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329.新聖女誕生

 時間が時間だけに集まれたのは、食堂からそのまま移動したバルトロ、ルンベルク、エリーに加え屋敷にいたアルルとハウスキーパーの四人だけとなった。

 ペンギンとセコイアは鍛冶場で寝泊まりだったようだ。シャルロッテは早朝に必ず執務室へ牛乳を持ってやってくるからその時に情報共有すればいいか。


「ごめん、待たせちゃった。枢機卿まで……ご足労ありがとうございます」

「突然の訪問、申し訳ありません」


 ギョッとした。ルンベルクが御一行というので、聖女とお世話係のシスターかと思っていた。ところがどっこい、御一行には枢機卿も含まれていたとは。といっても、彼がいたからといって俺がやることは変わらない。

 意外な人物であった枢機卿だが、柔和な笑みを浮かべ心があったかくなる声で謝罪する。

 そんなつもりじゃなかったのにと思いつつもこちらも笑顔で彼と握手を交わし、アリシアには会釈をした。この世界で一般的な挨拶は握手と言葉のセットだ。

 聖女にはなるべく触れないようにする慣習があるので、アリシアと二人きりならともかく枢機卿もいる前では握手をしない方が良い。

 もっとも、枢機卿の前であっても彼女を名前で呼んでいるから既に慣習を破っているのだけどね。やりたい放題な俺だが、自分の拘りがない部分は慣習に従うのだった。

 ダブルスタンダード甚だしいけど国内だし、枢機卿は俺が彼女のことを名前で呼ぶことをむしろ好ましく思っている節があるのでこのままで良いのだ。

 では、さっそく本題に入るとしよう。まずはアリシアに尋ねるのがよさそうだ。

 彼女は何か重大な用事がない限り、おいそれと移動できる立場にない。


「神託があったのかな?」

「いえ、感じたのです。新たな聖女の誕生を」

「お、おお。思ったより早かった。新聖女がネラックに?」


 コクリと形の良い顎を下げるアリシアの顔はいつもの微笑みを湛えた無表情であるが、どこか暗い影を背負っているように感じる。

 続いて枢機卿が手を挙げ彼女らが急ぎ駆け付けた原因について語り始めた。


「預言がございました。『新聖女は新たな世界の扉を開くだろう』と」

「預言のことは聞いています。同時に二人誕生するから、を示唆しているのだろうと考えております」


 聖女の神託から遅れること一週間だったかな。神託の内容とも合致するし気にも留めてなかった。


「私もヨシュア様と同じ考えでございました。ですが……」


 ここでアリシアが静かに口を開く。それだけで絵になるのが彼女である。


「聖女は新聖女を感じることができます。ですので、遠見の魔法で姿を見ることもできます」

「うん?」


 何を言いたいのかまるで分らない。魔法のことは良く分からないから仕方ない……。

 説明をしてもらおうとこちらが尋ねるより早くアリシアが結論を述べる。


「ネラックの新聖女は聖教徒ではありません」

「そんなことってあるの……」


 へえ、新聖女はネラックで誕生したのかあ……ってそうじゃなく聖教徒じゃないって一体全体?

 茫然と彼女の顔を見つめるも無表情のまま、目を閉じられてしまう。

 長い聖女の歴史の中で二人同時の聖女が誕生するのも初であれば、聖教徒以外から聖女が生まれるのも初だ。

 正直、どうすりゃいいんだ、状態で呆気に取られている。

 しかし、俺は連合国の大公。俺が動かなきゃ誰も決めることなんてできない。

 聖教に丸投げという手もあるが、世俗のことに関してはノータッチだからな……。


「アリシア。今日はもう遅い。明日の朝、新聖女に会いに行こう」

「やはりヨシュア様に真っ先に相談に伺って良かったです」

「聖女様のおっしゃる通りです。既にヨシュア様の聡明な頭脳が答えを導き出しておられる」


 特に考えがあって申し出たわけじゃない。聖女は聖教のトップで枢機卿は連合国内のトップである。

 世俗のボスは遺憾ながら俺であるので、三人揃えば決め事をするのに一番適しているはず。シャルロッテも同行させれば相談も捗るよね。

 ならば、事件は現場で起こっているということでとりあえず会ってみようという安易な考えである。

 アリシアと枢機卿が盛大な勘違いをしているが、曖昧に頷いておくことにした。下手に言い訳してもややこしくなるだけだからな。

 彼女らは新聖女の姿を見て、新聖女の噂が流れる前にとすぐにネラックへ向かったのだろう。

 神託のギフトを授かったことは本人が感じとることができる。生まれながらにギフトを持っている場合は感じ取れても赤ん坊だけに判断がつかないから、ギフトを調べることができる人がいないと、本人の物心が付くまで分からない。

 神託のギフトはどれだけ若くても10歳くらいになるので、感じ取ればすぐに分かる。

 授かった途端に誰かに喋っていたら瞬く間に噂が広がるからな……。

 これがアリシアらが急いだ理由である。

 さて、どんな人が新聖女となったのやら。

 姿を見てすぐに判断したってことは、人間じゃないだろうなあ……。

 新聖女は意外にも俺の知る人物であったことをこの時の俺は考えさえしていなかった。


 ◇◇◇

 

 毎朝恒例の新鮮な牛乳を飲み、アリシアと枢機卿と共に新聖女に会いに行こうと思っていたが朝起きた時に考えを改める。

 二人がネラックの街中に行くと「非常に目立つ」。そこで新聖女に会う何てことをしたら、瞬く間に噂になるよな。

 アリシアらは新聖女の噂が広まる前に行動をした。全員連れだって行ってしまったら台無しになるじゃないか。

 

 そんなわけで、執務室にアリシアと枢機卿に来てもらった。

 執務机の脇にシャルロッテとエリーが並んで立っている。接客用のソファーに座ったアリシアと枢機卿に相談を持ち掛けてみた。

 

「新聖女の似顔絵を描くことはできますか?」

「私は顔を見てはいませんので何とも」

「アリシアの魔法はアリシアしか見えないのかな?」

「はい。わたくしが描かせて頂きます」


 ほいとアリシアへ紙とボールペンを渡す。

 ボールペンに細く滑らかな指をのせたアリシアの表情がほんの僅かの間、素の顔になる。

 すぐに元の聖女スマイルに戻った彼女は、カリカリと似顔絵を描き始めた。

 う、うわあ……。

 真剣に描いてくれているのは分かるが、彼女の名誉のために何も触れない。触れないんだからな。


「アリシア。俺に魔法をかけてもらって新聖女の姿を見ることってできないかな?」

「……可能です」


 何故かほんのりと頬を朱に染め、顔を逸らすアリシア。


「いや、やめておこう」

「何故ですか? わたくしがそれほどお嫌なのですか?」


 表情と声色はいつもの聖女なのだが、背後に黒いオーラが見えた気がした。

 

「アリシアが良いのならいいんだ。なんとなくダメな気がしたから」

「構いません。ですが、ヨシュア様と二人にしていただけますか?」

「部屋にいる人数に制限があるのかな、護衛は……どうしよう」

「問題ございません。アルルにも控えさせます」


 護衛役も兼ねているエリーの進言により、アリシアを残し他の人が退出する。

 残されたアリシアと俺……見つめ合う、何てことも無く彼女に促され椅子から腰を浮かした。


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