で安心いたしました」
ティモタが目に涙を浮かべながらマルティナの頭を撫でる。
この場にはエリーとアルルと俺に加え、来てもらった二人しかいない。
マルティナの年齢も考慮し、まずは彼女に少しでも不安を覚えないようにと配慮したんだ。
アリシアと枢機卿には別室で控えてもらっている。
やはり、当初の安易な考えを改めていてよかった。
親であるティモタと以前から交流があったことが幸いしたと思う。もちろんマルティナとも。
親子とは綿毛病の対応策を練る時に多大な貢献をしてもらった。そう言った事情があるので、俺も気さくな言葉でティモタと喋っている。
「この場は聖教の人もいない。思っていることをそのまま述べて欲しいんだ。後々不安や不満に思うことを少しでも減らしたい」
「は、い」
出来る限り柔らかい微笑みを浮かべ、マルティナの頭を撫でる。
神託と聖女とはなんて過酷なんだろう。まだ10歳やそこらの少女を両親の元から離し、教会で生活をさせるのだから。
聖教徒ならば本人も家族も名誉なこととして、喜びこそすれ悲観することがないのかもしれない。
だけど、マルティナは違う。
「先に俺の考えを言ってもいいかな?」
二人の顔が少し明るくなり、静かに頷きを返す。
いきなり意見を述べてと言っても、困惑する気持ちが強くどうしていいかわからないというのが正直なところ。
しかし、二人の意見は取り入れたい。
だったら、意見を出せるよう判断材料をと思ったわけだ。
「聖教はともかくとして、神託は連合国を始め周辺国家にとって欠かすことのできないものとなっている。マルティナ。街で神託のことを聞いたことがある?」
「は、い。ヨ、シュアさ、まが。街の、ひと。泣いて、ま、した」
「は、はは。神託ともう一つ預言というギフトは近い将来に起こることを告げる。捉え方は難しいところだけど、『確実に起こる』んだ。神がもたらす言葉と言われているよ」
「か、神様?」
「人によって想像する神様って違うよな。今は神様のことはおいておいて。神託のギフトは暗闇を照らす灯台みたいなものなんだ。俺たちが進むべき道しるべとなってくれる」
一応聖教徒である俺であるが、前世の習慣からどうしても「実在する神」という考え方がしっくりこなくてさ。
神とは自分の心の中にいると考えている。
信心が浅い俺は、自分がピンチになった時に祈るものが神なんだよな。「神様、仏様!」ってね。
……横道にそれた。
聖教において神託と預言は彼らが信じる神が俗世にお言葉をもたらすものと考えられている。
マルティナが神託のギフトを与えられたことから、神とはもっと広い意味での神だったのかなと思った。
いずれにしろ、神託のもたらす言葉を歪めずに世間へ伝えねばならない。
「神託は俺たちの生活にとても大切なもの。ここまでは大丈夫かな?」
「は、い。責任、重大、です」
「うん。だからこそ、ちゃんと考えて。マルティナの幸せや安心も考慮しなきゃと思ってるんだよ」
「あ、りがとう、ございます」
ここで一旦言葉を切り、二人の様子を確かめる。
うん。不安で一杯。そうだよな。
マルティナは「言葉を伝える」ということに関しても相当抵抗があるはず。
ローゼンハイムで熱病にかかり、それが原因でうまく喋ることが出来なくなってしまう。
今では仲のいい友達に対しては気兼ねなく喋ることができるようになっている、とエリーから聞いた。
「神託はとても大事だ。変な輩がマルティナを攫おうとしてくるかもしれない。だから、どこで暮らすにしろマルティナの安全を確保する必要がある」
「は、い。こわ、い。で、す」
「警備をしやすいところ、に引っ越してもらわなきゃいけないかも。その時はティモタとマルティナに同意してもらってから、というのが俺の考えだ。もう一つ、住む場所が決まるまではこの屋敷で暮らすことを考えて欲しい」
「ヨシュア様のお屋敷で、ですか。畏れ多い……」
マルティナの手を握り、話を聞いていたティモタがここで口を挟む。
「ネラックで一番警備力が高い場所が俺の屋敷なんだ。次が衛兵の詰め所かな」
「い、いん、です、か?」
「うん。日中も外に出歩くことができるようにするよ。エリーかアルルを付ける。俺の護衛と交代で、ね」
「エ、エリーさ、ん。アルルさん、が?」
「そそ。こう見えて二人とも頼りになるんだ」
エリーがこくこくと頷き、アルルは両手をぐっと握りしめガッツポーズをして「任せて」とマルティナに示す。
バルトロを付けても良かったけど、マルティナが緊張してしまうからな。
警備レベルは俺と同じに設定するようシャルロッテに言っておこう。神託持ちとなれば、国家の最重要警備対象として問題ない。
「ティモタ。マルティナ。そんなわけで、住む家その他が決まるまでの間、俺の屋敷で暮らしてくれないかな?」
「願ってもない話です。本当によろしいのですか?」
「ティモタは仕事もあるだろうから、これまで通り工房に顔を出してもらっても問題ない。だけど、夜はマルティナと一緒にいてもらえないかな」
「ヨシュア様のお優しさ。痛み入ります。マルティナもそれでいいか?」
「は、い」
軟禁するようで申し訳ないが、神託持ちに何かあっては大事になる。
不安で仕方ない時だからこそ、親と一緒にいられるようにしたい。ティモタも俺の想いを汲んでくれて何よりだ。
「アルル、エリー。俺と違ってか弱い女の子の警備は勝手が違うと思うけど、頼むよ」
「ヨシュア様より、体力があるよ?」
「こら、アルル!」
いやいや、いくら何でも成人した男より10歳くらいの女の子の方が体力があるなんてことはないだろ。
場を和ませるために言ったんだよね?
「でも、エリー。ヨシュア様は。走れない、よ」
「私が抱えるからいいの」
「アルルも背負えるよ」
聞こえてる。聞こえてるぞ。
ショックを受けつつも、マルティナとティモタに続きを話し始める俺であった……。




