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330.またしても気絶

「えっと」


 立ち上がったはいいものの、アリシアが棒立ちでこれからどうすればいいのやら。

 ずいっと彼女が一歩前に出る。

 俺は男にしては背が高くない。一方のアリシアは平均的くらいかな? 背が高めのシャルロッテより低く、エリーと同じくらいな気がする。

 突然何だってって?

 アリシアの鼻が俺の顎にくっつきそうな距離になっていて。

 しかし、顔が聖女スマイルのままだからドキリとするより怖気が走る。

 目線だけ上にあげてもなお表情一つ変えないのだ。


「あ、あの。アリシア」

「わたくしとしては難しいです」


 彼女の顔がすっと離れる。

 正直良くわからない。彼女は俺に新聖女の姿を見せてくれようとしているんだよな。

 「わたくし」としてということは「聖女」としてと言うことだ。

 他人に新聖女の姿を見せる魔法? は激しい痛みを伴ったりするのだろうか。なら、聖女としては難しい。

 聖女が他人を傷つけることは教義に反するからな。

 なら、話は簡単だ。

 

「そのために二人きりになったんだよな。聖女としては難しくてもアリシアとしてなら問題ない」

「は、はい。ですが、いざ目の前にすると」

「大丈夫さ。癒してくれればいい」

「癒し……になりますか?」


 「もちろんさ」と力強く頷く。回復魔法ならお手の物の聖教の聖女が傍にいてくれるのなら、痛みでのたうちまわってもすぐに治療してくれるさ。


「頭を少し前に」


 言われるがままに見下ろすような感じで顔を傾ける。

 再び彼女が一歩前に出て、踵を浮かせた。

 アリシアの整い過ぎた顔が迫り、彼女の息が俺の頬にかかる。

 俺の額に彼女の額が触れたところで動きが止まった。


「動かないでください」

「う、うん」


 恥ずかしいのかアリシアはずっと目を閉じたままだ。

 喋ると唇が触れそうでいろいろやばい。聖女と口付けなどしようものなら……考えるのをやめよう。

 誰も見てないさ。


「額じゃお嫌ですか? 思念を送るには触れなければいけません」

「い、いや。俺はいいんだけど」

「額でも、癒しになります、か?」

「も、もちろんさ」


 唇が俺の唇に触れそうで気が気じゃない。早く、俺に映像を見せてくれ。

 いたずらの神が微笑む前に。


「ヨシュア様も目を閉じてください」


 彼女に言われるがままに目を閉じると、頭の中に小学校高学年くらいの女の子の姿が浮かぶ。

 耳が尖り、アッシュグレーの長い髪。

 エルフにしては耳の長さが人間と余り変わらない、ということはハーフエルフか。

 そして、俺はこの子を知っている。


「マルティナじゃないか」


 つい大きな声を出してしまった。

 

「お知り合いですか?」

「うん。彼女ならアルルかエリーに屋敷まで連れてきてもらっても不自然じゃない」


 アルルもエリーも街中で彼女に会うと挨拶していると聞いたことがある。

 なるべく早く彼女を連れて来てほしいので、アルルに頼むか。

 アルルならマルティナをすぐに見つけてくれることだろうから。

 

「あ、あの。ヨシュア様。近いです」

「あ、ああ。ごめん。すぐに離れればよかったよな」


 離れようとするとアリシアがそっと指先で俺の袖を掴む。


「ん?」

「い、癒されましたか?」

「う、うん?」

「わ、私も癒して、くださったりすると嬉し、いえ、忘れてください。失言でした」


 アリシアが回復魔法でのたうち回る俺を癒してくれるのかと思ったが、そうじゃなかったとさすがの俺でも気が付いている。

 彼女の背中に腕を回しギュッと抱きしめた。彼女も俺の背中に手を添え俺の肩に頬を当てる。


「ヨシュア様から元気を頂きました。アリシアは聖女に戻ります」


 体を離すとアリシアが口元に僅かな微笑みを讃えた表情になった。

 聖女としての彼女は誰にも心の丈を訴えることができないから、僅かな間だけでも彼女の気持ちを休ませることができたのなら嬉しい。

 

 外に出ていてもらっていた全員を部屋に呼び戻し、さっそく事の次第をみんなに伝える。

 

「アルル。そんなわけでマルティナを連れて来て欲しいんだ。アルルならすぐに彼女がどこにいるか分かると思って」

「うん。急ぐ?」

「なるべく、でいいよ。エリーの力を借りずでいいからね」

「うん!」


 チラリとエリーへ目をやると、かああっと真っ赤になった彼女がもじもじした。

 アルルを投げ飛ばして移動は無しね。


「エリーはお茶の準備を頼んでもいいかな」

「は、はい! お任せください! タピオカミルクでもよろしいですか?」

「任せるよ。シャルは聖教関連の資料を見繕ってくれ」

「お任せくださいであります!」

「聖教の方々は別室でおくつろぎください」

「ヨシュア様に感謝を」


 枢機卿が指先で四角を切り、会釈をする。

 久しぶりに見たかもしれない。聖教の指先の動き。

 キリスト教で言うところの十字を切る仕草が聖教では四角に指先を動かすのだ。

 何故そうなのかは知らない。神に祈りを捧げる簡易版みたいなものだと聞いている。

 

「ルンベルクは聖教の方々を案内してもらえるか。バルトロはしばらくフリータイムで。あ、昨日植えた桜の様子を見て欲しい」

「畏まりました」

「あいよ」


 バルトロを庭に出すのは一応警戒のため。

 ネラックの街の治安は非常に良好で屋敷に強盗が入ることなどまずない。

 といっても、今は事が事だけにどこからか情報が洩れることを避けたいからね。念には念を、だよ。


 それぞれが持ち場につき、俺とアルルが部屋に残された。

 アルルは目を閉じて「うんうん」と何やら唸っている。

 

「見つけた」

 

 猫耳をピクピクさせたアルルが満面の笑みを浮かべた。

 なるほど、マルティナがどこにいるのか探していたのか。


「ここからでも分かるの?」

「マルティナの顔。分かるから」

「街の中だよね」

「うん。連れてくるね」


 背を向けたアルルの虎柄尻尾がピンと上を向く。

 

「ヨシュア様。アルルでも。癒し? になる?」

「そらそうだよ」

「ギュッとする?」

「あ、いや」


 アルルの場合は見えずとも俺とアリシアの様子が分かる。

 彼女の能力なので咎める気はさらさらないけど、こういう時、どう説明したらいいんだ。

 戸惑っていると彼女が更なる爆弾を落とす。


「ちゅーの方がいい?」

「誰だ。アルルに変なことを吹き込んだのは」

「セコイアさんが。洞窟で。ちゅーをすると、ヨシュア様が。喜ぶって」

「……あいつめ。次に会った時はこめかみぐりぐりの刑にしてやる」


 あの涎め。

 洞窟と聞いて察しがついた。随分と前のことだけど、硝石を探しに断崖絶壁を下ったことがあっただろ。

 あの時、不覚にも下を見てしまい気絶したんだよね。

 目覚めたらアルルの膝枕だったわけだが、俺が気絶している間はセコイアとアルルの二人きりだった。

 その時にあの狐がアルルに……。

 

「行ってくるね」

「ありがとう」

 

 背中を向けたままビシッと腕を上げたアルルに向け小さく手を振る。


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