32.パイナップル群生地にきた件
「ほれ、オオガエルがいたぞ。キミが好きな生き物じゃろう?」
「ぜえはあ……」
森を進むこと一時間と少しくらいだろうか。
草木生い茂る原生林を歩くことは、予想以上に疲労がたまる。
油断すると落ち葉にすべって転びそうになるし、ぬかるんだ泥で足を引っかけるしで散々だ。
俺の手を嬉しそうに引っ張る野生児は元気そのものだけどな……。
ゲーコゲーコ。
疲れているってのに、全長一メートルほどもある巨大なアマガエルみたいなのが、気の抜ける声で鳴く。
こんな鳴き声を聞くと余計に疲れてしまうだろ。
「ほれ、カエルじゃぞ」
「み、見りゃわかるって……」
「喰うか?」
「そういや昼も食べずに来たんだっけか」
ぐるるるる。
うーん。なかなか男前な腹の虫だな。うん。俺じゃないぞ。俺は疲労感の方が空腹より強いからな。
うわあ、ロリ狐さんが恨めしそうな目で俺を睨んでいるぞお。
バシュン。
セコイアが右手を振るうと、見えない風の刃で哀れなアマガエルは真っ二つになってしまった。
「それ食べるの?」
「キミが喰うと言ったではないか」
「そ、そうだな」
「うむ」
セコイアの必死の形相に頷くしかない俺である。食べるなんて一言も言っていないんだけど、こうなったら仕方ないのだ。
でも、丁度いい。食事となれば、休息できるからな。
おいらもう体力の限界だよ。
くたあとその場で崩れ落ちるように腰を降ろしあぐらをかく。
するとそこへ、アマガエルを可愛らしい小さな手で掴んでずーりずりと引っ張ってきたセコイアが俺の膝の上に座る。
「火の精霊よ」
「あ、待て。セコイア」
止めるのが遅かった。セコイアの火の魔法により、アマガエルはこんがりと焼けてしまった。
せっかくのカエルだから、表皮がゴムのように使えるのかどうか確かめたかったのに。
「焼けたぞ。ほれ、好物なんじゃろ」
「いろいろ勘違いしてるけど、まあいいや。俺も腹が減ったし」
それにしてもカエルかあ。フランスではカエルの脚を食べるとか聞く。ささみに似ておいしいとかなんとか。
た、試してみるか。
ってえ。もうすでに野生児がカエルの脚に齧りついているじゃないか。それじゃあ俺も。
「うむ。はふはふ」
「ほう。ほうほう。こいつは」
カエルの脚は中々に美味だった。ちと熱かったけど、それがまたいい。
「これなら」
「そいつは、岩塩か。よこすのじゃ」
「こら、落ち着け。セコイアの分にも削って振りかけるから」
「うむ。はふはふ」
「おお、うめええ」
塩を振ったカエルはよりおいしくいただけたのだった。
◇◇◇
さて、ようやく現場に到着したぞ。
なるほど。一面のパイナップル畑みたいになっているなこの場所は。
茂みの隙間からパイナップルの群生地を覗き込み、ほうと息を吐く。
「どうだ?」
「気配はないのお。パイナップルはキラープラントが好むのじゃったか?」
「うん。バルトロの報告によるとパイナップルをもっしゃもっしゃとキラープラントが捕食するそうだ」
「ふむ。そのキラープラントを雷獣が食べにきたというわけじゃな」
「うん。だから、この地には確実に『雷の被害』があったはず」
キラープラントも雷獣も居ない。好都合だ。
本日の目的は雷獣そのものじゃあないからな。
カサカサと茂みから出ようとしたら、むぎゅうと背中にセコイアが乗っかってくる。
「念のためじゃ。風よ。我が身とこの者を護り給え」
セコイアの願いに応じ魔法が発動する。
だけど、ウオンとした風の音が耳に届くも、見た目上何も変化がない。
「安心せよ。ちゃんと護られておるわい。ただし、一撃だけじゃ」
「分かった。ありがとう」
改めて茂みから頭を出し、そろりそろりとパイナップルの群生地に足を踏み入れる。
雷にうたれたのなら焼けているはず。その周辺で無事なものを探すんだ。
できれば植物の中にあればいいんだけど……。
むんず。
またしても今度は脇腹をセコイアに掴まれた。
「念には念をじゃ。ボクにおぶさるか手を繋ぐかどっちがいい?」
「手で……」
右手を差し出すと、がしっと手を握りしめるセコイア。
頬ずりまでは必要なくないか?
むちゅうう。
手の甲にちゅーまでされてしまった。
じとーっとセコイアを見つめたら、彼女は動じた様子もなく言葉を返す。
「印をつけたのじゃ。キミは中々にどんくさいからのお。滑って穴にハマったりなんてこともないとは言い切れぬからの」
「うん。それは十分に有り得る」
すまん。セコイア。
何してんだこいつとか思ったことを心の中で謝罪する。
「それじゃあ行こう」
「うむ」
今度こそ俺とセコイアはパイナップルの群生地に降り立つのだった。
ぐるりと周囲を見渡すと、イチゴのような果実が地面に転がっていることに気が付く。
「あれは触れても大丈夫かな?」
「問題なかろう」
緑の中に一粒だけ鮮やかな赤色だからとても目立つ。
何かの罠であっても不思議じゃあない。
だけど、セコイアセンサーに引っかからなかったってことは安全なただの果実ってことだ。
木苺かな。
念のため軍手に似た手袋をはめ、果実を手に取り「植物鑑定」を発動。
「キラープラントの果実なんだって。木苺と似たような味をしているとある」
「ふむ。雷獣が食い散らかした残骸かの」
「なるほど。キラープラントはこの実で動物を集め捕食するんだそうだ」
「ほう。キミのギフトは『植物鑑定』じゃったよな。モンスターであっても鑑定できるのかの?」
「植物型モンスターだったからかもしれない。なんとキラープラントの栽培方法まで分かったぞ」
「育ててみるかの?」
「いや、人を襲う植物なんて育てたくないよ」
鑑定によると、この実の持ち主は種族名ツリーピングバイン(蔓型)といって、キラープラントの一種なのだそうだ。
体が全て緑色の蔦でできていた、蔦が巻き付いて木の幹状のものを形作りぶらーんと色鮮やかな赤い果実をつける。
射程距離に入った動物に対し、鞭のようにしならせた蔦をぶつけ自分の体に取り込む。
成長すると高さが七メートルくらいまでになるんだってさ。人間サイズの動物にでも余裕で襲い掛かる危険なモンスターだ。
せっかくだからこの果実は一応持って帰るとしよう。
「この辺は焦げてるな」
「うむ。キラープラントを襲う時にビリビリしたんじゃろ」
「だな。ん、この低木、表皮は黒くなっているけど、焼けていないな。爆心地に近いだろうに」
「言われてみると確かにそうじゃの。それをいうなら、これはどうじゃ?」
セコイアが示したのは蜘蛛の巣。新しく蜘蛛の巣が張ったのかもしれないけど、俺の注目した木の枝に張り巡らされた糸は焦げていないように見受けられる。
「蜘蛛の巣は回収していこう。低木の方はすぐに鑑定する」
低木に指先を当て「植物鑑定」を発動。
ほう。こいつは。
「どうじゃ?」
「これはきたかもしれん」
にやあと似合わない笑みを浮かべる。
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